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 次の展示室には、モーターで駆動するオブジェのようなものがいくつも置いてあった。それぞれ速度は違えど、メトロノームのように一定の感覚で動いていた。床に直に置かれているものや、天井から吊り下げられているもの、壁に掛けられているものなど様々な種類のオブジェがあった。オブジェには汚れたプラスチックの風呂桶、マネキンの腕らしきもの、一升瓶、錆びた自転車のチェーンなど様々な日用品が使われており、それらはすべて廃材を利用して作られているようだった。


 その光景を見ながら、俺のなかにふつふつと怒りが湧いてくるのがわかった。こんなゴミが動いているだけの作品のどこがアートなんだ。こんな美を冒涜したようなものでさえ芸術認定をしてしまうメディアアートに殺された父と母は、さぞ無念だったことだろう。それならばせめてモネやルノワールの額縁の角に頭をぶつけて死んだほうがまだ報われただろう。俺はこれまで我慢してきた緊張に加え、突然やってきた怒りと悲しみに涙をこらえることができなかった。


 思わず展示室にしゃがみこんで嗚咽していると、さっきとは違う男が近づいてきた。


 「いや、嬉しいですねェ。そんなに私の作品に感動していただけるなんて」と男は屈託のない笑顔を見せて、泣いている俺に話しかけてきた。


 その男は父と同じ50歳前後に見えて、歯は黄ばみ、浅黒い顔にシワが深く刻まれている男だった。ペイズリー柄のチューリップハット、オーバル型の赤いメガネ、着古したMA-1、オーバーサイズの汚いジーンズを身につけて、いかにも金がないアーティストといった風貌だった。


 「違うんです。あまりにも作品がくだらなすぎて泣いているんです。だって、こんなの、ただのゴミじゃないですか」


 「ゴミ……ですか」俺の率直な言葉に男は一瞬虚を衝かれたような表情を見せた。しかし次の瞬間には笑顔を取り戻し、そして静かに喋り始めた。


 「そう、これは元々はすべてゴミだったんですよ……。あちこちで捨てられていたものを、私が拾ってアート作品としてふたたび命を吹き込んだのです……。ほら、見てください、あそこを」と言って男は頭上を指し、天井を見上げた。


 そこにはオブジェの影が投影されていた。瞬間ごとに形とスピードを変えながら動くその影は、さながら王宮でダンスをしている王子とシンデレラのように優雅な動きだった。


 「どうですか、綺麗でしょう。これはキネティックアートといって動きを取り入れたアート作品なんですよ。ちなみに私の名前も木根というんですよ。ははは...... 嘘じゃありませんよ」と、木根という男は乾いた笑いを浮かべながら言った。


 「確かにそれなりの美しさは感じますよ、木根さん。しかし、私の好きなモネを始めとする印象派の画家たちは、刻一刻と移り変わる自然の光をキャンバスに閉じ込めようと格闘していたのです。それに比べれば、こんな人工的で予定調和な動きを見せつけてアートだなんて、ちょっと単純すぎやしませんか?」


 「印象派だって、最初はアカデミーから否定されたものですよ」と木根はなおも笑顔を絶やさずに言った。こいつはどうやら少し手強いらしい。なにを言ったところでこの木根の無気力な笑顔はすべてを吸収してしまう気がした。


 「とにかく僕の中ではこんなものはアートではないんです。それに、電気がなかったらどうします。それこそただのゴミじゃないですか。モネの絵はただそこにあるだけで芸術足りうるというのに! ははあ、さてはあなた原発推進派ですね。アートという名目で電力をたくさん消費して、原発を正当化するつもりだ。そうだ、こんなひとっこひとり観客のいない美術館で電力を無駄に消費しているメディアアーティストは全員原発推進派だ!」


 俺はそう叫びながら、自分がいま世界でいちばん賢く、正義感のある人間だという気がした。特にそれまで原発についてなどまったく考えたことはなかったが、自分の言ってることはあまりにも正しく感じられ、恍惚とした気分になっていた。木根は、やれやれ、という顔をして俺から離れた。


 木根が視界からいなくなるのを確認すると、俺は自分の両足に力を入れてすっくと立ち上がった。すっかり涙は乾いていて、代わりになんでもできそうな自信が体内にみなぎっていた。


 もちろんメディアアートに対する恐怖心はすっかりなくなっていた。メディアアート、恐るるに足らず! モネが、ルノワールが、ドガが、シスレーが、俺の背後に立って四肢を支えてくれているようだった。そしてさらにその背後には父と母の幻影が神々しく俺を優しく見守っている。印象派のやわらかくあたたかな陽光が俺を包み、まさに俺は無敵だった。





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