第2話海外ドラマのように

 私は自宅でスキをねらっていた。 


 とはいえ、なぜあんなことをしたのか自分でも解らない。ただ、あの化学化合物かがくかごうぶつ樹脂じゅしを火であぶって煙を体内に取り込んだりするのはかなりこわかった。

 ある休日の昼間、私は若い男にもらった違法ドラッグの樹脂をバスタブにためた湯にかした。そしてシャワーを浴びたあと、私はその湯船ゆぶねにつかった。

 浴槽よくそうの内側に背中をあずけ片足を湯面ゆめんから出す。海外ドラマのようにセクシーな格好かっこうあしに手をあて指をはわせる。れた髪の毛が首にからまる。

 違法ドラッグを皮膚ひふから吸収きゅうしゅうしてしまうのではないか、もしくは湯気ゆげを吸い込んでハイになるんじゃないか、という私の心配は取り越し苦労だった。おそらく樹脂のカケラが少量だったからだろう。両親も弟も外出していて留守で、私は一人、秘密のバスタイムを楽しんだ。

 最後に浴槽よくそうせんを抜き、証拠隠滅しょうこいんめつはかる。……むふふふ、完全犯罪だ。


 だが、私は、私に違法ドラッグを手渡した若い男を見失みうしなった。あれが最初で最後、一度も、街でも学校でも見かけなかった。


 ところが、ところがである。私の女友達の気になる男が誰かと思えば、あの若い男だったのだ。確かにあの若い男は同学年の別クラスににいたのだった。なぜ同じ学校で顔を合わせなかったのか不思議だ。


 若い男は春見はるみと呼ばれていた。清潔感せいけつかんがありちょっとハーフっぽい顔。女子にモテそうなタイプ。

 私の女友達は学校近くのコンビニでバイトしている時に春見が客として来店したのだそうだ。そして女友だちがレジ打ちをミスすると、春見は「気にしないで」と言って彼女に微笑ほほえんだという。女友だちはそれで一発だった。


 ところで「そんなのありか?」と思ったが春見は私のことを全然覚えていなかった。

 今も春見と違法ドラッグについては心配でしょうがない。しかし、春見と知り合ってからそれどころじゃなくなった。ほんと、そう。そんなことおかまいなしに毎日が過ぎていく。なんにせよじっくり考えているひまなどないのだ。

 まぁ、いつか違法ドラッグのことで春見をじっとりと責めてやろう。ごとく春見を楽しむのもいい。どっちにしろ私のことを忘れていた罪はつぐなってもらう(笑)。


 女友達と春見はいっしょに夏祭りへ行き、仲良くなった。今後が楽しみというところである。

 街路樹がいろじゅみどりはくすみ、空が高くなった。もうすぐ、また秋が来る。


 今、例の空き教室でたまたま私と春見が居合いあわせ、女友達を待っている。あいかわらず春見はフルーティーな香りがする。私は春見に数学の等差数列とうさすうれつに関する問題の解き方を教えてあげた。春見は時どき学校をサボるらしい。

 私と春見が向き合って放置された机をはさみ、すわっている。春見は私がシャーペンでノートに書いた大量の数式を一発、スマホで撮影した。そうして、ていねいに頭を下げ「ありがとう」と言った。その言い方はとてもさわやかで清々すがすがしさが感じられた。それだけで全てを許せた。

 私は女友達を応援せずにはいられなかった。

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ドリューの血液 Jack-indoorwolf @jun-diabolo-13

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