02-13 処断      

少年の値を吊り上げれば良い」

 冷てェ笑みからは、身も蓋もねェ言葉が飛び出てきた。

 寄奴きど孫泰そんたいをふん捕まえる、その前日。崔宏さいこうが泊まる宿に、寄奴はいた。

 はじめに寄奴を呼び込んだ時にゃ、部屋をきっちり片付けてたみてェだった。いまや机の上にゃ、これでもかとばかりに紙の巻物が積まれてた。竹簡に較べたら幅も取らねェそいつに書き込まれてる文字の量ァ、きっと徐将軍がさばいてた仕事の何倍、何十倍もしたんだろう。

「値? なんだそりゃ」

 王鎮悪おうちんあくが持ってきた茶を一気にすする。崔宏に対しての警戒を解いたわけじゃねェ。が、そいつが今日あしたにタマ獲ろうってェモンじゃねェのは間違いがねェ。

「熹少年の父御ちちごは、功曹こうそう位に就いておられたそうだな」

 言いながら、巻物に目を通し、あるときは墨で、あるときは朱でなにがしかを書き加えてる。その手が止まるこたァねェ。

 またか、出来るだけ顔には出さねェように気をつけたが、きっとバレバレだったろうとは思う。寄奴から崔宏に臧家の話を持ち出したこたァ一回たりとてねェ。何もかもが筒抜けでいる、この感じ。クソしてんのを覗かれたって、あんな気分にゃならねェだろう。

「ああ」

 小さく、崔宏がうなずく。

「ならば臧家のろくを、御身おんみ陳情ちんじょうにてきゅうふくすのが良い。さすれば熹少年は下士かしの身となる。ただの流民、でなく。阮佃夫げんでんふらは庶人しょじん。彼の者らを罰するに、熹少年がただの流民であるか、下士であるかの違いは大きい」

「なるほどな」

 より奴らを厳しく罰するため、言い換えりゃ、より愛親あいしん、熹の屈辱を晴らすため。

 そのためにも、奴らと熹とに身分差をつけて、多少強引にでも、奴らに「不忠」の烙印らくいんを押し付ける。そうすりゃ奴らの罪は重くなる。なるほど、奴らをこっぴどく仕置くにゃ、うってつけの手だ。

 と、崔宏が筆を止めた。

「言うほどには納得しておらぬようだが?」

 寄奴に向けて微笑んだ。きかん坊をあやすような、出来の悪りィ弟子を見守るかのような笑みを向けてくる。

「手口に文句はねえよ。何もかもお前の手の内なのがしゃくなだけだ」

「そこはあまり、素直に言うものではないな」

「うるせえな」

 それ以上の返事はせず、崔宏はふたたび巻物に目を落とした。

 窓から飛び込んでくる喧噪を聞き取るだけでも、広陵こうりょうの町が抱いてた活気がよく分かった。どんないきさつであれ、人が集まんだ。ひとも、金も、文字も。何もかもが、えれェ勢いで動く。

 崔宏が手掛けてる巻物どもによっても、もしかしたら何かが動いてんのかもしれねェ。だが、ちらりと見たそいつァ寄奴も知らねェ文字で書かれてた。

 崔宏の手で、何が進められてたのか。どうせ聞いても答えねェだろう。だから、見過ごすっかねェ。

「だがよ、簡単に言っちゃくれるが、そんな無茶な願いごとが通るもんなのかね?」

「通るだろうとも。代わりに、褒賞ほうしょうを辞退すれば良い」

「――冗談だろ?」

「冗談でなどあるものかよ。辞退により、御身がこう姓を騙った事に筋が通るのだ。加えて、徐道覆じょどうふくには重き貸しをつけることになる。この貸しを御身の私情の引き替えとせば、徐道覆にしてみても、そう高い取引ではあるまい」

 くくっ、と、何やら楽しそうに。もちろん提案は提案だが、一方であからさまに寄奴が迷ってんのを楽しんでる風だった。

「それにな、項将軍。褒賞の辞退は、天下の徳として受け止められる。慣れておいて、損はないぞ」

「今更項とか呼ぶんじゃねえよ、くそ」

 盛大にため息をつき、天井を仰いだ。

 ここまでも、何もかもが崔宏の言葉通りだった。寄奴から見えねェ部分が大きすぎる以上、今さらヤツの言葉を突っぱねてもうま味があるようにゃ思えねェ。それなら、大人しく従っとくに限る。

「崔宏。お前、割とトゥバ・ギもいじめてんだろ」

「まさか。常に深き敬意を以て仕えておるとも」

 足蹴にされときながら、よくも言えたもんだ。そこは口に出さず、椅子を立つ。

「まあいいさ、やることやるしかねえんだ。お膳立て、助かったぜ」

「ご武運を」


「――次なるは、元征北せいほく軍属、阮佃夫。彼の者はしんの軍属にありながら、五斗米道ごとべいどうとよしみを通じ、盗み働きの手引きをした。のみならず、その前日には晋陵しんりょう功曹、臧熹の姉である臧愛親を暴行、凌辱。臧家に対するはなはだしき冒涜ぼうとく行為を働いている。その行い、死一等ではなお生ぬるい。宮刑きゅうけいの上、処断とする」

 広陵府の隣に、急きょしつらえられた裁きの広場。柵の外にゃたくさんの見物人どもがひしめき合ってた。その最前列に寄奴ァ陣取ってる。隣にゃ腕を包帯で吊してるガキがいた。

 驢馬ロバ飼いの到爺とうじィの孫。名前は到彦之とうげんし。愛親がさらわれたとき、臧熹と一緒に抵抗したが、叶わなかったって言う。腕のケガも、そん時のもんだ。寄奴が刑場に行くって聞き、どうしても行く、って聞かなかったから連れてきた。

「熹! やっちまえ!」

 憎々しげに到彦之が吐き捨てた。

 臧熹ァ柵の向こう、阮佃夫の隣にいた。奴ァ丸裸に剥かれて、板の上に両手両足を縛り付けられてる。何事かを訴えちゃいるが、口にも猿ぐつわがされてるから、何言ってんのかはわかったもんじゃねェ。

 まずは刑吏けいりが丸刃の短刀を取り出した。見事に縮こまり上がってる阮佃夫のチンコをつまみ取る。タマの裏側に短刀を当てると、そのまま、刈り取った。

「~~~~~! ~~ッ! ~~!」

 阮佃夫の悲鳴と、それ以上の歓声が刑場に響く。

 縛り付けられながらも、その想像なんざしたくもねェ痛みに、阮佃夫は暴れ回った。そいつを、やせ細ったその身の丈にゃ似つかわしくねェ、ゴッツい剣を抱えた臧熹が冷え切った目で見下ろす。

 涙で、鼻水、脂汗で顔中をぐしょぐしょにした阮佃夫が、臧熹に向け、その眼で必死に命乞いしてんのが分かった。

「姉上がやめろと叫んだら、お前は、やめたか?」

 逆手に剣を持ち、腹に、突き下ろす。

 臧熹にゃ武の心得がねェ。どんな所を刺しゃいいのかよくわかってねェでいた。

 そいつを聞いて、寄奴ァ臧熹に教えてやったんだ。「どこを刺したら、手を傷めずに済むか」。そうすっと、臧熹の力で骨を断とうなんてな論外だ。四肢も、胸辺りもいけねェ。喉はマトが小せェ。だから、腹。

 それでも、一発目は逸れた。わき腹をえぐる。

 金切声は、さらに激しくなる。

 臧熹は憤怒の形相で、阮佃夫の鼻っ面を思いっきり殴りつけた。悪態をつく。そいつァもうまともな言葉にゃなりゃしねェ。けど、却ってうまい具合に働いたか、息も絶え絶えな阮佃夫が、急におとなしくなった。

 臧熹も、肩で息してた。

 ――傷つけること、殺すこと。

 まして、無抵抗の相手だ。どれだけ憎かろうと、最初の一人、ってなそんな簡単なモンじゃねェ。何よりも、手前ェ自身が一等の壁として迫る。そいつを乗り越えられるかどうかが、いくさ場で敵を殺せる側になるか、殺される側になるかを分ける。

 臧熹は大きく息を吸うと、阮佃夫のへそ辺りに剣を当てた。

 突き刺す。阮佃夫の身体がびくん、って跳ねる。

 そこから、思い切り剣を引き倒した。

 腹が割け、血しぶきと臓物が飛び出す。

 腹の上に乗り出してる臧熹ァ、思いっきり返り血に染まる。

 酷吏が苦悶の形相のまま凍り付いた阮佃夫の首を切り取り、掲げた。

 拍手に、喝采。

 放心の態になった臧熹ァ、そのまま酷吏に肩を支えられ、刑場を後にした。

「くそぅ、熹の奴、先に武士になっちまったなぁ……!」

 到彦之が柵を掴みながら、悔しそうに呟いた。

 寄奴が、肩を軽く叩く。

「焦んなよ。戦のタネなんざ、いくらでも転がってら」

 到彦之ァ寄奴を見上げると、熱のこもった眼差しで、うなずいてきた。

 臧熹の晴れ舞台さえ見れりゃ、もう刑場に用ァねェ。

 ケガ人をこの熱狂のるつぼに引っ張りまわすわけにもいかねェしな。寄奴ァ到彦之を肩車してやると、早々に刑場から引き上げる。


 熱狂冷めやらぬ刑場からァ、次の咎人の断末魔が上がった。

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