第7話


「大丈夫だった?」


 俺は助けた――と俺は思っているが――女の子に声をかける。先ほどから蚊帳の外だったが……。


「はい。大丈夫です」

 そういいながら、女の子がこちらに向き直る。


 遠くで見ていた時よりも、一段と美少女に見える。かわいい系より、美しいといった感じだ。いや、まあかわいくもあるのだが。このままずっと見ていたいくらいだ。……それはただの変態にしかみえないような気もするが。


「あの……、助けてくれてありがとうございます。結構怖かったので……」


「どういたしまして。怪我もなさそうだし、よかったよ」


 そう答えてはいるが、本当は別の意味で安心している。だって、もしあの人たちと遊びたかったのに、とか、助けてなんて言ってないのに、なんて言われたらどうするよ。俺がただ1人ではしゃいでたみたいじゃん。そんなのそうとう恥ずかしい上に、一生もののトラウマになるところだったよ。と、そういう

理由で安心しているのだ。もちろん本当に無事でよかったとも思っている。 


「殴り合いのときの傷とかは……」


「怪我? 大丈夫だよ。ほら、怪我なんてしてないだろ?」

 とシャツをまくり、腕を見せる。

 見栄を張ったとかではなく、本当に怪我なんかしていない。名も知らぬ相手には悪いとは思うが、事実なので仕方がない。


「それならよかったです! こんな言い方もあれですが、私を助けるためだけに怪我をしてほしくはないですから」

 彼女が少し遠慮がちになりながら言う。


「こっちも好きで助けたわけだし、本当に怪我はしてないから」


 こんな美少女がからまれていたら、なにも助けようという気になるのは自分だけではないだろう。


「本来ならばきちんとお礼をしたいところなのですが、あいにく用事があるので……」

 と若干言い辛そうにしたあと、再び口を開いた。

「また後日でもよろしいですか?」


「お礼? そんなの別にいいよ。さっきも言った通り、こっちも好きで助けただけなんだから」


「いえ、ですが……」


 本当にお礼をしなきゃと思っているのか、意外に食い下がってくる。にしてもあまりあったことのないタイプだな。イルザやブルートはいらないと言ったら退くし、アーベルはそもそもお礼をすると言って、普通に忘れるヤツだったし。あ、そういえばアーベルのやつに貸した金、返してもらうの忘れてたな。まあ、今はとりにいけないし、とりあえず今度会ったらぶん殴る。



 閑話休題



 そうとは言え、退いてもらえないのも困ったものだ。別にほしいものとかないしな。うーん、どうしよう。…………よし、この世界について教えてもらおう! 時間ないみたいだから、軽くしか無理そうだけど。


「それじゃあ、ここの地名と今の時間、教えてもらえるかな?」


「えっ、そんなことでいいんですか?」


「うん、それでいいよ」


「それでいいならいいですけど……。えっと、ここは神奈川県の横浜という場所で――」


「カナガワ? ヨコハマ?」

 やっぱり聞いたことのない場所みたいだ。そりゃそうか。だって異世界なんだし。とは言え、聞いてもわからないんじゃ聞く意味もなかった気もするが……。


「……? はい。ここは日本国の神奈川県の中にある、横浜という場所です」


 日本、という国の中の分けられている地域の1つの横浜ということかな? あっているかどうかはさっぱりだが。


「失礼になりますが、外国人の方ですか? 日本人には見えなかったもので……。日本には観光かなにかで?」


「いやーそうなんだよ! いろいろ初めてでよくわからなくてさ」


「やっぱり、そうだと思いました!」


 まずい。よくわからないことを聞かれたから、勢いで答えてしまった。大丈夫だよな? 変なこと言ってたりしないよな? ……というかなんで嬉しそうにしてるんだ、この子。


「私、外国の方のかたとお話しするのが初めてなので、とっても嬉しいです!」


「そう? 初めてが俺なんかでごめんね」

 なんか流れでそう言ってしまったが、このセリフだけ聞いたら別の意味にもとれてしまうような。そんなこと考えてるの、俺くらいだろうけど。


「いえいえ、あなたもかっこよくて、とても魅力的だと思いますよ」


「そうかな? お世辞でも嬉しいよ」


「お世辞じゃないですよ」

 俺の言葉に対して彼女が優しい笑みを浮かべながら返してくる。


「それにしても、日本語とてもお上手ですね」


「一応、言語だけは頑張って勉強したんだ。そのほかのことは全然だけど……」

 まあ、嘘だ。日本語が話せているのは翻訳魔法のおかげだが、そんなこと言うわけにもいかないしな。結構心苦しいが。


「そうだったのですか!」


 なんだか褒められているような感じだが嘘をついているため罪悪感が半端ない。いっそすべて打ち明けられればいいのに、とどうしようもないことを考えていると、何かを思い出したかのように彼女が言った。


「そういえば、時間も聞きたいんでしたっけ?」


「うん。できればお願いしたいかな」

 そうつたえると、彼女が「少し待っててくださいね」といいながら、時計を見る。


「今は……12時30分くらいですね」


「何日かもわかる?」


「えーと、今日は2月17日だったかと」


 向こうの世界で魔法を発動させたのが2月17日の12時00分。時間に関するずれというのは存在しないとみていいだろう。というか異世界に来たのに変わらないのか……。


「2月17日か……。どうもありがとう」


「どういたしまして、というべきですかね。あまりお役に立てなかったかもしれませんが」


「いや、十分助かったよ。そういえば引き止めちゃった俺がこんなこと言うのもあれだと思うけど、時間、大丈夫?」

 そう伝えると用事もことなんかすっかり忘れていたのか、慌て始めた。


「あっあー!忘れてました」


「じゃあ、俺はそろそろ行くから。いろいろありがとう」


「いつかまた、しっかりとしたお礼をさせてください」


「別にいいのに。まあどうしてもっていうなら、街で見かけた声、かけてよ」


「はいっ!」

 彼女はまぶしいくらいな笑顔でそういった。


「そういえば、名前、言ってなかったですね。碓水、碓水雪愛です」

 名前か。そういえばこっちに来てから誰かの名前を聞くのは初めてだな。俺も名乗っといたほうがいいんだろうけど、俺の名前こっちではおかしかったりしないよな。まあ偽名なんて思いつかないから、本名を名乗るるしかないんだけど。


「ユリウス、ユリウス・アーベンロードだ。アーベンロードじゃ呼びにくいだろうからユリウスでいいよ」


「よろしくね、ユリウス君。私も雪愛でいいよ」


「そう? ならよろしくね雪愛」


「改めて、さっきは助けてくれてありがとう! じゃあまた」

 雪愛はそういって走りながら去っていった。

 知らない土地で、知らない人と話すのは結構疲れるし不安になるものだが、名前がわかって少し安心している。この世界の一員になれたような気がするかな?


 さて、情報収集の続きでも始めるか……。

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元勇者見習い候補生は高校生! 楓 みやび @lastorder

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