05-16 陽動      

 まだ血の匂いが濃厚に残る、海塩かいえん城の中庭。死体ァ一通り城の外に出され、あとにゃあふん縛られた五斗米道ごとべいどうが、五十人ばかし。その周りに寄奴きどの兵どもが立つ。

「お前、広陵こうりょうで見たな」

 五斗米道どものいっちゃん前、大将に向けて、寄奴ァ言う。

 そこにいたんなァ、姚盛ようせい。五斗米道の前の親玉、孫泰そんたいのやりてェ放題を広陵府に訴えてきた、教団の幹部だ。

「きさま、項裕こうゆう――いやさ、劉裕りゅうゆうか! なるほど、貴様には何度煮え湯を飲まされねばならんのかな!」

 呵々カカと姚盛ァ笑う。

 改めて見ると、他の奴らたァ違い、ボロこそ身にまとってみても、そこはかとなしに気品がある。

「あんた、もしかして将軍だったのか?」

しんが抱える胡族部隊の、な。最前線には立たされる、そのくせろくな恩賞ももらえん。それに比べて、五斗米道は良い! 題目さえ唱えておれば、多量の食い扶持とともに歓迎してくれたからな。劉裕よ、貴様もどうだ?」

「抜かしてろ」

 大負けしたってえのに、ずいぶんとスッキリしたツラでいやがる。そいつが妙に、寄奴の癇に触る。

「こっから先、お前に待ってんなあ、どう頑張っても死だ。なら、話せ。知ってっこと、洗いざらいだ。そしたら、せめて己が楽に殺してやる」

「それは手間が省けて良いな! だが断る! とは言え、せっかくの旧知との再会だ! 一つだけは先に教えてやろう! 我らが長く暴れれば暴れただけ、この国にもたらされる被害は拡大する! 突き詰めて言えば、我らが目的なぞ、これ一つよ!」

 言って、また姚盛ァ笑った。

 たァ言え、実際に余裕綽々でいられたんなァ、姚盛くれェのモンだったが。

 後ろにふん縛られてる五斗米道どもァ、こうべを垂れ、がっくりと肩ァ落としてやがる。

 殺せるからこそ殺されることに怯えねェ、って辺りか。ただ何にもせず、殺されるだけの身の上になっちまや、いやでも先のことを考えちまう。

「言っておくがな、奴らを締め上げてみたところで、何も出てはこんぞ。奴らにあるのは、憎むこと、殺すことだけよ。劉裕、貴様はそんな奴らに残されたよすが、殺すこと、を奪ったのだ。なんともまあ、酷な男よな?」

孫恩そんおんほどじゃねえよ」

 吐き捨てるみてェに、寄奴ァ言う。

 言いながらも寄奴ァ、どうにもピンたァ来ねェでいた。

 戦ってみりゃわかる、いくら奴らが死を恐れねェったって、こっちがその気になりゃ、狩り尽くせねェほどのこともねェ。

 そもそも、孫恩だってわかっちゃいるはずだ。多少の搦手があったとこで、晋軍ァそうやすやすたァぶっ倒れねェ。

 ならなんで、こんなアホみてェな戦いを仕掛けてきた?

 他にも、ひっかかることがある。

 姚盛ァ、きっといい将なんだろう。なら手前ェの死についても、さほど惜しんだりもしねェんだろう。

 だが、手前ェのやるべき事も果たせねェで、こうもあっけらかんとしちゃいられるか?

 逆に考えてみる必要がある。

 例えば、姚盛のやるべきことが、もう終わってたとしたら? 会稽かいけいに陣取った謝琰しゃあん将軍をぶち殺し、劉牢之りゅうろうし将軍を会稽にまで引っ張り出すんが目当てだったとしたら。

 そうやって考えた時、寄奴ン中でふと引っ掛かってくるモンがあった。そいつァ一回目の会稽、劉牢之将軍の天幕に呼び出されて聞かされた、孫恩からの手紙――将軍の勇武は頽落たいらく粗門そもんに押し込むべき器ではあるまい。我らとともに長江を得、ひいては中原に蟠踞ばんきょせる胡賊を打ち払わんとすべし。

 どこまで勝ち目があんのかも怪しい、っが、それでも挑んできた、五斗米道ども。

 なら奴らが、本当ァ勝ち目のある所を狙って攻めてきてたとしたら?

 考え込む寄奴に、姚盛がにやりと笑うのと。

 ――孫恩軍、京口けいこう広陵こうりょうを強襲、の急報が入ってくんなァ、ほぼ、同時だった。



 この辺で、話ゃァ我らが西府せいふに移ってくんだ。

 寄奴んトコにその報せが届くのと、武昌ぶしょうで「建康けんこう救援のため、西府軍を挙げて五斗米道殲滅のための軍を立ち上げ、長江ちょうこうを下る」って号令がかかったんなァ、ほぼ同時。いや、若干武昌のほうが遅かったか。

 おかしいよな?

 命令の出所ァ、南郡。武昌よか、さらに長江を遡ったところ。まず、そこにまで情報が行き届かなきゃ、桓玄かんげんが動けたはずもねェ。だのにこん時にゃ、既に桓玄ァ本体を率いて川を下り始めてた、って言うじゃねェか。

 なら、考えられんなァ、一つ。

 桓玄と、五斗米道が示し合わせてた、ってこと。

 ついでに言や、その後ろにゃ嫌でも崔宏さいこうの影も感じざるを得ねェ。


 己づてで、てんやわんやと桓謙が指示出しすんのを見て、寄奴ァ猛烈に考え込んでた。

 どこに向かうべきだ? いくら建康が狙いだっつっても、下手に京口広陵を残しときゃ、やつらが攻め上った時に、ケツから喰い叩かれるんなァ分かり切った話のはずだ。なら、間違いなく、占領、くれェのこたァする。

 だから寄奴ァ、すぐさま隊を編成し直した。

 急ぎ京口に戻る隊と、海塩を引き続き守らせる隊と。

 併せて劉牢之将軍にゃあ、使者を飛ばす――京口に急行する、ってな。

「長く暴れれば暴れただけ、かよ! よく言ってくれたもんだな!」

 徒歩のやつらに合わせ、最速で北上する。

 家族の顔が、近所のやつらの顔がちらつく。

 無事でいてくれ、そう、願うっかねェ。

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