09-05 ユン・ミァ   

 臨淄りんしから北に進み、ムロン・ジアの本拠地、広固こうこに迫る。その道すがら、騎兵どもを率いた、ユン・ミァの隊に出くわす。

 そう大した数を率いてるわけでもねェ、どころか、迎え撃とう、みてェな剣呑な気配すらねェ。

 寄奴きどァ迎撃に出ようとする奴らを抑え込み、ダン・フォンを呼びつけると、ただ二騎でユン・ミァの前に出る。

 ふ、とユン・ミァが笑うと、手前ェの槍をダン・フォンに投げつけ、手前ェ自身ァ馬を降り、寄奴に拝跪はいきした。

「将軍の器、こう示されてしまえば、かしづくより他ござらぬ。このユン・ミァ、我が命運を将軍にお預け申す」

 ざわ、とついてきた奴らが揺らいだ。

 あの様子だと、寄奴を迎え撃つって体で出てきたんだろう。ただ、そいつを見ながらも、将に対する憤りァほぼ、見受けられねェ。

 ――何かが、広固で起こってる。

 そう嗅ぎつけこそするが、うかつに言い出すわけにも行かねェ。ひとまずかたわらのダン・フォンに目配せする。ダン・フォンァうなずくと、寄奴の前に進み出た。

「ユン殿。貴公の忠烈、この愚将にも輝かしく伝わるところ。その貴公が、なぜ膝を汚されるのだ」

「故地に捧ぐべき、武を見失ったのです」

 ユン・ミァが振り返りゃ、左ァ連なる山々、右ァだだっ広えェ平地だ。

「我らムロンは、平原の民。果てなき大地を疾駆する、それこそが我らの我らたる証、でした。ならば、りゅう将軍。あなた様と対峙するのは、この平原であるべき。しかし、それは叶いませんでした」

 ユン・ミァが見つめる先にいるんなァ、おそらくは――ゴンズ・ウロ。

「広固は、我ら平原の民にはまるで想定のしようもなき城でした。しかし南北を山に、周囲を川に囲まれたその地勢は、あまりにも守るに容易かった。将軍の守りを抜けたのは、杜将軍がムロンの速さを知らなかったこと、に尽きましょう。存じておれば、ムロンが容易く抜けたとは思えませぬ」

「ま、落とされた理由にゃなんねえがな」

「確かに」

 ふ、とユン・ミァが笑う。っが、その顔つきァ、すぐに厳しさを取り戻す。

「堅き守りとは、呪いのようなものでありましょうか。ムロン・ジア様は、かの城を盾に、甲冑に見、城さえあれば、いかようにでもできる、と判断をなされました。それはある意味で、正しきことなのでしょう。しかし、平原を駆け巡るムロンが亀のように縮こまり、いかほど本来の力を発揮できましょう? それを危ぶまれたのが、ゴンズ・ウロ将軍でした」

 やっぱり、名前が出たか。

 寄奴ァ内心で、ため息をつく。

 ゴンズ・ウロが仕掛けてきた騎兵隊。確かに速く、重かった。

 っが、致命的なもんが足りてなかった。

 数だ。

「将軍は幾度となく、ムロン・ジア様へ、迎撃に出ることの重要性を説かれました。しかし広固城に入り、その堅牢さに感じ入ったムロン・ジア様の耳には届ききらなかった。結果、迎撃を申し出た将軍に配された兵力については、――実際に対峙なされた劉将軍であれば、敢えて贅言を費やすまでもございますまい」

 臨淄の手前で襲いかかってきたムロンどもの数が、ほんの少しばかり多かったら。下手すりゃ「孟龍符もうりゅうふだけで済んだ」とさえ言わなきゃいけなかったかも知れねェ。

「勝ち易きに、勝つ。それが兵家の常道です。ならばムロン・ジア様が取られた手立ても、あながち誤ってはおらぬのでしょう。しかし、その先にゴンズ・ウロ将軍ほどのお方を使い捨てるのは、どうにも承服し難きこと。故に、最後の義理を果たした上で、この首を献上に上がりました次第」

 甲冑を脱ぎ捨てると、ぐい、と首を突き出し、顔を伏せる。

 後ろにつく兵らも、主将の振る舞いに戸惑ったところもねェ。きっとどいつもが、ゴンズ・ウロに付き従ってきてたやつらだったんだろう。中にゃすすり泣いてる奴すら、いた。

 寄奴ァしばしそいつを見つめたあと、馬から降りた。

 ユン・ミァの側にまで歩み寄る。

「これは、将軍自ら我が首を落としてくださりますか。向こうでゴンズ将軍への土産話が出来よう、というものです」

「言ってろよ」

 寄奴ァ腰元に手をやり、剣――じゃねェ。馬鞭を手にし、ユン・ミァの首のやや下、肩骨あたりを、一発。したたかに、打ち据えた。

「!」

 なにせ、鞭だ。しかも振るうんが、寄奴。しかも手加減なんざしねェで振るうもんだから、あっさり服どころか、皮すらえぐれる。たまらずユン・ミァも、苦悶の声を上げた。

「ユン・ミァ! 手前にゃ五橋沢ごきょうたくで散々にいびられた恨みもある。加えて龍符だ! いくら殺したって飽きたらねえ!」

 言って、ムロンの兵らを見る。

「――だから、こいつで終えだ。差し出してきたってんなら、その首、己が預かる。言っとくが、こき使うからな?」

「ぎ、御意」

 寄奴ァ輜重隊から薬草だ、包帯だを持ってこさせ、すぐにユン・ミァの手当につかせた。引き連れてきた隊ァいちど馬からこそ降ろさせ、ひとところに囲い込んだが、そこで食いもんと酒を与える。

「手前らに言っておく!」

 一通り飲み食いが進んだとこで、寄奴ァ帰順兵らに向け、怒鳴りつける。

「ムロンを離れた以上、手前らの前にゃ、それこそ盃を交わしたやつが迫って来るかもしれねぇ! 殺すのに迷うな、たぁ言わねえ! そいつが人情ってもんだ! だったら、こう思え! 劉裕りゅうゆう、この己に命じられたから、やむなくってな! 今から手前らぁ己の剣だ! なら、手前らの咎ぁ、全て己にひっ被せろ!」

 そいつを聞くと、茶碗や酒盃を持ってた奴らが、一人、また一人とそいつを置き、片膝立ちして、右手を胸に置き、頭を垂れる。全員が同じ格好になんのに、さして時間ァ掛からなかった。

 寄奴ァ、へって笑うと、かたわらのダン・フォンに向け、言う。

「一通りの戦いが終わってからでいい。あいつらに拱手を教えてやれ」

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