衝突実験用のダミー人形
ひでシス
ねぇっ! 私は人間よ!
グオーーーン、ガシャーン!
銀色に光る大きな車体が、まるでアルミホイルで作ったマッチ箱のようにクシャリと潰れる。自動車の衝突実験は非常にダイナミックだ。ガラスの向こうで行われるそれを見ながら、私たちは各々のレポート用紙に感想を書き込むのだった。
*
社会見学で、私たちは安全工学研究所というところへ来ていた。ここでは、自動車の衝突実験や鋼強度の検査、その他いろいろな社会に役立つ破壊実験が行われていた。
「はい。では次の衝突実験は14時からです。それまでは、A班は向こうの若いお兄ちゃんに、B班はそっちの若いお兄ちゃんに、C班はこっちの若いお兄ちゃんに、D班は僕についてきて下さい。」
私たちは誘導されて順路を進む。次は、効率のよい歯車の形についての解説だった。廊下に並べられた長机に置かれた歯車の模型を手に、スタッフは時々問いかけなども交えつつ解説をしていた。
(退屈だなぁ……)
当の私は上の空で、かみのけを指先でいじりつつスタッフの後ろに展示されたパネルに目を通していた。
(うーん、トイレ行きたい……)
でも、男の人にお花を摘みに行くなんて告げるのはめんどくさいし…… さっきこっちに来るときにACのマークがあったような。友だちに言ってから行けばいいか。
「ねぇ、ちょっとトイレ行ってくるから。」
「ん。ハイハイ」
はい。
*
トイレを終えた私はもと来た道を引き返す。トイレは研究所の奥の方にあり、途中の道では薄暗い中で様々な興味深いものが並んでいた。
「うわー、すごい。」
机に載せられた全身プラスチックマスクのようなそれを手にとって、私はしげしげと眺めていた。パッと見は分解されたマネキンのようにも見える。ただ、表面に印刷されたダミー人形のあのマークから、これが自動車衝突実験に使わえれる備品であることが分かる。
(おおー。サイズがピッタリ。)
成人男性を象ったボディーもあれば、女の子の形をしたボディーも並べられていた。中空になった脚の形をした枠を身体に当ててみて、私はしきりに感心をする。
(そういえば、今度の衝突実験の前には使われるダミー人形の解説をするんだっけ。じゃあ、こっちに来るのかな。これを着て待っておけば……ニシシ)
解説で提示されていたダミー人形が突然動き出したら面白いだろう。そう思いついた私は、靴を脱いで脚の部分をパチリと取り付けたのだった。
*
「はい。じゃあ、前の人は奥まで詰めてー。次は、最新の自動車衝突実験用ダミー人形です。」
バラバラに分解された人形の中で、一体だけは組み立てられてイスに座っていた。
スタッフがボディーの一つを掲げて示す。
「これなんだか分かる人居ますかー?」
「「ダミー人形!!」」
「そうみえますよね。でも実は違うんです。実はこれは高性能なセンサーで、ダミー人形に着せて使うんですね。これを着せて実験を行うことで、身体の各部位にどれだけ衝撃がいったか、を計測することができます。」
ありゃ、これってセンサーだったのか。人形に着せて使うんだ。
スタッフは人形の肩に手をおいて解説を続ける。よし、そろそろ動いてビックリさせよっかな。
「ちょうど組み立てられたセンサーがありますね。ちょっと見てみましょう。」
パチッ! スタッフがスイッチを入れた途端、私の身体は動かなくなった。
*
「これはなにかわかりますか?」
「「心電図!!」」
「そうです。今のダミー人形は高性能で、血液ポンプなども内蔵してるんですね。さて、ダミー人形の値段はいくらぐらでしょう?」
「はいはい! 100万円!」
「うーん、ちょっと惜しい。75万円なんですねこれ。一回の衝突実験で4体使って一回目で壊れてしまうときもありますが、運がよいと10回ぐらい使われる子も居ます。」
一体何が起こったのか、全身センサーを着込んだ私は身体が指の一本さえ動かすことができなくなっていた。スタッフはダミー人形のツルツルの頭をペシペシと叩きながら解説を続ける。
解説をしているスタッフも、解説を聞いている同級生たちも、よもやイスに座らされたダミー人形の中身が私だなんて気付いていないだろう。
(ねえっ! 私は人間よ!!)
何とか叫ぼうとするが、顔にピッタリとはまったマスクは口を開けるのを阻害し、私は声を出すことだ出来なかった。
「おっ そろそろ14時ですね。この子の出番です。」
(ええっ! ちょ、ちょっとまって!!)
そう言われると、私は台車に載せられて廊下をさっきの実験場まで運ばれていった。
*
自動車の助手席に乗せられた私はパニックに陥っていた。運転席、後部座席にもそれぞれセンサーを付けられた人形が乗せられる。
「前回と比べて違うところがわかりますか?」
「はいはい! シートベルトが付けられてないです。」
「ピンポーン、正解です。車は比較のために同じ物を使用します。もしシートベルトを付けずに事故を起こしたら、というシナリオですね。みなさんは車に乗るときは、シートベルトをしっかりと付けましょうね。」
バタン! 車のドアーが閉められる。
「すいません。あの、心電図の動きが一体分だけ大きくなってるみたいなんですが」
(助けて! 実験に使わないで! やめて!!)
「はい? あ、う~ん。もしかして、事故が起きることを知ってて緊張してるのかなぁ。。。」
アハハとスタッフは笑って答えた。今までこんなことはなく原因はわからないのだろうが、冗談で言った回答は的を射ていた。
「それでは始めましょうか。皆さん、向こうの部屋の中に入りましょう。」
*
「ブーーーーーー!」
注意喚起のブザーが鳴り響く。汗と涙でぐちゃぐちゃになった私を載せた車は、無常にも加速を始めた。
(ヤダ…… 恐い。誰か気付いて…!)
グオーンと車は押されて加速をする。私はセンサーによって外が見えずに、いつ衝撃が来るのかもわからなかった。
グオーーーン
(エーン、こわいよ……誰か助け)
ガシャーン!!!
大きな衝撃と耳をつんざく破壊音。シートベルトをしていなかった助手席に乗せられた人形は、衝突の衝撃であっけなくフロントガラスを突き破って、実験上の床に打ち付けられてゴロゴロと転がった。
*
実験が終わった後も私は意識を保っていた。床に投げ出された私は、動くことのできない身体でただただ横たわるしかなかった。
(ぅうう…… 痛い…)
やがてスタッフが現れて、私は回収される。どこか部屋の中へ運ばれて、机のようなところへ乗せられた。
「わー。ヒドいなぁ。センサーも中身も、上半身はダメなんじゃ。」
「右手は使えるんでは。でも、右足は折れてる。まぁ、とりあえず次に使える分だけ取り外そっか。」
搬入したスタッフは私を眺めて感想を言い合う。そして、私を包むプラスチックのセンサーに手をかけた。
ああ、やっと開放されるんだ。病院に連れて行ってもらわないと。。。
カチリ。カチャ、カポ。
「やっぱり顔も胸もダメだね。新しいのを用意しないと。」
「使えるのは左脚だけっぽいですね。」
ええっ! な、なに!?
センサーを外されたのに私は動くことができなかった。研究所のスタッフも、私の身体をまったく事務的に眺めながら書類に物を書き込んでいる。
(そんな…… 私、本当にダミー人形になっちゃったの…? どういうこと……)
私の身体は工具でバラバラに分解される。
「じゃあ、捨てに行きましょっか。」
*
私は再び台車に載せられて、実験場の隅に置かれた廃ポストのそばまで連れて来られる。
「いっせーのーでっ!」
ガシャン! 私の身体は他のダミー人形の上に放り投げられた。
(やだ! 捨てないで…! 私、ダミー人形なんかじゃないよ…?!)
私は必死に懇願する。しかし、彼らは気付かない。
「もう一体。いっせーのーでっ!」
ガシャン! また別のダミー人形が私の上に打ち捨てられた。
(ねぇ、助けて! お願い! 誰か気付いて!! ゴミとして処分しないで……!!)
スタッフの談笑は遠ざかって行く。私は、ただただ廃ポストの中で、壊れたダミー人形と一緒に運び出されるまでの時を待つしかなかった。
オワリ
衝突実験用のダミー人形 ひでシス @hidesys
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます