ドリューの血液

Jack-indoorwolf

第1話スペシャル17歳ビーム

 自らの退屈な人生を他人の恋愛で穴埋めしてみる。

 ある日、私は女友達に同伴どうはんした。女友達が彼女の好きな男を街の夏祭りに誘うために。昼休み、今は使われていない教室に春見はるみという男を呼び出した。コップから水があふれる。緊張してる女友達は前置まえおきなしで春見に夏祭りの話を切り出した。春見がかすかに苦笑する。


 私は春見という男の秘密を知っている。


 去年の秋、私は自宅の近所きんじょを歩いていた。その日、高校卒業後の進路について担任教師との面談めんだんがあった。大学へは行かないと初めて口に出して言った日だ。私はうなる担任教師を残して学校をあとにした。

 電車から見える風景は毎日同じでうんざりでもある。そして都市計画を無視したように入り組んだ道が主役の住宅街を、自宅へと歩く。

 

 自動車が突っ込んできたのが視界のわきに入った。にぶい衝突音しょうとつおんくと、体勢たいせいをくずした若い男がボンネットの上に乗り、そして落ちた。自動車は音を立ててまった。


 周囲に建ちならぶ住宅はごく普通で、まだ太陽は東寄りの位置にあり、人気ひとけはない。家塀いえべいからはみ出した紅葉もみじが赤く色づき、たくさんの葉がアスファルト上にカラーアートを作っている。交通事故は小さな十字路じゅうじろで起きた。それでも住民は誰も外へは出てこない。


 路上ろじょうでのろのろと若い男が立ち上がる。自動車からあわてて中年女性が降りてきた。見ると車にかれた若い男は私が通う高校の制服を着ている。同じ学校の生徒だ。は私から少し離れた場所で起こった。しかし私は「これは見逃せない」と感じ、事故現場へ近づいて行った。


 運転していた中年女性が若い男を気遣きづかう。私も若い男に「大丈夫ですか」と声をかけた。フルーティーな香りがする若い男は、頭をふり、右腕をぐるぐる回しながら身体からだの調子を確かめている。同じ学校の制服なのに見覚えのない顔だ。中年女性がスマホで警察と救急車を呼んだ。


 すると意外と丈夫そうな若い男は、私の腕を引っ張り中年女性に背を向けてこう言ったのだ。

「秘密にしてくれ」と。


 若い男は制服のジャケット内ポケットから小さな紙包かみづつみを取り出し、私に手渡てわたした。そしてもう一度言った。

「秘密にしてくれ」


 その後、やって来た救急車に乗って若い男は病院へと消えた。事故現場はパトカーとひしゃげたボンネットの車、中年女性、私、そして二人の警察官が残った。近所の住民もチラホラ集まってきた。私は警察官に事故当時のことを色いろ聴かれた。


 騒動そうどうがひと段落だんらくしたので帰宅きたくした。我が家の歴史を知る壁掛かべか時計どけいは午後3時を過ぎている。夕食まで空腹にえたが、実際NHKニュースを観ながら食べたものは、最近少し飽きてきた、豚肉の生姜焼しょうがやきだった。

 夜、自室じしつに一人きりになってから、昼間若い男が私にくれた紙包みの中身を確認する。紙包みはコースターほどの大きさ。形は正方形。たてに細長く丸めて輪ゴムで止められている。表面のレタリングでしるされたアルファベットをネットで調べてみると、その紙包みはクラシックギターのげんを入れるためのものだった。

 その中には化学化合物かがくかごうぶつ樹脂じゅしのカケラが入っていた。

 

 私はそれが違法ドラッグの一種だろうとすぐにわかった。


 樹脂のカケラは人差し指の爪くらいの大きさ。まとまったものが数粒すうつぶある。それは意外とやわらかくポロポロと簡単にくだけた。私はその樹脂のカケラを、いとこがロンドンで買ってきてくれたガラスの小瓶こびんに入れ、フタをした。

 小瓶をデスクライトにかざし振ってみると、中の違法ドラッグのカケラはキラキラ輝いた。私はそれをとても美しく感じた。

 

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