04-04 劉毅
「よーし
つっても、バレちまったモンは仕方ねェ。はじめ話してたとおりの形で広がる。真っ先に
「おい大将! ビビんねえぞこいつら!」
「わあってんだよ! そんなん期待すんな!」
左手、後ろの方で
また、二、三人を斬り倒す。
五斗米道ども、ひとときァ寄奴がぶっちめた肉くれ見て出足が鈍る。
が、
「――賀也、汝当登仙堂!」
またそれかよ、寄奴が舌打ちした。
きっと、お前も仙堂に行けたことだろうよ。
奴らは、そう声を掛け合う。孫恩のために戦い、死にゃあどことも知れねェ仙堂とやらで幸せに暮らせる。
初めて意味を聞いたとき、寄奴ァ、ふざけんなよ、って切れた。何が仙堂だ、じゃあ道端ではらわたぶちまけてすっ転がってるお前ェらは何なんだ。
たァ言え、戦場に立ちゃ、やるこた一つだ。殺して、殺す。
「
「
「助かる!」
まァ、何だかんだで殺せねェんだよな。長民はよ。アイツの目端はいっぱし、以上のモンだ。アイツのいわくじゃ、殺意の流れが見える、って言う。どいつを殺しゃ、奴らの動きが鈍んのか。
デケえ気配が右手側、寄奴と、檀道済の間に割って入ってきた。
覚えがある気配だ。淮北で、寄奴と己が殴り合ったときに、あの寄奴を止めやがったデカブツ。
「
「獲ります」
長民が、殺意の流れから辺り一帯を纏め上げる敵の頭目を探し出す。そこに、蒯恩が飛ぶ。
デケえ図体にゃ似合わねェ、静かで、鋭でェ動き。
蒯恩の奴ァ、雑魚どもの合間を上手く潜り抜けて、密かに合図を出していやがった頭目を、見事に長棒で射抜きやがった。
五斗米道どもの動きが、初めて大きく鈍った。
寄奴が叫ぶ。
「恩を引っ張り戻せ! そんな長えこと崩れてちゃくんねえぞ!」
寄奴自身ァ、手前の持ち場から離れらんねェ。
隊の中で突き抜けた武を持つ三人、つまりは寄奴、孟龍符、それと檀道済。こいつを最前に出して、守りの要にする。寄奴が敷いたんなァ、言ってみりゃ隊のおおもとを前面に晒して初めて保つ、ほんとうにギリギリの守りの陣だ。
変に寄奴が動きゃ、そこが穴になって、切れ目なく押し寄せてくる五斗米道の奴らに食い破られる。で、いったん組んだ円陣に入り込まれりゃ、後は内外からすり潰されるだけ――
寄奴も、そいつを分かった上で引き受けた。当たり前ェだ、のんびり戦ってのし上がれるはずもねェ。手前ェを種銭にしてバカ勝ちするしか、寄奴にのし上がる手立てなんぞねェんだ。
間もなく、乱戦の中から何人かが蒯恩を連れ、戻ってきた。五人で行かせて、戻ったのァ、蒯恩を含めて三人。その蒯恩も、右目に大きな怪我を負っちまってる。
隊全体を考えりゃ、かなりの痛手だ。が、相手の隊長をやった大殊勲を見殺しにすりゃ、他のやつらの士気に関わる。
「よくやった、恩! 中で少し休め」
五斗米道どもをまたも斬り伏せながら、寄奴が言う。
「ありがたいお言葉、しかし、すぐに戻ります」
顔中を血に染めながら、それでも蒯恩の奴ァにやりと笑いやがった。
大手柄の快感、ってヤツだ。アレは痛みも、疲れも忘れさせてくれる。つっても、いつまでも保つもんじゃねェし、だいいち戦が終わっていきなりぽっくりいっちまう奴だって珍しかねェ。さて、蒯恩はどっちに転ぶんだか。
「なら、丘進に縛ってもらえ。いくらなんでも見えなきゃやれねえだろ」
死にたがりなら、それでいい。どうせ死にたくなくても死ぬような戦いだ。なら、思い残すことがねェように、背中を押してやる。
五斗米道どもの立ち直りァ早かった。
しかも、一人を殺されてすぐに学びやがったらしい。長民からも、ぱっとァ隊長格を見っけらんねェよう、また見っけたとしてもおいそれと手を出せねェよう、奥に沈め込んできやがった。
「よっぽど官軍のが雑魚じゃねえか」
思わず、寄奴がこぼす。
晋軍の強さは、ほぼ部隊長の質で決まる。つーか、将軍って冠を、戦争のことなんも分かってねェ奴が被りすぎてやがる。まれに謝玄将軍だ、劉牢之将軍だって言う戦いをよっくご存知な方も出てくるが、だいたいァお貴族さまのぼんぼんが、ソンシだーだのゴシだーだのとわめき立て、そいつをなんだかキラキラした言葉で包んで部隊長に押し付けてきやがんだ。
だから全然命令が伝わんねェ。仮に伝わったって、ほとんどがこっちを犬死させるような代物ばっかだ。
だのでだいたいのやつらァ、現場で手前ェの勘に頼って動くっかねェ。そんなことしてりゃろくすっぽ戦果は挙がんねェし、挙がっても実際の働きを示す手立てがねェから、だいたいが将軍さまがたの手柄として吸い上げられちまう。
その代表みてェな
そんな将軍の理想とか、やりてェことを、よりによって五斗米道が実現してくれてるわけだ。寄奴にしてみりゃ口惜しくって仕方ねェ。
集団としての動きがよく考えられたやつらだ。一匹一匹が大したことなくっても、じわじわとこっちを削ってくる。寄奴も無傷って訳にゃいらんねェし、敵の手に掛かって倒れる奴も増えてくる。じりじりと、寄奴と孟龍符、檀道済の距離が近付いてくる。
「大将! 劉将軍まだなのかよ!」
「うるせえ! 殺してろ!」
孟龍符の声そのものにゃ、まだ余裕はある。が、苛立ちは隠し切れてねェ。
苛ついてんのァ、寄奴も一緒だ。こんなどいつもこいつものタマを差し出すような作戦に頼んなきゃいけねェくれェ、寄奴の軍権はクソだ。手下どもの命を惜しむ気はねェ、が、どうせ売るなら、手前ェにつけられる一等の高値をつけてやりてェ。なのに、まるでそいつが叶わねェ。
「――劉裕! 来たぞ!」
虞丘進が叫んぶ。
ようやく、援軍が来た。
歩騎混交の部隊が塊になって突っ込んで来りゃ、五斗米道がどんだけ衆の戦いに長けようが、いや、なまじっか何人かで戦うやり口に馴染んじまってるからこそ、きっちり統制された軍人どもの前にゃ、ただただ踏み潰されるっかねェ。
きっちり訓練された農民にぶち当たる、きっちり訓練されたおさむれぇ。一を百倍すんのと、五を百倍すんのとじゃどっちが強えェか、って話だ。
寄奴があんだけかまされた奴らを、あっちゅう間にさむれぇどもが狩っていく。
「貴様が
寄奴の近くで、馬蹄が地面を踏み締めた。
見上げりゃ、そこにゃきらびやかな甲冑をまとったおさむれぇ。
劉牢之将軍の嫡子、
「だったら何だ、たあ言いてえが、ともあれ助かったぜ」
劉毅、じゃなくて、周りの奴らが色めき立つ。が、劉毅ァそいつらにゃ全く取り合おうたァしねェ。
「物言う口は付いているようだな。ならば、口を動かすための頭はどうだ?」
馬から降りようともせず、劉毅が言う。うっかり己ァそいつに切れそうになったが、寄奴の奴ァ盛大にムカッ腹立てながらも、己を引き止めた。
「頭じゃねえだろ。足だ」
返答に、劉毅がにやり、と笑う。
晋の正規軍、つーよか劉毅の軍が、五斗米道どもを問答無用でぶちかます。
寄奴の茶々入れで足止めを喰らってる内に、いよいよぶっ込まれてきやがった、ヤベェ晋軍。
さしもの五斗米道も、形勢不利と見て取るや、逃げの一手を示してきやがった。
となりゃ、こっからァ追撃戦だ。
「この殊勲、俺が貰うぞ」
劉毅が、寄奴に嘯く。
やってみやがれ、満身創痍のはずの寄奴も、たちまち息を吹き返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます