FILE-38 操られた少女

「見えない奴は下がっていろ!」


 恭弥は叫ぶと同時に地面を蹴った。少女の頭に触手を伸ばして操っているクラゲは、恐らく憑依型の悪魔だ。

 物質として顕現していない霊体であるため、その姿を視認できるのはこの場だと恭弥と白愛だけである。白愛は戦闘には不向きだし、敵の姿が見えないレティシアたちだと少女と同じように操られてしまう可能性が高い。

 恭弥が単独ソロで倒すしかない。

 もっとも、恭弥にとってはその方が戦い易いのだが。


「強者……戦う……強者……」


 恭弥の熊爪の薙ぎ払いを少女は上に飛んでかわした。空中で回転しながら日本刀を振るってきたが、可視化した霊体であるオーラの圧力によって弾かれた。

 貨物車両や結界は斬れても、霊体を斬ることはできないようだ。


「……引き剥がすか」


 少女が着地する前に、その着地地点へと恭弥は跳んだ。オーラの熊手を振るう。狙いは少女の頭に繋がっている触手だ。

 残り数センチで届くというところで日本刀によって弾かれた。二撃目、三撃目と繰り出すが、その悉くを少女は防ぎ切る。

 精魂融合で身体能力が跳ね上がっている恭弥だが、少女は素の状態でほぼ互角に渡り合っている。操られていることで身体能力が強化されているのかもしれないが、なんにしても簡単にはいかなそうだ。

 通常の〈ガンド撃ち〉で体調を崩させても、操られている状態では意味がない。


 ――憑依も無理そうだな。


 彼女は既に憑依されている。ここで恭弥の魂まで入ってしまうと、中で憑依者同士の争いとなり彼女の精神が完全に壊れてしまうだろう。


 彼女の腕を掴んで地面に叩きつける。


「おい、俺の声が聞こえるか?」


 動きが一瞬止まった隙に呼びかけてみる。そうしながら触手も狙ったが、そちらはしっかりとガードされた。


「斬る! 斬るぅうううう!」


 呼びかけには応えない。正気は完全に失っている。


 ――殺してやるのも一つの救いか。


 だが、それはあくまで最終手段である。エルナには甘いと言われそうだが、恭弥は救える命はできるだけ救いたい。

 それが不可能と判断した場合には、ガンドで心を無にすることで恭弥は容赦のない殺生が可能となる。管理局の任務だったとはいえ、今までそうやって何人も手にかけてきた。

 いつしか感情を上手く表現できなくなってしまったが、そこはそんなに気にしていない。元からそんな感じだったような気さえする。


 ――まずは、あの刀をどうにかするか。


 触手を狙っても防がれるのなら、防ぐ手段を取り上げる。

 恭弥は一旦距離を取り、灰色熊の精魂融合を解除した。


「――力を貸せ、〈湖の騎士ランスロット〉」


 恭弥の有する守護霊の中でも最強クラスの英霊を喚ぶ。西洋鎧とマントを纏い、大剣を握る騎士のオーラが恭弥と重なる。

 ブリテンの王に仕えた円卓の騎士。本人かどうかは知らないが、彼と融合した恭弥は超人的な身体能力はもちろん、卓越した剣技も使えるようになる。


「きょきょきょーっ!!」


 発狂する少女が跳びかかってくる。恭弥はその場から動かず、オーラの大剣――〈アロンダイト〉を構え、迎え撃つ。

 少女の日本刀を受け止め、受け流し、僅かにバランスを崩した瞬間を狙って下段から振り上げる。


 二振りの日本刀が宙を舞った。


「か、かかか……た……な……」


 手ぶらになった少女が隙を見せた。

 彼女の頭上を払うように大剣を横薙ぎに振るう。霊体の剣は霊体の触手を引き千切り、少女の頭から引き剥がす。


 カクン、と膝が折れる少女の横を走り抜け、恭弥は触手を失ったクラゲ型の悪魔を一刀の下に斬り伏せた。


「やった! 見えないからなんだかよくわからないけど、流石恭弥ね!」

「ちゃんと悪いものは祓われました。黒羽くん、やっぱりすごいです」


 レティシアと白愛から歓喜の声が上がる。恭弥は蒸発するように黒い霧となって消滅する悪魔を見届けてから、操られていた少女の下へと歩み寄った。

 辻斬り犯が悪魔に操られていただけなのだとしたら、彼女は被害者だ。黒幕は別にいる。そして悪魔を使役したということは恐らく、奴だろう。

 寮を抜け出してこちらに向かったという情報もエルナから得ている。

 目的は不明だが、とにかくこれ以上辻斬りによる被害は防げたと思っていい。


「大丈夫か?」


 膝をつく少女に声をかけ、手を差し伸べようとすると――


「……お主は強者でござるか? それとも弱者でござるか?」


 静かに問いかけられた言葉と同時に、鋭い手刀が咄嗟に飛び退った恭弥の首の皮を掠めた。


「――ッ!?」


 悪魔の憑依は取り除いたはずだ。なのに、なぜ彼女は攻撃してきたのか。


「あの者には不覚を取って妙なものを植えつけらてしまったでござるが、それを取り除いてくれたお主は間違いなく強者でござる」


 立ち上がった少女は、憑依されたことによる消耗などないかのように、楽しそうに笑っていた。


「強者であれば、いざ、尋常に勝負するでござるよ!」

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アカシック・アーカイブ 夙多史 @884

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