05-15 殲滅劇     

 怒りと悲しみとで、鮑陋ほうろうのツラァぐしゃぐしゃだ。かわいいガキが敵に殺されたんだ、そうなっちまうんなァ、分かる。矛先を寄奴きどに向けるしかねェのも。

 が、それで本当に、ヤツの手下どもから剣を突きつけられる。こいつァいただけねェ。

「貴様なんぞのせいで、嗣之ししは死んだのだぞ! その粗末な命では、まだ贖い足りんわ!」

 寄奴ァ早々に説得を諦めた。話すだけ無駄だ。だから、特に言い返しゃしねェ。そんかし、気配を探る。

 猛り狂う鮑陋に比べて、兵どもの殺気ァどうしても、弱えェ。そのはずだ、昼間のいきさつァ、もう生き残った鮑嗣之の手下どもから、すっかり城内に伝わってる。

 寄奴ァ、むしろ鮑嗣之隊の死人が最低限になるように振る舞ってる。それで鮑陋のやつに殺されるいわれァねェ。

 虞丘進ぐきゅうしん諸葛長民しょかつちょうみんとで、こっそり周りを囲いつつある。ついでに言や、鮑陋から数歩のとこまで、孫季高そんきこうが近付いてた。

「己を殺してどうなる? 言っとくが、戦時中だ。どっちの良し悪しにかかわらず、あんたも殺されて、終えだ」

「子の敵を、親が取る! それだけのことよ!」

 鮑陋ァ腕を振り上げ、寄奴を殺す合図を下そうとする――が、先んじて、孫季高が動いた。

 振り上がった体勢のまま鮑陋を羽交い締めにし、喉元にゃ短刀。

 あわせて虞丘進たちも動く。あっちゅう間に、鮑陋とその手下どもを抑え込んじまった。

「殺すってんなら、とっとと殺しゃいいだろうが。余計なことさえずってねえでよ」

 寄奴ァ、唸るように、言う。

「親が子を思う、か。悪かねえさ。が、なら手前にタマ預けてる奴らも子みてえなもんじゃねえのか?」

 孫季高に刃ァ突きつけられりゃ、鮑陋に何かが話せるはずもねェ。そんかし、寄奴に憎々しげな目つきを叩きつけてきやがる。

「まぁいいさ。ゆっくり話してる場合でもねえ、五斗米道ごとべいどうどもをどうにかするまで、あんたにゃ部屋に留まっててもらう。その後なら好きにすりゃいい」

 鮑陋ンとこに何人かの兵をつけ、城主の部屋に連れていく。鮑陋が鮑嗣之の死体を求めてきたから、そこァ叶えてやる。

 主をいきなり軟禁され、途方に暮れる海塩かいえん兵ども。寄奴ァそいつらに向け、言った。

「鮑陋にとって代わろう、たあ思っちゃねえ。が、今のあいつがまともに判断できるとも思えねえ。今この時だけでいい、力を貸してくれ」

 わざわざ頭を下げるほどのことでもねェ。何せ鮑陋ぁ人前で、おもいっきし寄奴に剣を突き付けた。逆に殺されたって、文句は言えねェ身の上だ。っが、それでも寄奴ァ筋を通すことにした。

 海塩兵たちが一人、また一人と寄奴に拱手する。そいつを見届け、手前ェからも拱手を返したのち、寄奴ァさっそく明日に向けての指示をとばす。

「二度の伏兵だ。あいつらにしても、こっちがハッタリ仕掛けたのに気付いてんだろう。なら、そこを逆手に取る」

 城壁の上にゃ、特にケガがひでェ奴らを置く。そんかし外から見えねェように、合わせて元気なやつも伏せさした。空いたとこにゃ、これでもか、って数の矢を積んでおく。

 明日の朝いちに城外に出るやつを選び出す。怪我こそ大したこたねェが、ぱっと見に疲れ切ってるようなやつらだ。そいつらに、必要以上に包帯を巻かせる。ついでに、わざとらしくなりすぎねェ程度の、泥。ケガして一晩も経ちゃ、泥も血も大して変わりゃしねェ。それっぽく汚しときゃ、そいつで十分だ。

「つーかよ、劉裕お前、ひと遣い荒くねえか?」

 ところどころに包帯姿の諸葛長民。やつについちゃ、マジモンの怪我だ。っが、まるで身動きが取れねェ。だから、駆り出してる。

「頼むぜ長民、褒賞についちゃ、ちゃんと丘進に色つけさせっからよ」

 寄奴が率いてるようなやつらだ。目の前の敵をぶっちめんのが苦手なやつァいねェ。ただ、こと搦手になってくりゃ話ァ変わってくる。諸葛長民以外でいや虞丘進辺りになるが、奴にゃ全体を見てもらわにゃなんねェ。

 寄奴を先頭に、百人かそこらの迎撃隊。そのケツを、諸葛長民に持たせる。明日押し寄せてくるだろう五斗米道どもに、いかにうまく負けて、海塩城内に引き込めるか。そんな芸当、どう考えたって諸葛長民よか上手くやれる奴ァいねェだろう。

「ちゃんとお前から言ってくれよ、あいつ俺から言っても流しやがるし」

「わーってるよ」

 あっさりおっ死んじまってもおかしかねェお仕事だってのに、あっけらかんと引き受けてくれやがる。諸葛長民の野郎、面倒くせェし鬱陶しいが、働きァ確かだ。

 ふらふらと手ェ振って、諸葛長民ァあてがわれた兵どもんトコに行く。なにやらヘラヘラ話すと、兵どもがどっと湧く。ちらちら寄奴のほう見ながらなんがやや気に食わねェが、まァ見過ごすッかねェ。

 そっから寄奴ァ、城内を歩いて巡る。仕込みを進める虞丘進らの仕事にああのこうの言うつもりゃねェ。ただ、見て回る。そんだけだ。で、ほうぼうの奴らに声掛けてく。

 穆之ぼくしから聞いたことだ。とにかく顔を見せろ、話を聞け。そいつをするかしねェかで、だいぶんいざってときの動きが違う。

 確かに寄奴自身、こうして聞いて回っといたほうが動かしやすい気もした。

 やれ怪我の調子はどうだ、熱はねえか。なんか食いたいもんあるか、そうか酒なら己も飲みてェ。そんなノリだ。

 特に傅弘之ふこうしンとこにゃあ、長くいてやる。仕方ねェことじゃあったが、昼間のアイツらァ固かった。そりゃそうだ、あいつらにゃ王道隆おうどうりゅうのやり方が骨身にまで染み付いてる。いきなり寄奴のやり方に合わせられるわきゃあねェ。

 だから寄奴ァ、わざと傅弘之巻き込んでバカ騒ぎした。しまいにゃ虞丘進からそろそろ寝ろ、って怒鳴られるくれェに。

 ほんにうるっせえんだよ、あいつ。寄奴が漏らすと、ようやく傅弘之ァ、少し笑った。


 翌朝、寄奴ァ馬にゃ乗らねェで、百人ばかしの先頭に立つ。孫季高からの知らせじゃ、五斗米道ども、もう昨日に伏兵を置いといたとこは抜けたって言う。奴さんら、駆け引きってやつをよくご存じらしい。

「先に言っとくぞ、お前ら! あいつら、昨日よか強えからな! 気をつけろよ!」

「ふざけんな、気をつけりゃ死なねえで済むんかよ!」

「分かんねえぞ、とりあえず気をつけてみろ!」

 寄奴と諸葛長民とのやり取りに、何人かが忍び笑いを漏らす。

 こっちが弱みを見せりゃ、いやでも向こうも勢いづいてくんだろう。そいつを上手く、誘ってると見せかけねェようにして引き込まにゃなんねェ。

 控えめに言っても、今回の戦いン中で、いっちゃんヤベェ役回り。穆之あたりが聞いたら「何やってんだよ莫迦兄貴!」って怒鳴り倒されてもおかしかねェ。

 だからこそ、寄奴ァ最前に立つ。手前ェの背中を、手下共に見せるために。

 やがて、林の奥から五斗米道共が見えてくる。罠は一切疑っちゃねェらしい、ものすげえェ勢いで駆けてくる。

「いいか、ここがうまく行きゃ、お前らまるまる大殊勲だ! 気張れよ!」

 応、って怒鳴り声が上がる。

 五斗米道どもの先頭、二列目が、槍を構えてきた。まんまと昨日の作戦がパクられたらしい。

 っが、そいつこそ寄奴にとっちゃ願ったり叶ったり。

「行くぞ、手前ら!」

 真っ先に寄奴が飛び出す。

 剣と違い、槍ァどうしても走ってくる以上の速さにゃなれねぇ。ましてや奴らァ隊列組んでやがるわけで、どうしても一つ一つの速さにゃ限界がある。

 なら寄奴がそいつを避けるんなァ訳ねェ。あっさりと潜り込むと、その長剣をひと振り。

 ただそれだけで、五斗米道の槍持ちどもァ派手に吹っ飛んだ。

 たァ言え、寄奴がやるんなァそこまでだ。

 いちど押し返そうとして、けどその後に押し返されにゃなんねェ。

 寄奴のぶち開けた穴に兵どもをとっこます。そっから徐々に、下がる。

 うまく、こっちの勢いがはじめだけだった、って見せかけにゃなんねェ。

 だんだんと諸葛長民を前に出させ、寄奴ァ後ろのほうに。

 残念ながら、演技するまでもねェみてェだった。五斗米道共の勢いァ、見立て通りに、高けェ。聞こえてくる「賀也! 賀也!」の大合唱。ぶっ倒れたやつもまともに避けず、ときにゃァ踏み潰しさえして迫ってくる。

 さて、どこで仕掛けるか。

 奴らの勢いだ、こっちが崩れりゃ、一気に押しつぶしてこようたァするだろう。っが、昨日の指揮とってた奴ァ、明らかにひとり冷めきってやがった。こっちがなんか仕掛けようとすんのがバレたら、すぐに兵を引っ込めて来かねねェ。

 洒落ンなんねェあたりで、いつ踏み切れるか――まァ、この辺のバクチにいっとう強えェんが寄奴なんだがよ。

 寄奴が見たモンァ分かる。

 そいつを見て、今だ、って思った瞬間がどこなのか、も分かる。

 っが、己が実際にそこにいたとして、じゃあ寄奴みてェに怒鳴れたかっていや、断言できる。ありえねェ。

「――引け! お前ら、引けえっ!」

 見事に崩れる寄奴の手下ども、そいつを食い尽くそうと前のめりになる五斗米道ども。

 海塩城の城壁からァ、ぼろぼろになった奴らのヒョロ矢が飛ぶ。

 そいつを罠だって思う奴ァ、五斗米道どもン中にゃいなかったらしい。

 実際、あの逃げ方を演技だって思うほうが難しかったろう。大崩れになりそうなとこを、諸葛長民の声出しでなんとか食い止めてる、ギリギリの感じだ。そりゃあ城壁からのヘロヘロ矢でも、ひとりやふたりゃあ倒れる。っが、奴らの勢いァ止まりゃしねェ。

 開けっ放しの城門、その前で守りを固めてた奴らァ逃げ散らばるに任す。そうして五斗米道どもを引き連れ、中庭に。

 他の奴らァ、まだ物陰に潜ましてる。寄奴ァまっすぐ、中庭奥にしつらえられてる高台にまで駆け、登る。それから振り返った。

 徒歩の奴らん中に、馬乗りが二人、三人。で、四人目が入ったとこで、明らかに五斗米道どもの動きにメリハリがついてくる。

「今だ! 撃て!」

 寄奴の声とともに、ずっと潜ましてた城壁上の兵どもが立ち上がる。

 城壁の上にゃ、いくらでも矢が置いてある。まして五斗米道どもァ勢いの任せるまま突っ込んできてくれた。どこに飛ばしても、当たんねェ矢なんぞねェくれェだ。

 奴らの閧の声が、またたく間に悲鳴、怒号に変わった。

「龍符、弘之! 食い破れ!」

 板の向こう、扉の向こうに潜んでた二人が、それぞれで兵を引き連れ、飛び出す。城壁の上の虞丘進ァ、的確に五斗米道を押し込む二人の隊を避けて矢を射かけさせる。

 城壁ァ、開いたまんまだ。そこになんとか逃げ延びようとする五斗米道どもが押しかける。そいつァそのまんまにしておく、そうすりゃ我先にと門を潜ろうとするやつども同士で、勝手に自滅し合う。

 で、外に出りゃ、さっき散った檀道済率いる隊だ。

 兵という兵は狩り尽くし、馬乗りについちゃふん縛り。

 ケリァ、昼前にゃついてた。

 こっちの死人は、十四、五人。

 あっちのァ……数えんのも面倒臭ェくれェだ。

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