意識低い妹の冠婚葬祭――法事編

1 妹はやらない善よりやる偽善を認めない

 妹は意識低い。

 時々の様態や行動が意識低いのは既に見てきた通りで、衣食住、朝昼晩、そのどこをとっても、節々ふしぶしに意識の低さを見て取るのは容易たやすい。


 学校のあるウィークデーは当然のことながら意識低い。

 週の初めから気怠けだるげな妹は、週の中ほども休みの日を切望しながら怠惰に過ごし、ほとんど何も成し遂げることなく週末を迎える。


 ただ平日に渇望していた週末も、いざその時が来ると、その時はその時でまた意識低い。

 計画を立て、有意義に過ごすことをはなからしようとしないのはもちろん、何か意識の低さに磨きを掛けんとでもしているかのような、どうしようもない意識の低い過ごし方で貴重な休日を浪費している。




 そして妹は季節を問わず意識低い。

 周囲の環境の変化に鈍感な妹は、季節の移り変わりにも当然にぶい。

 そもそも変化を嫌う傾向があるので、生活の中に進んで季節感を取り入れるようなことはしたがらない。


 とは言え、妹は超人ではない。

 さすがにまったく季節の影響を受けないわけにもいかず、個々の振る舞いの中には季節ごとに色濃く現れ出たり退潮したりするものもある。




 例えば夏、暑さのせいで妹の出不精はより度合いを増す。

 休みの日など大体クーラーの効いた部屋に籠もって過ごすので、身だしなみへの配慮もひどくなる。

 外に出る時も、タオルや手ぬぐいを首にかけたままというおっさんスタイルが夏の妹の定番で、太陽に向けてどこかへ行くよう罵倒したり、汗は悪徳の象徴だと言い張ったりしている。


 また夏には食欲の変化も見受けられる。

 と言っても、それ自体が減退するわけじゃない。

 例えば、1日にアイスを何本も食べたり、白米を食べず麺類ばかりを口にしたがったりなど、かたよりが加速するといった具合である。


 冬も似たようなもので、今度はその寒さのせいで出歩くことを控え出す。

 外に出ないので、当然身だしなみもお座なりになりがちであり、「汗かいてないから汚れてない」などと言って衣服の取り換えを拒んでは、何日も同じ服を着続ける。

 風呂嫌いの傾向もより顕著になるのが、冬の特色だろう。


 また外出しないとは言え、屋内でアクティブに過ごすようなこともない。

 冬の妹のライフスタイルは、文字通りの食っちゃ寝生活と言えるだろう。 


 鍋物なども好みなので、冬、妹はともすれば鍋がいいなどと要求している。

 親の甘さとあいまって、週に何度も鍋という事態も、我が家では何ら珍しいことではない。

 前の冬には、京都から鴨鍋用の具材が梱包された商品を、北海道から新鮮な魚介の詰め合わせをネットで取り寄せるなど、妹の鍋への愛は一段と強まる様相すら示していた。




 春は、その暑過ぎも寒過ぎもしない心地よい気候のため、ともすれば誰でも意識の低くなりがちな季節ではあるのだろう。


 年がら年中意識の低い妹の場合、一見すれば格別に低まる様子はない。

 学校以外の用で外出する頻度などに着眼すれば、冬と比べて幾分か増す分、何なら若干行動的になると肯定的に捉えることだってできる。


 もっともそれだけで意識の高まりと断言できるのかは甚だ疑問である。

 春の言動も、衝動的な食欲や物欲など野卑な動機に根ざすものばかりであり、冬に抑えていた欲望を発散しているようにすら映るのだ。

 そんな姿を見ていると、意識の高まりなどとは到底思えず、むしろいかに意識の低さが妹の心性に深く根を張っているかを示唆しているようで、不安すら抱かせられる。


 そして春は年度の節目の季節でもある。

 世間には、新生活といったたぐいの言葉や意気込みがあふれ返る。

 妹も今年は高校入学という、ひときわ大きな変化を迎えたわけで、そういう意味で彼女はその気風の体現者たるべきなのだろう。


 しかし妹には、心機一転、意気込んだりする様子は窺えない。

 むしろ妹が示すのは、春らしい気風に対する反発だろう。


 妹的に、他人から変化を求められることは納得がいかないことらしい。

 たとえ善意からの「新生活がんばって」といったエールであっても、「自分がなぜ頑張らなければいけないのだ」と愚痴をこぼす。

 それが成長や変化の期待を込めた言葉であったなら、妹から返ってくるのは大体「アホらしい」「押し付けがましい」「人間はそんな簡単には変わらない」といった冷めた言葉なのだから手に負えない。




「何かさぁ、バイトでも始めてみたら?」


 高校入学後も依然ダラダラ過ごす妹に、兄として忠言したこともある。

 しかしこの時も妹が返してきたのは、このような意識低さあふれる言葉だった。


「だるい」

「でも時間有り余ってるでしょ?」

「時間? ない」

「いや、だってゴロゴロして、スマホいじってるだけじゃん」

「やることはさぁ、いっぱいあんの」

「……。春って、ちょうど人も入れ替わるから、バイトとか新しいことも始めやすい時期だと思うけどね」


 俺は妹をさとそうと、自分の経験を交えながら話を続けた。

 しかし妹は俺の言葉に真面目に取り合う様子は見せず、意識低い言葉を繰り返す。


「バイト程度で、新しいもクソもないでしょ」

「そりゃ、バイト始めただけでいきなり新しいとかは言えないかもしれないけどさぁ。そういうのをキッカケに、ちょっとずつ変わっていく可能性だってあるでしょ? 俺が言いたいのはそういうことよ」

「それただの思い込み」

「実際どうかじゃなく、可能性があるって話で――」

「可能性だったらさぁ、別にバイトとか関係なくない? してなくたって何か起こること十分あり得るし。ゆったら、明日死ぬことだってあり得る」


 と、妹は妹的な極論をぶつけてくる。

 俺は一瞬たじろがされつつも、応戦を続けていく。


「……。俺が話してるのは成長する可能性ね。自分から動けば、その可能性も高まるって、分かるでしょ? バイトが嫌なら、何かボランティアとかでもいいわけよ」

「でもさぁ、ボランティアって人から言われてするもんじゃないよね? 言われたからやるってそういうの偽善でしょ?」

「偽善でも、やらない善よりやる偽善って――」

「それみんなうよねぇ。でも私、偽善って害悪だと思ってるから」


 と、ここでも妹はいかにも妹的な主張を披瀝ひれきし始めた。

 妹は某長時間慈善番組などを殊更ことさらに嫌うタイプなのである。

 どこかのまとめサイトにでも影響を受けたのだろう、ユニゼフを苛烈にディスったり、芸能人のボランティア活動を否定したりには以前から事欠ことかかなかった。


 もっとも俺は妹のそのような主張には慣れっこだった。

 妹の論に足をすくわれないよう注意だけはしつつ、どうにかそのような思潮から引きずり出そうと試みる。


「善とか悪とか、そんなの気にしなくていんだって」

「いや、ダメでしょ。人に迷惑かけかねないし」

「迷惑があっても、どうせそんな大事おおごとになんてならないから。思いつきでいいのよ。たまには何か人のために――いや、自分のためでもいい、ちょっと気分転換にやっとくかって程度でいいのよ、ボランティアなんて」

「そもそもやりたいと思わないから」と妹は言い捨てる。

「って言っても色々あるからね? だってほら、アニメとかマンガ好きでしょ?」

「好きって言うか、何となく見てるだけだよね、ぶっちゃけ」

「それでも別にいいからさ、そういうジャンルだってイベントの手伝いとか大体募集してるでしょ?」

「私みたいなやる気ないのに来られても、みんな迷惑でしょ?」

「やる気とか個人差あるから気にしなくていいのよ」

「私だったらキレるけどね、やる気ないやつがいたら。やっぱりやるんならやる、やらないならやらない。そこはちゃんとしないと」


 俺が熱弁しても、妹はこのような弁舌でいなし続けた。

 次第に俺も気圧けおされ出し、語気も自然と弱くなる。


「いや……、ま、そういうのも春はゆるいから、やっぱ打ってつけだと思うよ、俺は。ちょっと個人的に何かやってみればいいと思うけどなぁ」

「めんどいから無理」

「めんどいのははじめだけでしょ。誰でもはじめは不慣れだけどさ、徐々に慣れていくもんじゃん。そこから新しいことに興味が湧いてきたり、新しい人間関係ができてきたり――」

「そういうの求めてないから」

「……。ま、ボランティアが嫌なら、別に趣味でも遊びでも何でもいいと思うけどね。ちょっと行動範囲を広げてみようとか思わないの?」

「それはさぁ、興味が湧いたら自然に広げようってなるでしょ。でも春だから無理やり広げるとかは、ないわぁ。そういうのダサいでしょ? そういうのでほんとの意味で深まることって、ないと思う」

「ただダラダラしてるよりはいんじゃないかなぁ……」

「大体さぁ、そんな成長急いだってしょうがなくない? 私の能力なんて高々たかだかしれてるし。ダラダラしてた方がいさぎいいわ」




 妹は、春であるがゆえの意気込みも期待も感じさせない。

 気負わず、いつも通りであることは、必ずしも悪いことではないのかもしれない。

 とは言え、自らの情欲ばかりに身をゆだねていて許される状況がいつまでも続くわけじゃない。

 一個の社会的な存在として立ち振る舞わなければいけなくなるのは、もう間もなくのことだろう。


 高校入学が、そうした無責任で無気力な気質を変えてくれるのではと、期待がないわけではなかった。

 が、残念ながら今のところそれが叶う様子は見られない。

 今後変化の時が来ると待つにしても、世間は妹の変化を待ってくれるわけじゃない。

 今はまだ高校生なので、自力でことに当たらなければいけない局面もそこまで多くはないだろう。

 しかし節目節目で徐々に増えていくのは、この社会の必然だ。


 妹に必要なのはやはり本人の自覚――これだろう。

 目下もっか中学卒業、高校入学と、自覚をはぐくむのに打って付けの機会をみすみす逃し続けてはいるが、ちょうど時期を同じくして、同じような期待を抱かされる出来事もあった。


 先日行われた祖父の七回忌――これも社会を知る上で貴重なイベントであったには違いない。

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