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 生前の父は、ルノワールとモネの絵を愛していた。


 我が家の玄関とリビングにはモネの睡蓮の複製画が豪華な額縁に入って飾られていたし、リビングボードの上にも額装したポストカードをたくさん並べていた。それだけではない。トイレの壁にルノワールのカレンダーを飾ることが我が家の風習になっていたし、父と母と俺は、ルノワールのそれぞれ異なる絵柄のマグカップを愛用し、それを使って夕食後、一緒にによく紅茶を飲んだものだ。そして父の書斎には、ルノワールとモネをはじめとして、印象派と呼ばれる画家たちの画集が何冊も所蔵されていた。


 父は、ことあるごとに「アートは素晴らしいぞ」と俺に言っていた。


 漫画やゲームはあまり買ってもらえなかったが、美術展覧会の物販コーナーにあるものならいくらでも買ってもらうことができた。同級生がゲームキャラクターのカードを集めて交換しているころ、俺は印象派の画家のポストカードのコレクションをひとりで眺めては至福の時間を過ごしてきたものだ。俺はその画集やポストカードを幼いころから何度も何度も見返して育ってきたから、彼らの絵を見るだけで、まるで暖かい毛布に包まれたような安心感を得ることができるのだ。


 母は死の数年前から週に一度、近所にある油彩教室に通っていた。若い画家の夫婦が営む、鳥の巣箱のように小さいアトリエだ。母はそのアトリエに通うのをいつも楽しみにしていた。そして描き終わった静物画や裸婦画を持ち帰ってくると、まるでルノワールの描いた少女のような笑みを浮かべながら、父や俺にその作品を見せてきたものだった。


 それは素人目にもあまり上手とは言えないものだということはわかったが、愛妻家だったいうモネの絵にも通じるようなやわらかい色彩で、愛情に満ち満ちた作品だったと思う。父親の気が狂うきっかけとなってしまったあの忌まわしき《 I AM ERROR 》に出かける前日も、色とりどりの夕食が並ぶ食卓を囲みながら、


「お母さんの絵からは優しさが伝わってくるよなあ?」


「うん、見る人の心を癒すような絵だよ」


「あら、いやだ。わたしの絵よりみんなのお世辞のほうが上手になっちゃって。ウフフ……」


「はっはっは……」

「アハハハハ……」なんて会話をしたことを思い出すと、いまでも涙が溢れ出てきてしまう。


 幼いころからモネやルノワールを愛する家庭に育った俺には、とうぜんメディアアートのことなんかさっぱりわからない。モネの描く睡蓮や、ルノワールの描く少女に比べれば、光ったり、音を立てたり、変わったことをしているだけのメディアアートなんていうものに心を動かされることは一度もなかった。


 あんなものはアートとはいえない、そんな風にさえ考えている。なにより、俺にはあんなに優しかった父と母の命を奪ったメディアアートのことは絶対に許せない。俺の心の中ではメディアアートに対する復讐の炎が燃えていた。





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