09-04 孟龍符     

 国と国が、生き残りをかけて戦おうってんだ。そんな中、一騎討ちなんてもんにどんだけの意義がある? その間いくさァ止まり、しかも下手すりゃ将を失う。ちっとでも銭勘定ができりゃ、そんなんやるだけ丸損。寄奴きどだって、そこについちゃ重々わかってる。

 まして、臨淄りんし城のまえにゴンズ・ウロが、これみよがしに陣を連ねてきやがってる。奴に付き合や、臨淄の奴らが広固こうこに流れ込むだろう。それだけ広固を落とすのが手間になる。

平昌へいしょう安丘あんきゅう孟懐玉もうかいぎょく、あざなは龍符りゅうふ! りゅう将軍の刃として、将軍の前に立ちはだかる貴公を打ち崩してみせよう!」

 本当に怪我人なのか、みてェな大音声じゃあ、あった。もちろんいつもの孟龍符なら、もっとどでけェ声で怒鳴れちまうわけだが。

「おうとも、この遼東りょうとうのゴンズ・ウロ! 朽ち掛けたりとは言え、小童のひと撫でで崩せる壁と思うか!」

 両者ともに、駆け寄りゃしねェ。ゆっくりと馬を寄せ、その矛と錐との切っ先を合わせる。

 ゴンズ・ウロァ、笑顔でいた。

 なら、孟龍符も笑顔でいたんだろう。

 切っ先が弾かれると、先に仕掛けてきたんなァ、ゴンズ・ウロ。肩口に袈裟懸けさがけの一撃だ。孟龍符ァそいつを難なく打ち払う。

 仕掛けるほう、防ぐほう。どっちにしろ、一振りのごとにとんでもねェ痛みに苛まれてるはずだ。実際、攻め手よか手前ェの動きで噴き出す血のほうが、よっぽどお互いの身を苛んでやがる。

 その勝敗ァ、もはや技量が云々、なんかじゃねェ。ただ偶然、孟龍符の錐が先に刺さった。そんだけの事だ。

 ごぼり、ゴンズ・ウロの口から、大量の血があふれる。その口が何ごとかをつぶやくと、そのまま孟龍符にしなだれかかった。そいつァまるで、好敵手の成長を称えるかのような。

 あたりが、叫びに揺れる。

 しんの奴らァ一騎打ちの勝利を、ムロンの奴らァ大将の喪失を。かたずを呑んでふたりの殺し合いを見守ってきた奴らだ、当人同士の思惑なんざ関係なしに、いまにも互いにぶち当たろうか、って熱を帯び始めた。

 ――が。

 湧き上がるムロンの奴らン中から、一騎が出てくる。

 周りの狂乱たァ、まるで無縁。そんな装いだ。

 ユン・ミァ。

 奴が集団とゴンズ・ウロとの間、半ばまで進んだとこで、立ち止まり、槍を掲げる。

 あんまりにも堂々としたその振る舞いにゃ、ムロンだけじゃねェ。晋の奴らまでもが、黙り込まざるを得なかった。

 そいつを見て取り、進むユン・ミァ。

 出迎える孟龍符ァ、片側にゴンズ・ウロの骸をいだき、もう片側に、まだ取り落とさずに済んでた得物の錐を握り直し、

 ――ユン・ミァに、喉笛を貫かれた。

「!」

 寄奴ァ動きかけるが、いかんせん遠すぎる。

 孟龍符の手から、遂に錐がこぼれ落ちた。

 何千、何万とがひしめく場のはずだってェのに、がらり、って音ァ寄奴ンとこにまで届いた――気が、した。

「勇猛なる、大燕の壮士よ! ここに示されたるゴンズ大将の烈武は、確かに僭晋せんしん奸計かんけいさまたげた! 臨淄に集う壮士らは広固への道程どうていき、燕室を扶翼ふよくせんがための大計を新たとしたのだ! けいらの忠武、確かに竹帛ちくはくに記されよう! はげまれよ、この地が我等の鴻門こうもんぞ!」

 高らかにユン・ミァが宣言すると、ムロンの奴らァ、盛大に叫び始めた。

 鴻門。

 かん高帝こうてい劉邦りゅうほう項羽こううに対して偽りの降伏を詠った場所だ。ここで負けを言い出しゃ、つまるとこ、その後に勝つ、って放言してるに等しい。

 なるほど、どんなやつを敵に回してんのか、よくよく把握してらっしゃるらしい。

 ――と。

 いやが上にもいきり立つ両陣営の間に、更に一騎が進み出た。

 虞丘進ぐきゅうしんだ。

 そいつァ悠然、とすら言っていい。激するところなんぞまるで見せず、緩やかに、ユン・ミァへと近付く。

 で、いきなりの抜刀だ。

 ユン・ミァに防がれこそしたが、そっから両名ァ、武器を交わしあった姿勢のまま、固まる。

 後で聞いたとこにゃ、こんなセリフを交わしたらしい――華々しく戦い、散った両将の亡骸なきがらを辱めるのは耐えきれぬ、ここは双方ともに、偉大なる将をそれぞれに戻すべきと思うに、如何いかん

 斬りかかってから言うセリフじゃねェだろうにな。

 ただ、そいつをユン・ミァも承諾した。互いに得物を弾きあうと、それぞれで主を失った馬の手綱を取り、陣内に戻る。

 虞丘進と、ユン・ミァ。そのどっちもが陣に戻ったのを見計らい、寄奴ァ攻撃の号令をかけた。

 ユン・ミァの言葉にそこそこ息を吹き返したたァ言え、相手方が喪ったんなァ総大将、対してこっちゃいち部将だ。いくぶんの戦っぽさも、あっちゅう間に各所からほつれが出る。敵軍がてんでんばらばらに逃げ始めんのに、さして時間ァかからねェ。

 寄奴ァ追撃もそこそこにして、守り手を失った臨淄城入りした。

 戦いァ、まだまだ続く。っが、城ひとつ落として、足掛かりを得られたことにゃ報いがあってしかるべきだろう。

 たァ言え、敵地ど真ん中。どんな変事があるとも限らねェ。なんで寄奴ァ軍を四つに分け、守る隊ふたつ、休む隊ひとつ、騒げる隊ひとつに、ひとときの間だけ、兵どもが浮かれ上がることを許した。


 臨淄城に残されてた奴らについちゃ、殺させも、奪わさせもしねェようにする。引き連れてきた杜恬に臨淄城の運営を任せ、寄奴ァもろもろごとの合間を見て、ちょくちょく宴に顔を出す。

 兵どもと一緒に笑い、騒ぎ。また部屋に戻りゃ、どっと疲れが押し寄せてくる。

 将兵の死ァ、兵家の常。なら、そんなもんだって飲み込むべきだ。

 っが、ここで孟龍符を失っちまったんなァ、痛ェ。

 ごとり、寄奴の前に、徳利とっくりが置かれる。

「気に病むな、なんて言う気はないけどね。ただ、それでも進まなきゃいけないんだ」

 穆之ぼくしァひょいと盃を持つと、そこになみなみと酒を注いだ。こんな時に、寄奴ァ怒鳴りかけたが、そいつもすぐさま、萎む。

 ふんだくるように盃を奪うと、一気に飲み干した。しばらくの酒断ちもあり、あっちゅう間に頭に靄がかかってくのを感じる。

「なぁ、穆之。どうすりゃ、あいつを殺さずに済んだ?」

「その代わりにあるのは、きっとゴンズ・ウロの健在だ。それが、どれだけの損害を出すと思う?」

「わかってるさ。聞いただけだ」

 これまでも、多くの奴らを見殺しにしてきた。今更そいつを悔いてみても仕方ねェ。寄奴がここまで来んのに必要だった。そんな言い方をすりゃいいのかもしんねェ。

 っが、違う。

 そいつァ、これまでたァちがうクチの、なにか。

 穆之も、それ以上何も言わねェ。ただ黙って、寝床を指す。

 考えなきゃいけねェこた、山ほどある。っが、余計なもんがまじりすぎりゃ、その全てに対して、ろくでもねェ答えをひりだしがちだ。

 だから、寄奴ァ寝ることにした。

 なんの夢も見ることなく、翌朝以降にまた、動けるように。

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