04-03 草間から
ら、
「出所を言え」
歩き始めるかどうか、ぐれェでいきなり切り込んで来なすった。
「歩きながらでいいんで?」
「わざわざ密談をする、と宣伝するようなものだ。それで、出所は?」
二度目のお言葉は、柔らかくこそあっちゃいたが、あきらかに「これ以上は待たんぞ」って仰ってきてた。
ぐっと唾を飲み込んでから、言う。
「
ふむ、と将軍が、顎髭に触れられる。
「
あえて、
「変にあの方の名前お呼びすんのも危ねえんで、
「巷の噂?」
「ええ。王
将軍が、かっと目を見開かれた。
それから、豪快にお笑いになる。
「ろくろく恐れを知らぬと見える。迂闊に洩らして、貴様の首が飛ぶとは思わんのか?」
「飛んだら飛んだまででしょう。どのみち己ら、そう言う綱渡りにのっかっちまってんですから」
誰が誰を殺すか分かったもんじゃねェ。ひとりひとりの首の値段が、べらぼうに安い。劉牢之将軍にしたって、寄奴がどんだけ使えるコマだろうとも、いや、使えるコマだからこそ、変な動きがありゃ簡単にお斬り捨てなすったろう。
「死人なのかな、貴様は」
「かもしれねえですね、淝水も
「ならば、ここでも死んでもらうぞ」
「わかってまさ」
それから将軍は、かいつまんでだが、将軍の置かれてる立場についてお教え下さった。
中央を牛耳る司馬元顕と、そのお膝元の
本来、その要が謝大将軍のはずだった。が、ぶっこ抜かれて、後釜にゃ
「鎮北を推したのは、謝氏だ」
「謝氏? 謝大将軍のご一門ですか」
「そう。次いで言えば、桓玄との縁も深い」
それを聞き、内心でぎくりとする。
俺と寄奴が見聞きしてきたことを合わせりゃ、謝将軍の死は、八割がた桓玄のたくらみだ。が、よりによって、謝氏にそのことが伝わってねェ。
たァ言え、さすがにこの辺は迂闊に口走るわけにもいかねェ。
「じゃ、裏に桓玄の動きも?」
「で、あろうな。
「元顕にしてみりゃ、目障りこの上ねえっすね」
「となれば、吾輩の元に来る元顕の用向きにも想像がつこう」
「――内応」
将軍がうなずかれた。
「全く、面倒なことになったものだ。外に
「さすがに、そのご冗談は笑えねえっすよ」
いくら謝大将軍の急死があったたァいえ、実際の戦線は崩壊し、晋軍ァ
で、そいつァ劉将軍の責任だ、ってェことになった。だから将軍は、前線から外された。
淝水の前からこっち、ずっと鮮卑ども相手に戦い続けて来られた将軍にとって、国内の反乱軍なんざ、どんだけ心躍る相手だったんだろうな。
「
寄奴が頷く。
そんな折も折、ちょうどだ。将軍の設えなさってた天幕にまで辿り着く。
「暫し、そこで待て」
「は?」
言うが早いか、将軍は天幕ン中から壷をお持ちになった。漂ってきた匂いについちゃ、聞くまでもねェ。
「将軍、何でいま、酒なんすか?」
「言ったろう。貴様らにはとびきりの死地を用意してやると。故にこその、振る舞い酒よ」
仰り、将軍がにやりとされた。
寄奴ァちいと口元引きつらせながらも、壷いっぱいのそいつを、ありがたく頂戴した。
五斗米道どもにしたって、どうしても編み目の一つ一つを地道に潰してかなきゃいけねェし、いざ一つの区画を獲っても、水路を知り尽くした奴らから思いがけねェ反撃くらっちまったりする。戦嫌いどものつるむ町たァ言え、だいぶ奴らも手ェ焼いてるみてェだった。
そこで、奴らァ軍勢を分け、南からぐるっと回り、町を取り囲む作戦に出ようとしてた。外からじわじわすり潰そう、ってェ算段だ。
なんで将軍は、逸早く寄奴を突っ走らせた。
包囲網が出来ちまっても、将軍にしてみりゃわざわざこっちにケツを向けてくれるようなもんだ。そこをぶっ叩いたって、別にかまやしねェ。が、どうしてもそうなっちまったら困る理由があった。
会稽に住む名族どもが、我先にと逃げようとしてる。うっかり五斗米道の奴らに町を囲まれでもすりゃ、お偉方と五斗米道がばったり出くわす、なんてことにもなっちまう。
そうなったら、お貴族さまなんざあっちゅう間にかっぱがれちまうだろう。こっちにどんなお叱りが飛んでくるか分かったもんじゃねェ。いや、お叱り、程度で済みゃいいがな。
「速さと地勢眼にて、賊軍先鋒の経路を見出し、現地に釘付けにせよ。貴様らが全滅するより前には、本隊にて駆けつけ、敵を殲滅しよう」
仰り方が、とことんにひでェ。
そんかし、将軍は恩賞に関しちゃどさっと出して下さる。なら、でけェ戦働きにゃ、命をかけででも突っ込んでくうウマ味もあるってもんだ。
「ほんに心づええよな、
「余計なことはエエ。奴らもとことん警戒しとるデ」
寄奴、季高、
ざっと見て、千はくだらねェか。無闇に突っ込みゃ、あっちゅう間に潰されちまってしまいだ。
寄奴と目配せすると、季高がひとり、隊から外れる。
本隊に合流して、呼び込む役だ。
そいつを見送ってから、改めて寄奴が、荒くれどもに言う。
「確認するぞ。奴らを少しばかり見過ごす。で、隊長格を叩き、先頭の指揮系統を乱す。その後は円陣だ。己、龍符、道済の三人を柱にして、間に四人ずつ。円陣の真ん中に丘進。柱の間でやべえところを、順次繕ってってくれ。で、長民は丘進の補佐だ。これで割と、お前の目端にゃ期待してっからな。こいつが上手く行きゃ、そうそうは崩れねえだろう。後は、本隊が来るまでの我慢比べだ」
虞丘進がため息をついた。
「いま、無傷なのを喜ぶべきなのかな」
孟龍符がはっ、って笑う。
「何言ってやがんだ、鮮卑どもに比べりゃちょれえだろ」
丘進も負けじと返す。
「数の差の甚だしきに、怯えに
まったく、仲がいいんだか悪りィんだかな。
「お前ら、盛りあがんのは構わねえが、くれぐれもデケえ音だけは勘弁してくれよ。先手取れなきゃ、こっちゃ自殺みてえなモンなんだから――」
――なんつーかな。
持ってる奴ァ持ってる、としか言いようがねェ。
寄奴が、隊の奴らに釘を刺そうとしてた。
まさに、その時だ。
「うえっきし!」
炸裂させやがった。
長民が、くしゃみを。
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