04-05 孔靖      

 五斗米道ごとべいどうどもが逃げだそうとする。

 示し合わせなんぞ、ありゃしねェ。劉毅りゅうき率いる突騎に、歩兵どもが続く。

丘進きゅうしん! ここは任せた!」

 そんだけを怒鳴ると、寄奴きどァ活きのいい奴を見繕って、歩兵どもに続く。

 こっちをしっちゃかめっちゃかにしてくれた奴らに、劉毅が仕返ししてくれます。ありがとう! ――なんてこたァ、寄奴が言えるはずもねェ。殺された奴ん中にゃ、これは、って寄奴が見出してた奴もいた。どいつもこいつもが蒯恩かいおんみてェに上手く生き延びられるはずもねェ。そいつを殺された分、十匹百匹は五斗米道を殺してやんなきゃ収まんねェでいた。

つまづくなよ、劉裕りゅうゆう!」

 そんな寄奴のこと、丘進もよくわかってる。だから返しもそんだけだ。そっから丘進ァ、すぐにくたばった奴、怪我がひでェ奴のとりまとめに入る。

 劉毅を追うと、道みちに背中から討たれた五斗米道どもが転がる。どいつの装備にもろくすっぽ剥がれた跡がねェ。

 寄奴の知ってる北府兵ァ、その多くがろくろく野盗と変わんねェような奴らだった。むしろ装備がマシな分、野盗よかよっぽどタチが悪りィ。死んだ兵から金目のモンをかっぱぐなんざ、どこでも見た景色だ。

 だが、劉毅の軍にゃそいつがねェ。

 寄奴ァ思う。

 劉毅ァ、やる。

 なら、ぐずぐずしてたらあっちゅう間に五斗米道を刈り尽くすだろう。

長民ちょうみん! つくづくすげえぞ、あっちの劉将軍はよ!」

「うるせえ! いまさら洛澗らくかんのこと持ち出すんじゃねえよ!」

 淝水ひすいの前、初めて長民に絡まれた時のことを、わざと蒸し返す。苛立ちに、いくぶんでも笑いを交えなきゃやってらんねェ。

 劉毅軍の足ァ速えェ。寄奴だけなら訳もねェが、ついてきてる奴を振り切っちまうわけにもいかねェ。

「おう大将、苛立ってんな」

 あっさりと隣に孟龍符もうりゅうふが並んできた。

「ったり前だろが、これで劉毅の野郎に旨いとこ掠われてみろ、あいつら死に損じゃねえか」

 そしたら、今度ァ長民がついてきた。

「何だよ、そんなん気にしてたんか」

「あ?」

 さっきで今だ。長民にひょうひょうとされちまえば、いやでも癇の虫がうずいちまう。

 たァ言え、そいつを喰らってもなお平然としやがる長民。ある意味じゃ、ずいぶん肝が据わってやがらァな。

「落ち着けよ兄弟、どだい俺らの足並みじゃ馬なんぞにゃ追いつけねえよ。どう頑張ったって、遅えもんは遅え。だからよ、」

 そう言って長民が指差したんなァ、一軒のお屋敷だった。会稽の町、外れも外れだってェのに、ずいぶんとご立派な門構えでいらっしゃりやがる。

 見りゃあ五斗米道どもの残党かなんかだろうかが、門をぶち壊そうとしていやがった。

「見ろよ、あのお屋敷。相当なお大尽だぜ。開き直って、あの手合いに恩売っとくのも悪かねえだろうよ」

 どうだ、とばかりに長民の鼻息が荒くなる。

 そいつを見て、寄奴ァちいと考える。

 劉毅軍が突っ走ってった道に、屋敷は面してる。

 だのに奴らの軍ァ、気持ちいいくれェに関わろうとしてねェ。

 いや、幾らかの死体は転がってっから、あるいは通りがかりでちっとくれェは撫でてきゃしたんだろう。だが、そんだけだ。

 寄奴ァ舌打ちする。

「何が恩だ。押し付けられただけだぞ」

「あ?」

 手前の提案を腐されたからか、長民が露骨に牙を剥いてきやがる。

 あいつ、手前ェがさっき何しでかしたんか、すっかり忘れてんじゃねェだろうな。

「見逃したんだよ、劉毅の野郎。それも、わざと。奴のケツに己らがへばりついてんのに気付きやがったんだろう。道すがらの名士さまの窮地なんざ、大功を前にすりゃ、寄り道に兵力割く必要もねえ。が、だからっつって己らまで奴らを見逃せるか?」

「――マジかよ、えげつねえな、あいつ」

 呆れ半分、感心半分の長民。孟龍符ァガハハと笑う。あいつ、ゴンズ・ウロからなんか変なモン貰ったんじゃねェだろうな。笑い方が、妙にそっくりでいやがった。

 寄奴ァ苛立ちに任せて、ひとしきり吼える。

「手前ら、あの屋敷にたむろってる奴らで鬱憤晴らすぞ! グズグズしやがったら、己が全部頂くからな!」

 寄奴ァ背中に括り付けておいた長刀を抜くと、五斗米道どもに躍り掛かってった。

「そうでなくっちゃよ、大将」

 孟龍符の声にゃ、聞こえねェ振りをした。


「そういや大将、言い忘れてたんだがよ」

「あんだよ」

「だいたいの奴な、割とここまでくんので力尽きてっかんな」

「――先に言えよ」

 どでけェ屋敷、その庭先。

 屋敷の外にうさうさと転がる五斗米道、だった肉くれどもァ、何人かが手分けして片してる。

 屋敷の連中も、何人かは五斗米道にやられちまったみてェじゃあった。軒先にゃ、それなりの大きさに盛り上がってるムシロと、花と小物が置かれてる。

 差し出された椅子に腰掛ける寄奴、その全身に浴びる返り血を、侍女っぽい奴らが拭き取ってくれる。

「何にせよ、悪い事ばっかでもねえたあ思うぜ。大将の暴れっぷり見りゃ、あいつらも奮い立つだろうからよ。どんな奴の下で戦えてんのか、ってよ」

 寄奴ァ舌打ちする。

 屋敷を襲ってた五斗米道ァ、結局寄奴が殆ど殺した。後ろの奴らが追いつけなかったってのもある。が、それ以上に、巻き添えになるのがヤベェ、って思ったらしい。だから、他のやつらのお仕事は寄奴のおこぼれを刈り尽くすこと、だった。

「賊軍征討の軍旅にて、敢えて足をお留め頂きましたること、申し述べるべき謝辞に、適切なるを見出し得ませぬ」

 寄奴の正面で、ひょろっとした小男が拱手する。

 ずいぶんとご丁寧な言い回しだ。むず痒さがとめどねェ。

「要らねえよそんなもん、こっちだって八つ当たりみてえなもんだ」

 にべもねェ寄奴の返しに、小男ァひとしきりびっくりした顔つきになる。

 が、ややあって、笑う。

「ならば、言い換えさせて頂きましょう。寡人わたくしの強運も、なかなかに捨てたものではないようです」

「ああ、拾っとけ」

 見合って、にやりとする。

 小男の元にゃ、指示を求める奴らがひっきりなしにやってくる。そいつらにてきぱきと答え、改めて寄奴に向いた。

「申し遅れました、寡人は姓をこう、諱をせいと申します」

劉裕りゅうゆうだ」

「ほう、あなた様が?」

 しくった、たァ思ったが、もう遅せェ。手前ェの名前の売れ方を、いまいち勘定に入れ切れてねェでいた。

淝水ひすいの、五橋沢ごきょうたくの奮武、山を越え、この会稽かいけいにも広く轟いてございます。その驍勇殿に助けて頂けるとは。いよいよ寡人の強運に驚くばかりです」

 イタズラっぽい孔靖の物言いに、寄奴ァ上手ェ切り返しを思い付けねェでいた。

 孔靖が飛ばす指示ン中にゃ、寄奴をもてなすためのモンもいくぶん混じり込んでた。

 劉牢之りゅうろうし将軍から任されたお仕事の傍らだ、いつまでもここに留まってる訳にゃいかねェ。

「孔さん、ひと休みさえさせてくれりゃ、己ら出てくからよ。あんま構わねえでやってくれ」

 だが寄奴の申し出に、孔靖ァきっと言い返してくる。

「何を仰います! 恩人に満足に報えぬは、仁者の恥! それに、」

 寄奴から目を外し、他の奴らをぐるうり、って見渡す。

「将軍はともあれ、皆様には英気を養う必要があるようお見受け致しますが?」

 う、と詰まる。

 寄奴も手下どもを見る。

 ついて来たんなァ、全部で二十人ばかり。孟龍符やら檀道済だんどうさいみてェな埒外はさておき、後の奴らァだいぶぐったりきてた。

 無理もねェ。五橋沢ン時たァ訳が違う。あん時ゃずっと気を抜いたら殺される、みてェな感じだった。だから、良くも悪くも、持った。

 だが、孔靖の家に招かれ、今となっちゃ敵に殺される恐れもねェ。気が抜けっちまわねェほうがおかしい。

 奴らのケツ叩いて、無理やり動かすンなァ訳ねェ。が、そいつをやりゃあ、明日以降の動きにも関わってくるだろう。

 寄奴ァため息をつく。周りに気付かれねェよう、できるだけ小さく。

「分かったよ、孔さん。なら、甘えさせてもらう」

 その一言に、手下どもがわっと声を上げる。

「ただしだ! おめえら、準備が整うまで門の修繕とか手伝っとけよ! 孔さんちを助けたんな、飽くまでお仕事だ! 好意に甘えるってんなら、きちんと身体で返しとけ!」

 手下どもがぶー垂れてくるが、そんなんにゃ聞き耳も持とうたァしねェ。ぶすっとする寄奴に、孔靖ァおかしみを堪えきれねェでいたようだった。

 が、その眼差しが、急に冷える。

「ようございました。これで、寡人も暫し将軍と語らう光栄に浴せよう、と言うものです」

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