09-06 広固      

 広固こうこに到着しようかって時、寄奴きどンとこに使者がやってきた。

 ムロン・ジアからだ。いわく、今後大峴たいげい以南には攻撃を仕掛けないと約束する、なので兵を引け。貴様もここでいたずらに兵力を損耗したくはないだろう。そんな内容だった。

「挑発だね。よっぽど防備に自信があるらしい」

 穆之ぼくしァ、忌々しそうにつぶやく。

「だな。じゃ、どうする?」

望楼車ぼうろうしゃにこいつを載せて攻めるふりをしよう。自信の程をとくとご披露頂こうじゃないか」

 穆之の目が据わってやがった。あの野郎、人のことさんざちょづき倒すくせに、手前ェがおちょられんのが、ほんに嫌ェなんだよな。

 穆之がやったんなァ、こうだ。

 望楼車たァ、ようは高けェとこから周りの様子を見て回れる車だ。車に取り付けられた二本の柱に、ひとひとり、ふたりが乗り込めるかごをぶら下げる。そいつァくくりつけられた縄を引っ張ることで、柱のてっぺんあたりにまでかごを持ち上げられる。

 そのかごン中に、ムロン・ジアからの使者を簀巻きにして放り込み、吊り上げる。そのまま広固城の手前まで前進、だ。

 車が城の手前にまで差し掛かったとこで、城壁の向こうからァ一斉に火矢が躍りかかる。またたく間にかごァ焼け落ち、中にいらっしゃった使者どのァ、お仲間の火にくべられて哀れ燃え上がり、絶叫とともに、落下。さすがに落っこちりゃ火も消えて、ようやくお相手さんァどいつに射掛けたかに気付いたみてェだった。

 そいつを見届けてから、寄奴ァ前に出る。傍らにゃ大盾を持った兵が、ふたり。

鮮卑せんぴども! せっかく丁重に使者殿を城に送り返したってえのに、その礼がこれか! よほど北地の奴らァ血に飢えてるみてえだな、ならお望み通りにしてやろう! 存分に、手前らの血を味わっとけ!」

 抑えが効かなかったか、何本かの矢が寄奴のとこに飛んでくる。大盾兵ァ難なくそいつを防ぎゃしたが、盾を叩くその音に、ぴく、と寄奴ァ眉根を寄せた。

 号令をかけ、城の周り、ムロン共からの攻撃が届かねェあたりに各隊を配置する。たァ言え南北を山が塞ぎ、その合間を縫うように川が流れ、天然の堀になってる。攻め手を構えられる場所ァ否応なく限られるし、加えて側面の見通しも悪りィ。いくらでも伏兵が置けそうじゃある。

 寄奴ァ本陣に引き返すと、地図とにらめっこしてた穆之んとこで、ため息を一つ。

「なるほど、籠もりもするな。きっちり守城の手立ても練っててきやがる。迂闊に攻めりゃ、すぐあの矢で狙い撃ちだ」

「そりゃ朗報だ、楽しくなりそうだね」

 言いながらも、穆之ァ次から次に伏兵の置けそうなとこへ印をつけ、速やかに確保するよう指示を飛ばしてた。そしたらもう、いくつかの所からムロンの守兵ありの知らせが届いてたりもする。穆之ァ「周到なことだ」って舌打ちすると、すぐさま隊の並びを変えてく。

「この様子だと、崔宏さいこうの野郎が絡んでるってのも、あながちフカシじゃなさそうだな」

「勘弁してよ、どんだけ兄貴のこと好きなんだ」

 寄奴ァしかめっ面になる。

「やめろ、そういう言い方」

 そいつァ、ユン・ミァから聞いたことだ。

 広固を落としてまもなく、ちょろちょろとトゥバあたりからの使いが来たっていう。そっから、元々固かった城の守りが、さらに固くなってった。

 それ以上に変わったんが、調練だ。ムロンァ山戦にゃ基本、慣れてねェ。だってェのに、ムロン・ジアのもとに新しくやって来たっていう将軍どもァ、実に手慣れた様子で山戦の支度と、調練を始めやがった。聞きゃ、ムロン・ジアァ「広固の地を活かせる将らを、崔宏殿より譲り受けた」って言ったそうだ。

「こりゃ、拙速で良かったのかもしれないね。あんなのに猶予持たせたら、どうなってたかわかったもんじゃない」

「そう笑い話にしてえとこだ」

 城攻めのためにゃ、伏兵向けの対策やら、いろんな手立てを見越した仕込みなんかが必要になる。寄奴ァとにかく山攻め、山狩りを優先した。とかくこの手の戦いじゃ、不意打ちが後になりゃなるほど、響く。そこの芽ァなんとしてでも摘まにゃなんねェ。

 合わせて、周りの郡県にも人を飛ばす。

 なんで閉じこもるか?

 そりゃ、外からの助けが来る当てがあるからだ。そいつァどっから来んのか。単にまわりの奴らでした、ならまだいい。問題ァ後継者問題でドタバタしてるはずのトゥバが来たり、もしくァ関中の鉄騎兵団、ヤオに出向いてこられた場合。

 どうにかして広固をこじ開けにゃなんねェわけだが、そこに外からどんな槍衾が降ってくるかでも、話ゃ違ってくる。なんで寄奴ァ広固の攻め手についちゃわりかし虞丘進ぐきゅうしんに任せ、手前ェは外の動きに気を張ってた。

 そこにひとつ、知らせが届く。

 聞きゃ、西からの使節団が到着したって言う。

 折しも穆之ァ別のことに捕まり、代わりを務められるやつもいねェ。なんで寄奴ァ手前ェと、それからダン・フォンを引っ掛け、使節団のもとに出向くことになった。


 しつらえられた天幕の中、使節団ァこぞって平伏のまんまでいた。寄奴ァ奥に置かれた椅子に腰掛けると、吐息を一つ。

「お前らたぁ、敵同士だ。が、直ちに殺すような真似をするつもりもねえ。変に畏まんな」

 ひっでェ言い草だよな。それで安心できるやつがどれだけいるってんだよ。

 ゆっくりとだが、使節団の奴らが顔を上げる。

 と、

張綱ちょうこう殿であられたか」

 ダン・フォンが声を上げる。

「そう仰るあなた様は、貴種でありながら島夷とういに尾を振られた、ダン・フォン殿ではございませぬか」

 島夷、シマザルたァ随分な言いようだ。

 北の奴らからすりゃ、江南こうなんの地ってな遠い海の向こうに浮かんでる島に見えるらしい。そっからキーキー喚く奴らってもんで、サル。

 まァ、こっちに喧嘩売ってくるようなやつが使う言葉なんは間違いねェ。

 やれやれ、寄奴ァ内心でため息をつく。ここに穆之がいたら、またぞろ使節団をえれェ勢いで追い詰めてこうとするだろう。助かったような、そうでもねェような。

 にしても、また面倒くさそうな奴だ。さっきまでの平伏もなんだったんだってくれェ、寄奴を前にして縮こまったとこも見せねェ。

「再会を喜んでるとこ悪りいがな、手短に要件を済ませてくれると助かる。そうすりゃ手前の首の扱いもとっとと決まるしな」

 こともなげにそう言や、張綱の後ろにつく奴らァあからさまに縮こまり上がりこそしたが、当の張鋼ァそのうっすらした笑顔をぴくりとも崩そうともしねェ。

 ちらとダン・フォンに目を向けりゃ、ため息交じりに首を振ってくる。

 なるほど、揺さぶりゃ通じねェってわけか。

「しからば、劉裕殿。口上をお許し願えますかな?」

「好きにしな」

「恐れ入りまする。しからば、秦主しんしゅヤオ・ホンより預かりましたる詔勅しょうちょくをお伝え申し上げましょう」

 そう言うと、張綱ァ大きく息を吸う。


「余は、ムロンとの間によしみを通じておる。そのムロンよりの急報を受け、直ちに鉄騎十万を編み、洛陽らくように配備した。そなたらがこのまま軍を引かぬのであれば、直ちに鉄騎を広固に遣わせよう」

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