第4話
豊姫が仲津宮の巫女として入った翌年は、梅雨の時期になってもほとんど雨が降らず、そのまま真夏となって、多くの作物が枯れました。仲津の稲田には三角池の水が用水路を経て供給されていたので、稲が枯れるまでには至りませんでしたが、このままでは30年前の飢饉以上の惨状が待ち受けているのではないか、と長老たちは不安になり、日之巫女に雨乞いの祈祷をしていただくよう、願い出ようとしました。
しかし、遠征に次ぐ遠征で、日之巫女の所在を知ることすらままなりませんでした。よしんば所在がわかって使いを送っても、すでにその地を発っていて、再び所在がわからない状況が続いていたのです。
「さても、よ、どうしたものか」
長老たちは、やはり日之巫女さまでなくては、と言います。
ようやく日之巫女の遠征先の陣地にたどり着いて頼んでも戦局が膠着状態で、我が母、日之巫女は「仲津宮はどうしておる。比売巫女がいるであろうが」と、つれないのです。
天候占いは、仲津宮比売巫女の
そこで仲津の巫女のトップである比売巫女が占ってみますが、どうも歯切れが悪いのです。
「この地は飢饉にはならぬ、とのご神託でございます」
しかし雨は降らず、三角池の水深はどんどん浅くなり、一部では底が見えるようになりました。
「30年前の大干ばつの時でもこんなに雨が降らないことは無かった。未曾有の大飢饉になるぞ」
長老ばかりか、豊姫の父、
当時の仲津の最高位、比売巫女に次ぐ位にあった豊姫の姉、高木之入日売命も三日間食を断ち、身を清めて神託を受けたものの、やはり、「この地は飢饉にはならぬ」と出るのみ。
とうとう我が母、日之巫女が王宮に戻ったのを見計らって、長老や有力者、総出で参上することとなりました。
実は母も遠征の先々で池の水が干上がり、田畑の作物が枯れているところを目にして、気にかけていたところだったのです。
ところが母が占っても、「この地は日照りによる飢饉にはならぬ」と出るばかり。王宮に重苦しい空気が流れた、その時です。
品陀真若王の傍に控える高木姫の付き人としてやって来ていた豊姫が、ポツリと口を開いて言ったのです。
「だって、もうすぐ大風が来るもの」
大風とは、台風のことです。母は驚いて豊姫を凝視しました。さらに何か言いたげな素振りの豊姫に、母は声をかけました。
「構わぬ。申してみよ」
豊姫は我が母、日之巫女を真っすぐ見つめて、長老たちが放つ、驚愕の眼差しを背に受けながら言いました。
「大風と言っても、この地では風より雨の勢いが強く、雨が多く降ります。山が崩れ、川が氾濫します。大風より後は雨が多く、日差しが少なくなるので、米の収穫は少なくなります。でも、飢饉になるほどではありません。水を加減できる仲津やこの地は、だから飢饉にはなりません」
しまった、と母は小さく漏らしました。
日照りによる干ばつばかりに気を取られ、大風のことはほとんど考えていなかったからです。
乾燥しきって固くなった土壌は、水分を保つことができません。そしてもろく、崩れやすいのです。
なぜに気づかなんだ、仲津やこの地、そして日照りの意味するところに。
母は唇を噛んだものの、もう、後の祭りです。
「山あいに家を構える者、大川や
しかし皆、半信半疑でした。天空には相変わらず灼熱の太陽が輝き、雨の一滴も期待できそうに無かったからです。それでも母はわずかな空気の気配の違いに気づいていました。
「東から生暖かい風が吹き始めておる。近いぞ」
すぐさま、早馬を各地に遣わし、首長たちに注意を呼びかけました。
しかし奴国王、
「大風は西に去ったと沖の民(沖縄の人々のことです)は申しておるわ。大風が雨を運んでくるなら、むしろ幸い。日之巫女の占いの力も地に墜ちたものよのう」
その夜、九州の南、大隅半島を強大な台風が襲いました。南の方では風が強かったのですが、九州北部では厚い雨雲を伴い、数歩先も見えぬほどの豪雨となりました。
邪馬台国王宮ですら至る所で雨漏りがみられ、皆、身を寄せ合うようにして不安な夜を過ごしたものです。
母は豊姫を前に呼び出して言いました。
「なぜ、もっと早くに言わなんだ」
豊姫は項垂れ、そっと後方の姉、高木姫の方を伏し目がちに見やりました。
美貌、知性に加え、占いの才も卓越していて、来春から仲津の比売巫女就任が決まったばかりの高木之入日売命です。周囲からは日之巫女の再来とまで言われ、実際、母も目をかけ、わざわざ仲津から王宮に呼び寄せ、直接指導することもありました。
母は高木姫を一瞥し、「そうか……」とだけ言うと、御簾から降りて豊姫の前に座り、豊姫の瞳を覗き込むようにして、そっと頭を撫でました。
こんな母の姿を見たのは初めてでした。私など、一度も頭を撫でてもらったことなどありません。豊姫は私の知らない母の別の顔をしばしば見せてくれる、不思議な娘でした。
しばらく撫でていたその手の動きをふっと止め、母が言いました。
「妾すら言い当てることができなかったものを……。その責を高木之入日売命が問われることはない。案ずるでない」
後ろの高木姫に聞こえぬよう、耳もとで小さく呟くように言ったのです。
その時の涙を浮かべながらの豊姫の笑顔、今でも忘れません。
日子山川流域はかろうじて無事でしたが、その下流の遠河河口付近は、現在の水巻から洞海湾への水路を開いて水を逃がしたものの、一部氾濫し、所々『水撒き地』となってしまいました。でも、水嵩はたいしたことなく、すぐに水は退いて、遠河流域や宗像は事なきを得ました。
現在の筑後地方の大川、筑後川のことですが、その下流は堤防が決壊し、多くの田畑が水没しました。倒伏し、水に浸かった稲穂は半数を超え、奴国王は青ざめたと言います。
仲津は三角池の水位が急上昇したものの、水守たちが夜通し土嚢を盛って土手を守り抜き、田畑はまったく無事でした。
雨は三日三晩続きました。
夏のはじめの台風はその速度が遅く、いったん西へ向かったとみえても、偏西風に流され、東に進路を変えることがあるのは現代では常識ですが、それを予測することは当時では困難です。
各地で崖崩れが起きましたが、すでに避難が終わっていたり、急ごしらえながら柵で土砂を防ぎ、人的被害は極めて少なかったそうです。
*
豊姫が仲津宮の巫女となって、6年余の月日が経ちました。
時は春。
この時期、皆が楽しみにしていることがあります。
それは、仲津宮の巫女舞です。
日頃はほとんど人前に姿を見せることがない仲津の比売巫女に加えて、他の宮では見られない8人の巫女舞もあり、圧巻です。
戦に明け暮れる我が母、日之巫女も、この日は遠路はるばる駆けつけ、巫女舞を楽しみにしていました。若かりし頃、母もここで舞っていたのです。
比売巫女は一人で舞うのですが、8人の巫女舞は選ばれた8人で広がるように舞うので、八尋舞、あるいは八巫女舞とも言い、後に厳島神社に渡って、八乙女舞の原型となりました。
楽師は男で、土笛と太鼓が基本です。神楽笛が登場するのは飛鳥時代以降で、五色の鈴垂絹を垂らした神楽鈴を鳴らすようになったのは、平安朝以降です。それまでは笹の葉、赤い実を付けたオガタマ、幣などを手に舞っていたのです。八尋舞の巫女たちは、これらを手に舞っていました。
オガタマは
現代でも巫女舞は神楽鈴ではなく、鉾鈴を持って舞うのが本式なのですが、ほとんど今では見かけません。鉾は
位の高い比売巫女は、祓い清めの意味もあり、当時は神剣である銅の短剣を持ち、舞っていたのが時代と共に転じて、鉾鈴となったのでしょう。
舞台は仲津宮の三角池の前、私の亡き父、仲津彦の屋敷の大広間です。
仲津の巫女の頂点、高木比売の一人舞の優美さは特に際だっていました。それに品陀真若王の娘だけあって、武芸の心得もあり、腰の据わった剣さばきも見事でした。
そして、中でも皆の目を惹いたのが、その長くて豊かな髪です。
髪は神にも通じ、長く豊かな髪は強い生命力を宿すとされ、女性だけでなく、男性までが髪を伸ばしていた時代でした。
両耳の脇のところで束ねて折り曲げる『
女性は違います。
前髪を顔の真ん中で分け、後ろに持って行っただけの、
天照大神や天女で描かれる、一見、島田と見間違うような、しかし実際の島田より根の部分が低く、折り返しの部分を扇のように広げる髷の髪型は、長い髪を引きずって傷めることがないよう、結い上げたのが起こりです。
我が母、日之巫女の場合は背丈を補い、より大きく見せる意味合いもあって、人前に姿を現す時にはこの髪型にすることが多かったのです。この髪型は神懸かりになって託宣する場合や動きが入る舞の時には形が崩れやすく、巫女装束の神前では垂髪の場合がほとんどでした。
さて、高木比売の髪型です。
垂髪ではありますが、この当時としてはまだ珍しかった耳前の鬢そぎをして、胸元で短く切り、髪の長さを揃えていました。
扇のように見事に広がる髪裾は、足もとぎりぎりの所で、やはり切り揃えられています。
漆黒の鬢そぎした髪が神剣とともに胸元で揺れ動く様は、斬新で溢れんばかりの色気がありました。
お陰で居並ぶ諸侯、将軍たちの目が高木比売の胸元に釘付けになったのも、当然でしょう。
でも、高木比売の舞を見た豊姫は、「姉さまはまさか、比売巫女をお辞めになるのでは……」と、呟いたそうです。
舞い終わった後、皆、口々に高木比売を絶賛しましたが、表情が冴えない者が二人いました。一人は豊姫、そしてもう一人は私の母です。
その夕、巫女が全員、仲津宮の広間に呼ばれました。
巫女の筆頭、日之巫女である母が上座に座り、比売巫女の高木比売と豊姫が左右に座ります。その下座には他の巫女たちが座っています。30人以上いたでしょうか。さながら巫女学校です。
母はぐるりと見回し、「皆、ご苦労であった」と声をかけました。
巫女たちは一斉に頭を下げます。
母は高木比売の方へ体の向きを変えて、「ところで、高木之入日売命」と、厳しい表情をしました。
高木比売は母を一瞬見上げた後、体の向きを日之巫女の方へ向け、少し頭を下げて畏まりました。そして、「はい」とだけ言って、そのまま頭を上げませんでした。
「妾が何を言いたいか、分かっておるようだな」
高木比売は答えず、さらに平身低頭して畏まったままでした。
「そなたは仲津宮の比売巫女という、この仲津の巫女の最高位であること、わかっておろうのう」
「はい」
「ならば言おう。なんじゃ、その髪は」
巫女たちは顔を見合わせました。
母はいかにも苦々しげに、「髪には神が宿っておること、比売巫女であるそなたが知らぬわけがあるまい。その髪を切るとは、なにごとじゃ」と言いました。
「も、申し訳ございません」
「神に刃を向けるのと同じことぞ」
「仰せの通りでございます」
「例外が二つだけある。その一つは、お仕えする神が替わり、それまでお仕えしていた神にお暇する時。もう一つが、巫女を辞める時じゃ」
控えていた巫女たちは再び顔を見合わせ、ざわつきました。
髪の先端が不揃いになりすぎる時には、髪を切り揃えることがあります。枝毛を切ることもあります。それもいけないのであろうか、と巫女たちは不安に思ったのでした。
豊姫は心の中で思ったそうです。
ひょっとしたら姉さまは、結婚なさるおつもりなのだろうか。ならば、相手は誰?
豊姫はその時、私のことが頭にあったそうです。
舞い終わった時、確かに品陀和気命の方をご覧になり、瞳が潤んでいらした。まさか、品陀和気命と……。
豊姫は胸が痛んだそうです。
私は姉さまに嫉妬しているのだろうか。姉さまなら、年も背格好も、私と違ってお似合いだから……。
ちなみに高木比売は御年11歳の豊姫より9歳年上で、女性でこの年齢になるまで結婚していない方が不思議なくらいでした。
「高木之入日売命よ、そなたも、もう20歳。そろそろ次のことを考えねばならぬ年齢じゃな」
「はい」
再び、巫女たちがざわつきました。
「日之巫女さまは、もう、60になられるはず」
「そうじゃ、そうじゃ。比売姉さまは、まだ20歳ぞ」
「しっ、そのようなことは、決して口にしてはならぬ」
一瞬、母の目が声の方に向きかかりましたが、すぐ視線を戻しました。
本人たちはひそひそ話のつもりでも、ざわついた中、隣に聞こえるように話しているのですから、母にも筒抜けです。
「しばし、休養をとってみてはどうじゃ」
「は、はい」
平身低頭した高木比売を上から見下ろしながら、日之巫女である母は宣言しました。
「高木之入日売命よ、そなたの仲津宮比売巫女の任を解く」
そして立ち上がって退席しようとしました。
豊姫は母に向き直り、頭を垂れ、「日之巫女さま、お待ち下さい」と、少し声を荒らげました。
立ったまま、母は「なんじゃ」と、豊姫に苦々しげな表情で訊きました。
豊姫は頭を垂れたままで答えます。
「姉さま、いえ、高木之入日売命が今、この仲津宮の比売巫女を退かれましたら、巫女たちは皆、途方に暮れます」
「豊、そなたがおるではないか」
「私はまだ11。とても高木之入日売命の代わりを務めることはできません」
「ならば、務めができるよう、精進せい」
「でも……」
控える巫女たちは、顔を見合わせました。
高木比売がいなくなったら、その後を誰が継ぐか?
豊姫しかいないのは、皆、百も承知でした。
いや、それどころか高木比売ですら、豊姫の占いや判断力に関して、一目置いていたのです。
仲津における巫女の託宣は、通常、重要案件は仲津宮の巫女の最高位、比売巫女である高木比売が行うのですが、時に、豊姫に行わせることがありました。
そして豊姫の託宣はいつも過たなかったのです。
正始4年、西暦243年、母が魏に使者として伊声耆、掖邪狗らを送った時のことです。
仲津で天候を占い、高木比売をはじめ、もう一人の巫女も予定通りの出発でよい、と判断したことがありました。
でも、豊姫だけが反対したのです。
「あと一日、一日お待ち下さい。そうすれば無事、お渡りすることができます」
そこで日之巫女である母にお伺いを立てることになりました。
「真男鹿の肩の骨占いでも、別に問題はない、と出たがのう」
結果、予定通り船を出すことになりました。
ところがその日は珍しく北風が強く、波が高くて、船が大揺れに揺れました。人に被害はありませんでしたが、荷が崩れ、朝貢する品々の半数を失ったのです。
豊姫はすぐに追加の品を送り、翌日には出発するよう母に進言しましたが、「一度宮に戻り、日を改めて渡るとすべきじゃ」と母は言って、使者を戻そうとしました。
再び豊姫は母に進言しました。
「明後日までは凪いでいますが、その後は東南の風が吹いて、長雨になります。渡ろうとしても、船は
一支とは、現在の
遠河の河口では待ち受けていた船に荷を載せると、そのまま加羅へ向かうことにしました。
二日後、天候はにわかに悪化して、東南からの強風が吹き荒れ、雷が鳴りました。かろうじて使節は海が大荒れになる前に加羅国に到着することができたのです。
そしてその後は、秋雨が続きました。
あまりにも的確な占いであったので、高木比売が不思議に思って、訊いてみたのです。
「あなたの天候占いは、本当によく当たりますね。きっと龍神に気に入られたのでしょう。伊声耆たちの加羅渡りの時、よく、風が強くなるとわかりましたね」
豊姫は当たり前のように言ったそうです。
「宗像の漁師が、急に大島の北側で魚が捕れなくなった。昨日から島の南側に魚が移ったようだ、と申しておりました。風が北から強く吹いて海が荒れる前には、よくそのようなことが起きるようです。それに、ここ十年、梅雨に雨が少ないと、秋には風が北から東南に変わった後、長雨になるようです」
他の巫女と違って、豊姫はそれまでの気候を分析した上で判断を下していたのです。当然、天候予測が当たる確率も高くなります。
母はこれを伝え聞いて驚き、「てっきり、龍神のお導きとばかり思うておったわ」と言って、しばし声を失ったそうです。
さて、仲津の高木比売の話へ戻しましょう。
しばらく平身低頭していた高木比売は顔を上げると豊姫の方に体を向け、少し潤んだ瞳で口を開きました。
「あなたの才能は皆が認めております。案ずることはありません。私は比売巫女を離れても、姉として、あなたを必ず守って差し上げます」
今にも泣き出しそうな豊姫に、静かに微笑みかけました。
「姉さま……」
ついに抗しきれず、豊姫は突っ伏して、声を上げて泣き出してしまいました。母は一つ大きく息をつき、言い放ちました。
「高木之入日売命、そなたを修学院長に任じる。仲津宮の巫女たちの教育を任せるぞ、よいな」
「はっ。有り難くお受け致します」
この瞬間から高木之入日売命は比売巫女ではなくなるので、通常の女偏の姫の文字を使った高木姫と記さなくてはなりません。それほど、比売巫女の比売の字は特別なのです。
そして修学院長とは聞こえはいいのですが、日之巫女に次ぐ地位とされる仲津の比売巫女。引退して就くことがある巫女総監ならまだしも、二階級以上の降格人事です。
まだ幼い豊姫に仲津宮の比売巫女を継がせようとするのも異例でしたが、それ以上にこの降格人事は、通常あり得ない、屈辱的な人事です。そしてそれを甘受すると言うのも、また、奇妙な話でした。
その夜。
比売巫女控処の片づけをしていた高木姫のもとを母が一人で訪れたそうです。そしてぽつりと、「これでよいのじゃな、本当に」と言ったそうです。
高木姫は笑顔で「日之巫女さま、有り難うございます。ご面倒をおかけ致しました」と頭を下げました。
母は「それにしても驚いたぞ。そなたから比売巫女を降りる、と聞いた時には」と、軽くため息をついたそうです。
「今のままでは豊姫が独り立ちすることができません」と言って、高木姫は頭を振りました。
「そうじゃが、なにもそなたが比売巫女を辞めることはなかろうに。それに豊姫は、まだ幼い」と言って、母はまた、ため息をつきました。
確かに豊姫は同じ年頃の娘たちに較べて、幼く見えました。すでに胸も脹らみ始めたり、月のものが訪れる乙女もいましたが、豊姫にはそんな徴候もなかったそうです。
高木姫は比売巫女本来の仕事はもちろん、後進の巫女を育て上げる能力も優れていました。
それまでの、家柄のよい首長の娘たちを強引に連れてきて巫女教育を施すことを止め、希望者を募り、半年ほど教育して見込みのある者に月読みに始まり、天候の占いなど、巫女として必要なことを教えたのです。もちろん巫女本来の、神懸かりして託宣するために必要な修行も行わせました。
その甲斐あって、仲津宮は巫女教育の最高学府として、倭国の中でもずば抜けた地位を築きあげたのです。こうして後に宇佐八幡宮や宗像大社、厳島神社に巫女を輩出する基盤ができ上がっていったのです。
ある意味、豊姫は高木姫が巫女の英才教育を施し育て上げた、集大成のようなものです。
高木姫は再び顔をゆっくり左右に振りながら言いました。
「あの子は幼い頃に母に先立たれ、私が母親代わりに面倒を見てきました。そのせいか、私にばかりなついて、人見知りが激しいようです」
母は「息子にはなついているようだが」と言おうとして、押し止めたそうです。
「それに、占いは私よりも格段に優れていて、敵いませぬ。あれだけの才能がありながら、人見知りゆえでしょうか、自分の意見を皆に伝え、わかるように説いて聞かせることができませぬ。すぐ私に頼りまする」
母はなだめるように、「もう少し歳を重ねれば、それも易かろう」と言いましたが、我が母、日之巫女の視線を避けるように高木姫は続けました。
「私が比売巫女として留まる限り、これは続きましょう。なれば私が比売巫女を退き、豊姫を比売巫女と成した方が豊のためにも、仲津のためにも、そして邪馬台国のためにもなりましょう」
そう言って、寂しげに、小さく笑ったそうです。
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