第37話 瞳の中の未来
「いいわ。願いを」
ダーク・ブランカは、見収めになるかもしれない少年の姿を、しっかりと見据えて言った。
「カラを、馬鹿げた呪いから解放してやって欲しい……当たり前に、人間らしく生きられるように……」
アステリオンの口から出た、予想を反する言葉に、ダーク・ブランカは、思わず問いを返した。
「魔法を、解いて欲しいのじゃないの?」
「こんな理不尽な状況、納得できないだろうが」
「だけど、願いは一つだけなのよ。あなた、そのままで、いいの?」
「俺の事は、いい。だから、カラを……」
「……愛しているのね」
ダーク・ブランカの言葉に、アステリオンは打ちひしがれたように、頭を振った。
「……分からない。愛していたと思っていた。けど俺は……カラが被っていた仮面の一つしか知らずに、それだけを愛していた。カラを救ってやるには、そんな愛し方ではだめだったのかもしれない」
「……アステリオン。分かったわ」
ダーク・ブランカは跪くと、カラの胸に手をかざした。その手に、銀色の光が宿る。そして、それは、光の球となり、カラの体に降りていった。
「……」
「これで、朝になって目を覚ませば、もう呪いからは解放されているハズだから……」
心配そうな顔のアステリオンに、ダーク・ブランカは続ける。
「私が、嘘を付いたことがあって?」
「そう……だな。やることは非道だけど、嘘はつかない……それが、白い魔女のウリだったな」
そう言って、アステリオンは疲れ切った様な顔に僅かに笑みを浮かべた。
――この仮面は、お前の身を守るものだ……
黒い仮面が、幾つも虚空に浮かんでいる。
キャラシャは、悪夢の中で悲鳴をあげた。
――恐がらなくていい、お前は殺さない……
腕を掴まれて、声のする方へ引き寄せられた。
――こんなに美しいお前を、殺すなど……この美しい黒曜石を砕いてしまうなど……
眼前に男の顔があった。
それは、グラスファラオンの皇帝の顔。
――お前は、私の宝石だ。誰にも渡さない……
男の氷の様な手が、キャラシャの頬を撫で上げる。
――逃げようなどと、思うな……お前を奪おうとする者は全て、剣の錆にしてくれる……
何かに救いを求めるように、虚空をさ迷ったキャラシャの瞳に、切り落とされた父母の首が映る。そして、おびただしい首の中に、自分を愛してくれた男の首も転がっていた。
――声にならない叫び。恐怖と絶望が心を押し潰す。
――この仮面は、お前の身を守るものだ。剣を持ち、戦え。生き延びるための、それが唯一の道だ……
血の匂いにむせた。息苦しい。
「キャラシャ、目を開けて」
女の声がした。その途端、光が見えた気がした。
「キャラシャ、戻っていらっしゃい。ここへ」
今度は耳元で、その声がする。カラは、ゆっくりと瞳を開いた。
白いドレスの女が、そこにいた。
「あなたは……誰?」
「私は、ダーク・ブランカ。気分は、どう?」
「……昔の夢を見ていたわ。とても……恐かった。ここは?」
「メルブランカの王宮の中よ……」
「私……生きているの?」
「ええ」
ダーク・ブランカが答えると、カラは、大きく溜め息をついた。
「そう……また、死ねなかったのね……」
「アステリオンの為に、あなたは生きなければならないわ。そして、シャディアの血を引く全ての者の為に……」
「……あなたは、私が何者なのか知っている?教えて……何故なのか。幾度も死のうとしたわ。だけど、その度に、頭の中で声がするの。死んではいけない。生きなくてはいけない。シャディアの血を引く全ての者の為にって……何故、私は……」
「キャラシャ・ファンナ……あなた、身籠もっているのでしょう?」
「……」
カラは驚いた顔をして、ただダーク・ブランカの顔を見つめる。
「その子は、予言の子です。シャディアの民が待ち望んでいた救世主。グラスファラオンを滅ぼす子」
「そんな……」
「その子の為にも、あなたは生きなくてはならないわ」
「でも、どうやって?グラスファラオンの皇帝から、どうやって……どうやってこの子を守ればいいの?……きっと、探しに来るわ。星見を殺し損ねた事が分かれば、私を探しに……殺しに来るわ」
「ええそうね。でも、グラスファラオンの皇帝とて、万能な訳ではないわ。かの皇帝が、何故、あの星見を消そうとしたのか……その訳を聞いている?」
「あれは、星の軌道を変える者だから、と」
「そう。でもね、それだけではないのよ。そもそも、星見という者は、星を読み、未来を予知するものだけど、その位なら、その辺の占術師にも出来る事。星見が、ただの占術師と違うのは、予知した未来を変える力、星の軌道を変える力を持つから……星見が塔から出ないのは、そのせいなのよ。自分の思う様な未来を、実現させてくれる星見。野心のある王なら、手元に置きたがるでしょうね。星見が、地上でその力を使えば、この世界は、あっという間に滅んでしまうわ。だから、星見は塔から出てはならないし、塔を降りた星見はその力を失う様になっている」
「それなら、グラスファラオンの皇帝は、何故、あの星見を……」
「それは、あの子……キランが、特別な星を持った子だったから。私が、キランを星見として塔に招喚したのも、その星の力のせい」
「特別な星?」
「“闇星”という星。全ての光を覆い尽くす闇の星。闇星の現われた所では、星が見えなくなるの。大陸中の、あらゆる占術師達の頭痛の種といった所ね。グラスファラオンの神官は、星を追ってシャディアの者を捜すと聞くわ。闇星が現われては、それが出来なくなる」
「それで、あの若者を……」
「グラスファラオンの皇帝の力は強大だけれど、万能ではないの。キャラシャ・ファンナ、戦いなさい。その血の為に。生まれてくる子供の為に。そして、あなた自身の為に」
「ダ-ク・ブランカ様……」
「大丈夫、あなたは強いわ。私も、出来るだけのことはするし……アステリオンも付いている。あの子、ああ見えても、強いのよ。いずれ、アランシアの王になる子なのだから」
「アステリオン……あの人の所には、戻らないわ」
「キャラシャ……だって、あなた、その子供は……」
「アステリオンが強い人なのは、分かってるわ。だから、恐いの。強いから、後へは引かない。逃げたりしない。グラスファラオンの皇帝と対峙しても、きっと……」
「……」
「どちらかが倒れるまで、壮絶な死闘をする。そして……死ぬわ。私の運命に、あの人を巻き込むのは嫌。私の愛した人が、そんな風に傷付いて、死んでいくのを見るのはもう嫌」
カラは、手で顔を覆った。
「時々、この血が疎ましくなる。見えなくてもいいものまで、見てしまう……」
ダーク・ブランカは、不吉な未来を予知してしまったカラを、そっと抱き寄せた。
「大丈夫よ、キャラシャ。未来は、変えられるものよ」
言いながら、ダーク・ブランカは右手を天に向けて呪文を唱える。
その掌の中に、白銀の玉石が現われた。
「これを持っていて」
ダーク・ブランカは、カラの手にその石を握らせる。
「これは化星石。あなたを守ってくれる守護石よ。占術盤の上で、あなたの星を違う星に見せてくれる石。これがあれば、グラスファラオンの皇帝にも、容易にはあなたを捜すことはできない」
「ダーク・ブランカ様……」
「さて。これから、どうするか決めて」
問われてカラは、手の中の、白銀の石に目を落とす。その小さな光の中に、碧い海が浮かんだ。
「……海」
「海?」
「……海の見える街……そこで、子供を生んで、育てるわ……」
逃げ切れるかどうかは、分からない。でも、この子供の為に生きようと思う。私が愛した人の子供だから……
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