FILE-37 強襲

 その瞬間、学院都市の一区画で盛大な爆発が発生した。

 広場で合流した恭弥たちも貨物車両で移動中にそれを目撃した。他の学院警察の部隊が辻斬り犯と交戦中なのか、それともフレリアとアレクが襲われたのか。


「今の爆発はなんだ!? なにがあった!?」

「フレリアさん無事!? 無事なら返事しなさいよ!?」


 ルノワとレティシアがそれぞれ通信用タリスマンに向かって呼びかけを続けている。しかし、学院警察からは混乱しているのか応答はあるものの状況は掴めず、フレリアに至っては――


『申し訳ありません。一瞬目を離した隙にお嬢様が姿を消しました』

「攫われたってこと!?」

『いえ、ふらりとどこかへ行かれてしまわれたようです。行方不明はお嬢様の得意技でして、私も攻略法が見つからず毎度手を焼いております』


 絶賛迷子中だった。厄介な得意技があったものである。


「そんなの首輪でもつけてなさいよ!?」

『無意味でございました』

「やったの!?」

『とにかく、お嬢様についてはご心配いりません。危なっかしく見えて絶妙に危機を回避されるお方ですので。いつも通り私が見つけて説教しておきます』


 効果はあまりありませんが、と愚痴るように呟いてアレクは通信を切った。


「まあいいわ! フレリアさんは放置して爆発の現場に向かうわよ!」


 もくもくと黒い煙が立ち上っている方角に視線をやりながらレティシアが運転手に指示を出した。誰も異存はない。白愛だけが心配そうな顔をしていたが、恭弥はあのフレリアがピンチに陥っている状況をどうしても想像できなかった。


 荷台から貨物車両のフロントガラスを通して見える煙の量からして、恐らく建物の一つか二つは炎に包まれているだろう。

この辺りは寮などが密集する居住区からは離れているため、恐らく一般学生や一般教師への人的被害は発生していない。多大な研究資料が炎に呑まれたかもしれないが、それだけが救いだ。


「……?」


 ふと、恭弥の視界の端に飛び跳ねるような人影が映った。人影はすぐに見えなくなったが、恐らく位置と移動方向からしてこの車両の真上に――


「――ッ!? 全員なにかに掴まれ!?」


 気づいた恭弥は大声で叫んだ。


「え? どうしたのよ恭弥、いきなり?」


 ほとんどの者が咄嗟に座席や扉の取っ手に掴まったが、荷台のほぼ中央にいたレティシアだけが掴まるモノがなく指示に従えなかった。


「チッ」


 舌打ちし、恭弥はレティシアの手を掴んで抱き寄せる。


「えっ!? えぇええええええええええええええっ!?」


 レティシアが一瞬で赤面して悲鳴を上げた刹那――


 スパン! と、走行中の貨物車両が縦方向に斬断された。


 バランスを失った車両が左右に割れて建物に激突。漏れたガソリンに引火して大爆発を起こした。


「……やってくれる」


 まさか真っ二つにしてくるとは思わなかった恭弥は衝撃に備えていただけだったが、どうにか激突前に道路へと飛び出すことに成功していた。

 右腕にはそのままレティシアを、左腕には逃げ出せそうになかった白愛を抱えている。


「なっ!? なっ!? なっ!?」

「ど、どどどどうなってるんですか!?」


 抱えられた二人は顔を真っ赤にして目を回していた。周りを見れば土御門もグラツィアーノも自力で脱出していたようだ。爆発炎上する車両の片割れを呆然と眺めている。


「しっかりしろ! まだ助かる!」


 運転席側だった車両の炎の中から、ルノワがぐったりした運転手を抱えて飛び出してきた。彼は逃げ出さず魔術で防いだようだ。

 と――


 カリカリカリカリカリカリカリカリィ。


 金属的ななにかでアスファルトの道路を引っ掻くような音が聞こえる。


「敵さんのお出ましのようだね」


 グラツィアーノが右手に拳銃を握り、左手の指間に短剣を三本挟んだ状態で道路の奥を睨む。土御門も護符を取り出し、恭弥も抱えていた二人を下ろして右手を銃の形に構えた。


 カリカリと引っ掻く音を響かせながら、奥の闇から一人の少女が姿を現す。

 顔をマフラーで隠し、夜色の髪をポニーテールに結った女子生徒。

 目撃証言にあった辻斬り犯で間違いない。


「きょ……きょきょきょ……強者……戦う……」


 ゆらゆらと歩く少女が故障した音声レコーダーのような言葉を発した瞬間――その姿が消えた。


 ガキィン!


 一瞬後に発生した金属音に振り向く。少女の日本刀とグラツィアーノの拳銃が組み合っていた。


「これは……想像以上に速いね……ッ!?」


 苦い表情を浮かべるグラツィアーノは組み合っていた拳銃をずらして受け流し、少女の鳩尾に容赦なく蹴りを放つ。だが少女は易々とかわし、次は土御門へと飛びかかった。


「うおあっ!?」


 慌てて結界を張る土御門。しかし少女は豆腐でも斬るようにあっさり結界を斬り崩した。


「ちょ!? タンマタンマ!?」


 叫びも虚しく二本の凶刃が無防備になった土御門を襲う。グラツィアーノが短剣を投擲して少女を下がらせていなければ、土御門は斬殺死体の仲間入りをしていただろう。


 少女が一人になったタイミングを恭弥は逃さない。

 指先に魔力を集中し、〈フィンの一撃〉を撃ち放つ。地面のアスファルトを割り砕きながら走った衝撃波を少女は横に跳んでかわした。


 レティシアが数枚の『戦車』のカードを展開し魔力光線を乱れ打つ。少女は避けたり日本刀で弾いたりしながら、恭弥の下へと迫った。


「強者……きょ……きょきょ」


 壊れた音声レコーダーみたいな言動は変わらない。目は血走っており、その焦点は合っていないように思えた。

 どう見ても正気ではない。

 恭弥は袈裟斬をかわして少女の腕を掴む。そのまま一本背負いの要領で投げ飛ばした。


「きょぎょっ!?」


 カエルでも潰したような声で咽た少女だったが、すぐに飛び起きて恭弥から距離を取った。

 強い。

 しかも彼女はまだ魔術すら使っていない。肉体強化すらも、だ。


「一気に畳みかけるわよ!」


 レティシアの号令に全員が各々の魔術を使う体勢を取る。

 その時だった。


「待ってください!?」


 大声でストップがかかった。恭弥は辻斬り犯の少女から警戒を解かないまま声のした方に少し意識を傾ける。

 少し離れた場所に避難した九条白愛が、悲痛な面持ちで告げる。


「もしかして、みんな見えてないんですか!?」


 全員、なんのことだかわからなかった。

 逸早く気づいたのは恭弥と土御門だ。


「大将!」

「ああ!」


 恭弥は頷くと、素早く精魂融合で灰色熊グリズリーの守護霊をオーラとして纏った。霊的な存在と繋がることで見えてくるものがある。

 元から霊感の強い白愛は、最初から『それ』が見えていた。


 辻斬り犯と思われる少女の頭に無数の触手を伸ばす――

 クラゲのような形をした巨大で禍々しい存在を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る