樹木になった私

ひでシス

食堂の割り箸は構内の伐採材を使用しています

「う~ん。メグミは今日は同学会かぁ~。」


今年は厳冬だったが、ここ数日になってやっと春の兆しが見え今日などはもう暖かい。カオリはスマホを弄りながら大学構内を歩いていた。


友人のメグミは今日は学生会議で遅くなるらしい。カオリはスマホから目を離さないまま構内を歩いていた。


「って、んっ痛て!」


講義の疲れからかカオリは不幸にも構内の樹に衝突してしまう。


カオリは樹に衝突したのを誰かに見られてはいないかと周りをキョロキョロとする。幸い見える範囲には人は居なかった。


「う~ん。痛てて。この樹、邪魔なんだよなぁ。」


キャンパスの通路に生えた樹に視線を移して恥ずかしさを誤魔化すように独り言をつぶやいた。年季の入って表面がガサガサだ。所々に画鋲でサークル勧誘や勉強会お知らせのビラが貼り付けてある。画鋲は長いこと雨風に晒されてサビが浮いていた。こんな画鋲を身体に刺されたら敗血病になりそうだなぁとカオリは思う。


あと半時間ぐらいだし、ちょっとここでメグミを待っておくか。そうカオリは考え、木陰に身を寄せた。暇な時間を潰そうとスマホでTwitterなどを閲覧するものの、片手に持ったバッグが邪魔だ。講義資料が入っていて重い。カオリはふとそのバッグを樹の枝に引っ掛けた。


視線をスマホに戻して弄っていると、「メリメリ……」という音が聞こえてくる。咄嗟に枝に掛けたバッグを見ると、バッグはあまりの重さに樹の枝を折って地面に落ちようとしていたところだった。カオリはすんでのところでバッグをキャッチする。バッグは地面に落ちなかったから良かったものの、樹の枝は折れて薄皮一枚でぶら下がるようになってしまった。


「わ~~枝折れちゃった。……まぁ、いっか。」


カオリは気にすることもなくまたスマホ弄りの体制に戻ろうとした。その時、目の前に老人が現れてカオリに声を掛けてきた。


「おいっ!」


「え。は、はい。私ですか?」


カオリは突然声を掛けられて挙動不審に返事を返す。こんなシワシワの老人に大学構内で声を掛けられる理由は思い付かない。


「お前、ワシの指を折っただろ!」


「ハ?」


老人は向こう側に折れてぶらりとプラついた手の中指をカオリの目の前に差し出してきた。痛そうなその光景を目前に突きつけられたカオリはビビる。


「え、え。な、なんですか!?」


「お前がバッグをワシの指にかけたんじゃ! ワシはこの樹の精霊じゃ!」


「え。なんですか、指のことなんて私知りませんよ……。」


老人は大層怒った様子でカオリに絡む。カオリはその怒気に押されていた。


「ワシの指を折っておきながらとぼけさえするのか。もう許さん……!」


老人は大きく叫んだ。その瞬間、老人の体の周りから茶色いオーラのようなものが出たかと思うと、それらがカオリの身体に向かってまとわりつき出す。


「えっえっ。なになに、なに~~~!!」


カオリは自分の手がまるで目の前にいる老人の肌のようにシワシワになったかと思うと、その表面がペキペキと音を立てながらウロコのように、樹の表面のようになっていくのを見た。スマホを持っている右手もバッグを持っている左手も。いや、手だけではない。足も顔も、身体全身がシワシワで硬いものに変わっていく感覚を受ける。そして指の先の爪はどんどん伸びて、緑の葉っぱを付けて、身体が樹木のように……。


「キャ~~~~~~!!!」


樹の幹のように身体が膨らみ、トゲトゲの表面も相まってカオリの服がビリビリと中から割かれていく。破れて表面にかろうじて引っかかっているだけになった服はすぐに風で飛ばされてしまった。残ったのは胸の膨らみに引っかかったブラジャーと、二本の脚で貫かれたパンツだけだ。


「フォッフォッフォッ。これでちっとは反省するじゃろう。この姿で1週間十分反省できたら、元に戻してやる」


老人は構内に新しく生えた若木にそう声をかけると、フッと姿を煙のように消した。


「あれ~~。カオリ、どこにいるんだろう。ここで待ってるって言ったんだけどな。ん。なんだこの樹?」


メグミはカオリから伝えられた集合場所にやってくるもカオリを見つけられないでいた。もう先に帰っちゃったのかしら。


周辺を探すもやはりカオリは居ない。ただ、代わりに変なところに生えた樹を見つけた。こんなの昨日まであったかなぁ? う~ん。


「まぁいいや。帰ろう」


メグミはカオリ気付くことなくその場を後にした。


 *


「(ううう……、恥ずかしいよぅ……。)」


カオリが目を覚ました時に発見したのは、まったく樹になってしまって大学構内につっ立っている自分の身体だった。しかも何故か服がない! 下着だけの状態で立っている。私は恥ずかしさで顔を火照らせた。


朝には周りを通る学生も特に新しく生えた樹のことを気にしなかった。しかし、昼休みになるとネットを通じて「下着を着た樹が居る」とでも拡散されたのか、人が周りに集まってきた。


ある男子学生は私の身体をジロジロ見るし、他の学生は面白がって私にスマホを向けて写真を撮っていた。ネットにでも上げるのだろう。


「(こんな姿がネットに晒されたら、元に戻っても生きていけないよ……)」


サーと風が吹く。大の字に天に向かって掲げられたカオリの手・腕に生えた葉っぱ達が、ザザーと揺れた。


 *


2日目。昨日の昼休みの撮影大会で学生は飽きたのか今日はあまり写真を撮る人は多くない。ただ昼休みにサンサンと太陽の光を浴びて元気になったのか、舌の先からも枝と葉っぱが伸びてきた。このままだと人間の姿を失ってただの樹になってしまうんじゃないかとカオリは恐れる。


夕方になった頃、一人の学生が私に近付いてくる。また写真を撮られるのかしら、とカオリは身構えるも何もできない。


学生はマジマジと舐め回すように私の身体を見ると、スッとブラジャーに手をかける。「え。まさかっ!」と抗議する暇もなく私の胸をなんとか隠していた最後の砦も取り払われてしまった。


「(わああぁぁぁ、な、なにすんのよ! こ、この、)」


学生は乳房の頂点にある突起を無造作に指で突く。まだ樹木化が十分に進んでいないのか、指の圧迫を受けてプニリと乳房は柔らかく沈み込んだ。


「(ふひゅんっ!)」


刺激された柔らかい胸の突起からはたらりと樹液が流れ出た。


学生はブラジャーの中身を見て満足したのか、私の下着を脱がした状態でそのまま去っていった。


 *


3日目だ。昼の日差しを受けてもう守るもののなくなった胸は栄養をいっぱい受けたのか、乳首から若芽が生えてきた。昨日はあんなに柔らかかったのに……。なんだか私の身体、どんどん人間らしさを失っている感じがする。


 *


4日目。今日も私は構内でなにもできずにつっ立っている。


朝、私からブラジャーを剥ぎとった学生がやってきた。今度は何をするのかとヒヤヒヤしていると、乳首から生えた若枝と若芽を指で摘んだ。フニフニと弄って調子を見ているようだ。


「(……んっ、ハァハァ。んんっ、身体が痺れる……)」


学生は強弱をつけて若芽を摘み揉む。身体の芯がジンジンと熱を持ってくる。


学生はしたりげに低く忍び笑いを漏らす。私がどう反応しているかわかっているのだろうか、それとも自分の中のエッチな妄想に浸っているのだろうか。


すると次の瞬間、指に力が入り乳首に生えた若芽を引き千切った。


「(んああああああぁぁぁぁぁっっっッッ!!!!)」


身体が動けば私は後ろに大きくのけぞって倒れこんでいただろう。ただ私は樹なので動けない。


一通り弄った後、学生は私の胸から引き千切った若芽をパラパラと地面に捨ててフラフラと去っていった。


 *


5日目。ボーと遠くを眺めているとメグミの姿が見えた。あっ。き、気付いて! そんな私の声も虚しく、メグミはスマホを弄りながら人をかき分けどんどん構内を歩いてくる。そしてそのまま私にドンッとぶつかった。


「痛~い!」


「(痛~い!)」


「も~なんなよこの樹! 邪魔だわ!」


そうメグミは私に吐き捨てる。


「(メグミちゃん、私のこと気付いてくれないんだ……)」


メグミは私のことなんか気にもかけず、ズンズンとキャンパスの向こう側へ行ってしまった。


 *


6日目。今度はあの学生が勉強会の勧誘ビラを持って現れた。……古くて錆びた画鋲とともに。


私が泣き叫んで嫌がっているのも通じない。学生はビラを渡しの胸の前にあてがうと、上からゆっくりと錆びた画鋲を突き刺した。ビラは私の身体に画鋲で留められた。針が乳首を貫く形で。


「(いやああああぁぁぁ痛っっあい!!!)」


錆の成分が乳首だけではなく乳房全体に回ったのか、熱くて痒くてムズムズとする。表面が硬く固まっていても中はトロトロに熱を持ってトロケているのだ。


「(んはぁんはぁ、う、ぅえ、うええ、うええええーー~ん。な゛ん゛でごん゛なごどずるの゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……)」


大学構内に裸でつっ立って、勉強会告知の掲示に使われて。私は惨めで心の中では大泣きしている。だが果たして樹木から涙は出ているのだろうか。


 *


7日目。今日を耐えれば私はやっと元の人間に戻れるのだ。乳首には画鋲で穴が開いてるのだろうけども。


早く今日が終わらないかとハラハラしていたら、大きな機械を持った作業員のような人たちが私に近付いてきた。


「ん~。同学会の言う構内の邪魔な樹ってこれですかね?」


作業員の一人が私の方に手を掛ける。もう片方の手に持たれているのは……チェーンソーだ!


「これでしょ。横の木はちゃんと囲いの中から生えてるけど、この樹はタイルレンガの中から生えてるじゃん。」


「せっかく若い樹なのにもったいないですね」


作業員は、気の毒そうな、いたわりに満ちた目で私を眺めてくる。


もしかして私を切り倒す気なの!? そうなの、可哀想なの! 一日だけ待ってよ…! そしたらここから退くんだから!! 私は心の中で哀願する。


「じゃあ始めますか。」


もう一人の作業員は心臓が痛くなりそうな青い冷徹な目で私を見つめてくる。ただの、毎日の仕事の作業対象に対する眼差しだ。


「(始めますか、じゃない! 私は人間なのよ……! 切り倒さないで!!)」


作業員はチェーンソーに手をかけてブオンとエンジンを始動させる。羽の回転が安定したら、チェーンソーを私の根本へ……


「(いやああああああ!!!! やめてぇえええええ!!!!)」


(ウィーーーン、ガアアアアアアアア!!!!!!!)


「(っっーーひにゃあああああああああああぁぁっぁぁぁああぁぁーーっっっ!)」


作業員たちは切り倒す樹から甘い芳香を放つ樹液が飛び散るのに驚く。そして作業後に切り倒した樹の芯には真っ赤な鉄の匂いのする柔らかい内部を見つけた。こんな樹は今まで見たことがない。この樹は何だったのだろうと訝しがった。


 *


一週間後。メグミは食堂でウドンをズルズルと啜っていた。ウドンを食べ終わると割り箸をガジガジと齧る。なんだかいい香りがするようなのだ。


「メグミちゃん止めなよ~。ねぶり箸は行儀が良くないよ。」


「いや~なんだかこのお箸、ふんわりと女の子の香りがするの。なんなのかなぁと思ってさ。」


「へー。あっ、『この割り箸は大学構内で伐採された機を再利用して作っています』って書いてあるよ。でもなんの樹なのかは書いてないね~」


同じ色をした割り箸がたくさん入れられた割り箸入れを見て友人は言った。たしかに、なんとなく割り箸入れからもかすかに女の子の香りのようなものがしているようだ。


「ふぅ~ん。そっか。」


メグミはウドンの汁に七味唐辛子を入れて箸でかき混ぜる。そうして少しふやけた割り箸をまた口に運んでガジガジと歯で齧った。



(ん、ふひぃ、ああっ。か、齧らないで。私は割り箸じゃ……ぁんぅ……はあ、はぁ、すご、んぎぎぎぃ……)


カオリは自分でできた割り箸がすべて使い尽くされるまで責め苦を味わうのだった。

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