5 妹はスープ系ヌードルをぼったくりだと否定する

 バイトも部活もしていない妹は、たまに親友の山下莉々やましたりりと遊ぶ場合を除いて、学校が終わるとそのまま自宅に直帰する。

 もっとも、早々はやばやと帰宅して残された余暇の時間を有意義に使っているのかと言えば、そういうこともない。

 自分の部屋かリビングで、ひたすらゴロゴロと過ごしているのだ。


 朝の惰眠だみんは、生理的な理由を見出そうと思えば見出せる分、まだ理解もできる。

 しかし午後の怠惰は、怠惰な精神に導かれた怠惰のための純然たる怠惰と言わねばなるまい。

 そういう観点からすると、妹が1日で最も時間を浪費しているのはこの帰宅後の時間帯なのかもしれない。




 我が家の夕飯は大体父の帰宅時間が目安になっており、妹の帰宅の方が早い場合、食事まである程度時間が開くことになる。

 学校の宿題を済ませたりするには、打って付けの時間である。

 しかし妹は「疲労感がある」などと言って、帰宅してすぐ宿題に手を付けることはしない。


 自分のことすら怠慢なので、忙しい両親の代わりに家事を務めることも当然ない。

 では何をしているのかと言えば、ただひたすらゴロゴロしているのだ。

 これから夕飯という時間帯であるにもかかわらず、何か間食を取ることも珍しくはない。

 なのでただでさえバランスを欠いた妹の食事は、間食を取った日には一層のかたよりを見せることになる。


 夕食を終え、心機一転、宿題や自習でも始めるのかと言えばそういうこともない。

 今度は「満腹感があるのだ」などと口実をつけ、依然リビングか自分の部屋で、テレビやパソコンスマホをいじるか、何か読んだりしてゴロゴロを続けようとする。

 用がないなら早めに寝支度を行えば、それが健康や美容への最良の滋養になるのだと俺や両親が説いても、やはり従うことはない。




 そして妹は風呂嫌いでもある。

 早く入るように勧められても、ずるずると引き延ばそうとする。

 普段我が家で一番遅くに入るのも妹だ。


 基本、浴室で髪や体のメンテナンスを入念に行ったりはしないのだろう。

 湯につかるのはいつも10秒程度であるらしく、全体を通しても早い時は5分、長くても10分と掛からず浴室から退出する。

 それでも昔は入らないまま床に就くこともよくあったので、その頃と比べれば一応気遣いを感じ取れる分、まだマシにはなっているのだろう。


 必然と言うべきか、妹は夜更かしの習慣を持ってもいる。

 妹が言うには、深夜アニメをリアルタイムで見たいとの理由で夜遅くまで起きているらしい。

 何時まで起きているのか、つぶさに観察しているわけではないので正確には分からない。

 深夜1時や2時くらいでも、大抵妹の部屋のドアの隙間からは光が漏れ出ている。

 ただし、妹は電気をつけっぱなしで寝落ちしていることもよくあるので、この光は起きている証拠としてはあまり参考にならないだろう。

 しばしばアニメを見ずに寝てしまったなどと口にしていることから推察するに、大体深夜の2時あたりが、眠りに落ちるタイミングなのだろう。




 夜、妹の意識の低さが特に際立きわだつのは、何と言っても夜食時である。

 夜の10時過ぎから12時の間に、妹はほぼ毎日何かしらを食している。

 それがチョコレート数粒や、お菓子の個別包装いくつかをつまむ程度なら、まだかわいげもある。

 が、妹は夜がっつり食す。


 夜食の定番は、何と言ってもカップラーメン。

 さすがに毎夜ではないものの、週の半分くらいはカップ麺を食している。

 キッチンにはいつも10個ほどが常備してあり、数が減っていたりすると、母親に買い足すよう要望している。

 またネット通販を覚えてからは、新作や地域限定の商品を自分で購入することも頻繁にある。

 そうしたものの場合は、誰にも手をつけられないよう、キッチンではなく自分の部屋に保存している。


 妹の口から、夜食が肌に良くないのを気にするような発言が出てくるのを耳にしたことはある。

 実際、カップ麺に乾燥ワカメやネギなどを投じている様子には、妹なりの気遣いも見て取れる。

 しかしそれで野菜不足を補えているのかははなはだ疑問である。

 その程度では夜分のカップ麺の悪影響を相殺そうさいすることなど無理だろう。

 やはり妹に必要なのは、根本的に夜食の習慣を改めること――これに尽きる。

 が、その次元で食欲にあらがう様子は残念ながら見られない。

 妹が毎夜示すのは、安々やすやすと欲望に敗北する姿なのだ。




 昨夜の例をあげておこう。

 遅い時間に仕事があった俺は、小腹が空いていたので、帰路コンビニで夜食を購入し持って帰った。

 家に着いたのはちょうど夜の11時過ぎくらいのことで、リビングでいざ食べ始めようとしていた折、妹が2階からひょいと現れ、収納棚内のカップ麺を漁り始めた。

 いつものことなのでとがめたりせずほっておくと、妹は俺の食べているものを嗅ぎつけ近づいてくる。


「何食べてんの?」

「あ? 夜食」

「ちょうだい、これ」


 そう言って妹は俺の目の前のチキン南蛮を指差した。

 「ひと切れなら」と了承すると、妹は一番はしの、皮が多くついた箇所を素手でつまみ、おろしにんにくを南蛮に絡ませようとし始める。

 心配しなくても置いておくので箸で食べろと伝えると、一度キッチンへ戻り、カップに湯とネギを注いで急ぎ足で戻って来た。


 その時妹が手にしていたのは、1.5倍に増量を謳うビッグサイズの商品だった。

 カップ麺の中でも一段と意識の低そうな代物しろものと言えるだろう。

 加えてこの日は、白米の入った茶碗まで蓋の上に載っかっている。


「お前、この時間にそんな食うの?」

「今日晩御飯食べてから、何も食べてないし」

「どうせあと寝るだけでしょ?」

「いや、今日見たい番組あるから」

「……。さすがに夜はさぁ、こんくらいにしといた方が――」


 俺は自分が食べていた、ヘルシー志向の春雨スープを手で示しながら苦言した。

 しかし妹はすぐにこう言い返す。


「あー、それダメなやつ」

「ダメ?」

「それ食べた気しないでしょ?」

「この時間にはちょうどいい」

「それじゃ足んないわ。麺少ないし」


 そう言って妹は俺の春雨スープに侮蔑の眼差まなざしを向けてくる。

 侮蔑したいのはこっちだと、俺は1.5倍に対して眼差しを返しながら応じた。


「こんな時間に足りるまで食うのが間違い」

「食べる時は食べるってしないとさぁ、結局ずるずる食べちゃうじゃん」

「そもそも今は食べる時じゃないし」

「でもお腹空いたら食べないと動けないし。結局食べるなら、最初から普通のやつ食べればいいってならない?」と妹は誇らしげに言い放つ。

「それ普通?」と俺は1.5倍を指差して苦言する。

「普通でしょ。ってか、量考えればこっちの方が断然お得じゃね?」

「量はね」

「カップ麺で量は大事でしょ?」

「お前の場合はそうかもしれないけど――」

「量、味、値段――これが三大要素。あとはその時の気分とか、レア感とか。ま、そういうスープ系はぼったくりだから、私は絶対選ばないけど。でもたまにお母さん買ってくんだよねぇ」




 そんな言葉を述べながら、妹は早々とカップの蓋を取り払い、まだ固い麺をむりくり箸でほぐし始めた。

 スープの素も、後入れの手順を無視して事前に投入してしまっているらしい。 

 ほぐし終えると、まだ麺が固いことにも構わずごっそり口に運んでいく。

 3分待つなど妹はしない。


 何回か麺をすすってから、妹は茶碗を手に取った。

 チキン南蛮をしろはんの上に持っていき、もったいぶりながら少しかじる。

 次いで南蛮のにんにくダレが染みこんだご飯を口中こうちゅうに投じ、もう一度ラーメンに手を付ける。

 南蛮がなくなると、今度は麺を白米の上に載せご飯と一緒に食べ始める。

 いわゆる麺をおかずにして白米を食す「炭水化物 × 炭水化物」のスタイルだ。


 妹は健康面への危惧など微塵も感じさせず、粛々と多量の炭水化物を胃袋に運び続けた。

 そして麺を粗方あらかた食べ終えると、汁をひと口飲んでは麺の残りを箸で探し、それをすくい上げては、またスープをひと口飲む――この作業を何度も繰り返した。

 見る見るうちにスープの量は減っていく。

 俺は夜の不摂生を案じて口を開いた。


「スープは塩分やばいぞ」

「塩分は大丈夫。粉、半分くらいしか使ってないから」


 俺の言葉にも少し効果があったのか、スープを完飲することはしなかった。

 と言っても、申し訳程度にしか残ってもいなかったが。


 こうして夜食を終えた妹は、キッチンに出向き、残った汁をシンクに流した。

 それで部屋に戻るかと思えば、妹はなおキッチンに留まって、コップ片手に冷蔵庫を開き始めた。

 その際、俺が後で食べようと入れておいたカップケーキを目敏めざとく見つけ問うてくる。


「これ海理のやつ?」

「俺の」

「一個しかないの?」

「そう」


 俺はてっきり「くれ」と言い始めると予想していた。

 が、さすがの妹も大型カップ麺と白米を食し満腹感があったのだろう。

 しばらくケーキのパッケージを眺めていた妹は、コーヒー牛乳を手にリビングに現れると、こう口を開いた。


「あのケーキのシリーズ、ぼったくりでしょ」

「何で?」

「プレミアとか言ってるけどさぁ、量少ない割に結構値段するし。あれならスーパーとかで100円くらいのやつ3個買った方が得」

「量はでしょ」

「いや味も大して変わんなくない? しかもスーパーのなら3種類も味わえるし」

「でもあのコンビニのは希少糖使ってるから、太りにくいらしい」

「キショウトウ?」

「普通の砂糖よりカロリー低かったりするやつ」

「あー、まずいヤツだ」と妹は眉間にしわを寄せながら言った。

「そう?」

「春雨スープにしてもさぁ、コーラにしてもさぁ、ダイエット強調してるのは基本ダメなんだよねぇ」

「それはお前みたいに油こってりとか砂糖たっぷりみたいなのが好きな人にはでしょ?」

「ああいう中途半端なの嫌いだわー。食うなら食う、食わないなら食わない。ああいうの食べてる人って、だから太るんだと思う」

「年取ると代謝が落ちるから。俺だってお前くらいの頃はどんだけ食っても太らなかったけど――」

「年がどうとか、そういうの甘えでしょ?」

「そうですか」


 妹はわけの分からない勝利宣言を発すると、コーヒー牛乳片手に意気揚々と二階へ戻っていった。

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