02-12 暴威      

 孫泰そんたいの周りをゴロツキが囲ってた。

 どう見繕っても信者、ってツラじゃねェ。

 奥手にゃふん縛られた女子供、それにちょっとした財宝の山。

五斗米道ごとべいどうってな、ひでえ目に遭ってる奴らを救おうとしてる、って聞いたんだが」

 血に濡れた剣をもてあそびながら、寄奴きどが笑った。

 たった今斬り倒した、足元の死体を乗り越える。

「ずいぶん奇妙な救い方もあったもんだな、え?」

 寄奴が一歩前に出りゃ、孫泰が一歩下がる。だが、すぐに行き止まりだ。

「って、手前! それ以上近付くんじゃねぇ、こいつらが――」

「構わねえよ、殺しな。そいつら助けんのは勘定に入ってねえからな」

 奥にいる奴らの顔がいっそう青ざめた。

 やれやれ、ものにゃ言い方があんだろうに。

「けどな、お前らにそんな真似さす暇なんざやると思ってんのか?」

 構わず、また一歩を踏み出す。びく、と孫泰が震えた。

「っち、畜生! てめぇら! 殺んぞ!」

 ヤケんなったか、孫泰と、その取り巻きが剣を取った。全部で、十人。

 そうこなくっちゃな、独りごちると、寄奴ァ死体をむんずと掴み、相手に向かって投げつけた。三人ばかしが巻き込まれ、ぶっ倒れる。

「えっ」

 巻き込まれなかった奴も、それが最期の言葉になった。

 ぶん投げた死体を追った寄奴が、もうそいつの懐に踏み込んでた。

 すれ違いざまに、左下方からの斬り上げ。腰から肋、肺腑を裂く。

 足元にゃ死体ぶっつけられて転がってる奴らがいる。ぶっ倒れた奴のうち、一番近くにいた奴の胸を踏み折り、真ん中の奴ァ死体の上から胸を刺し貫く。

 正面を向く。

「う、うわぁ!」

 寄奴と目を合わせた奴が、情けねェ声を上げる。

 左手を伸ばしてそいつの喉笛をふん捕まえると、そのままブン回して隣の奴らに叩きつける。

 その勢いを活かして、剣を引っこ抜くと、

「――ふッ!」

 横薙ぎ。

 目の前にいた四人の腹と足とを、まとめて泣き別れにさせる。

 顔に赤茶色いのを浴びりゃ、鼻に血と、クソの匂いがへばりつく。

 そいつらが崩れ落ちた先に、孫泰の怯えきった顔が現れた。

「お前は後だ」

 左手に持ってた上半身を捨てると、孫泰を突き飛ばした。

 残るは三人。そいつらは目の前で何が起こってんのか理解しきれねェみてえだった。そりゃそうだ、一呼吸の内に、いきなり七人がおっ死んでんだ。把握できる方がおかしい。

 睨みつけると、ひとりは腰を抜かしてへたり込み、ひとりは変な声を上げながら剣を振りかぶった。だから寄奴ァそいつののど元に、あっさりと剣を突き立ててやった。

 ひゅう、と音が洩れる。寄奴が剣を引き抜くと、へたりと崩れ落ちた。

 と、寄奴が舌打ちする。

「やっちまった」

 これで孫泰を除きゃ、あと二人だ。ひとりは投げつけられた死体の下で往生し、ひとりは寄奴に睨まれたせいで腰砕けになってる。吹っ飛び、壁にたたきつけられた孫泰を守れる奴なんざ、もうどこにもいねェ。

「悪りいな、お前らの仕事、奪っちまった」

 振り返ると、どいつもこいつも呆気にとられてた。孟龍符もうりゅうふですら、だ。

「いや、悪りぃも何も」

 ひく、と龍符の頬が引きつる。

「大将。あんた、――やべぇな」

「何がだよ」

 転がってる奴らのうち、あんま血で汚れてねェ奴の服を使って剣の血のり、脂をぬぐい取る。ついでに顔も拭く。

 顎で生き残った三人を示すと、何人かが弾けたように動き出した。捕まってた奴らの解放、積まれてる宝の検分、三人の捕縛。 邪魔する奴もいねェ以上、ことはするすると片付いてく。

「あー、っくそ。もっと抑えなきゃだめだな」

「そうかよ。おれとしちゃ面白れぇもん見せてもらったぜ。講談師の話耳にしたときにゃ本当かよ、って疑ってたんだが」

 寄奴の動きがぴく、と止まった。

 龍符を見る。ぎょろりとした目つきのまま、ニヤニヤしてる。

「そっか、お前孟昶もうちょうのいとこだったもんな。誰にも言ってねえよな?」

「それやったら昶兄ィに殺されっちまわ。ああ見えて怖えぇんだよ、あの人」

「ああ見えて、じゃねえだろ。何でも見透かしてきそうだぞあいつ」

 はっ、って龍符が笑った。

「違げえねえ」

 お宝の検分を進めてた奴が、竹簡をもって寄奴のとこにやってきた。

こう将軍、お話し中のところ失礼します。こちらをご確認ください」

「おう」

 おずおずと差し出された竹簡を受け取り、開く。そこには、たくさんの名前と職位、それから納めてきた財貨の額面が並んでた。その内のいくつかは、寄奴も広陵こうりょうに来てから見聞きしたもんだった。

 五斗米道とつながってる、広陵府こうりょうふの奴らの目録。

 大暴れしたばっかの熱が、すう、と引いてく。

「おい龍符」

「おう」

「後始末、頼んでいいか」

「構わねえが、大将。――アンタは?」

「こいつを、届けなきゃいけねえ人がいる」

 そう言って、竹簡を懐にしまった。

 胸がざわつく。あまりにも出来すぎた話だ。

 頭ン中に、ちらちらと崔宏さいこうのあの薄ら冷えた笑みがちらつく。

 訝る奴らに構ってなんざいらんねェ。慌ただしく、孫泰のねぐらを出る。

 分かっちゃいた、分かっちゃいた筈なんだ。はじめっから、すべて奴の掌の上だ、って事は。だが、それでも厭な汗は止まらねェ。

 そいつを振り切るためにも、思いっきり、馬でかっ飛ばさずにゃいられなかった。


 寄奴が徐道覆じょどうふく将軍に竹簡を持ってったもんだから、そっからたちまち広陵府内の大掃除が始まった。中にゃ結構な大物の名前もあったりで、高雅之こうがし将軍の責任問題にすらなりかけた。

 そんな折、広陵府に張士道ちょうしどう姚盛ようせいが出頭してきた。どっちも崔宏からその名前を聞いてた、五斗米道を支えてるって言う幹部だ。

 張士道ァ、孫泰が先代の大師父だいしふを殺し、大師父を名乗って教団を牛耳ったこと、かどわかし、盗み働きを行うことで、広陵の擾乱に紛れて教団の勢力を拡大せんと狙ったこと、なんかをゲロってきた。

「孫泰は教団の金を使って、荒くれどもを手下に引き込みました。そして奴らに武器を与えました。孫泰に異を唱えるものは、軒並み奴らめに殺されたのでございます」

 震えながら、板の間に思いっきり額を叩き付け、張士道が訴える。

 そいつの言葉ァ、広陵府内にいた五斗米道どもの証言とも噛み合った。奴らの口からァ孫泰か、もしくは孫泰の子飼い――聞けばそいつァ寄奴が孫泰のねぐらで真っ先に斬り捨てた奴だったらしい――位しか、名前が挙がってこなかった。

「つまり我々は、奴らの内輪揉めに巻き込まれたわけか」

 竹簡を眺めながら、徐将軍がため息をつく。

「なれど、劉裕りゅうゆう。君の仕事なくば、我々はその企てに乗るがままであった」

「そうなりますかね」

 胸を張っての返事なんざ、出来ようはずもねェ。

 広陵府、執務室。相も変わらず徐将軍の前にゃ竹簡の山がこれでもか、とばかりに積み上がってる。だが徐将軍ァ、そいつらに欠片ほどの関心も向けようたァしねェ。

「本当に要らんのかね、特等の褒賞ものだぞ」

「ええ。先日話した通り、そいつは項裕って言う、本当ならいねえ奴の手柄です。そんなことより、別にお願いがありまして」

「別に?」徐将軍が竹簡を閉じる。

「褒賞をなげうっての頼み事か。恐ろしいな」

「いや、そんな大したこっちゃねえんですが」

 そう前置きしてから、崔宏からの進言を思い出す。

「――東莞とうかん郡功曹ぐんこうそう臧俊ぞうしゅんの息子、臧熹ぞうき、ってのがここ広陵に来てます。将軍の権限で、こいつを仮に、でも結構ですんで、取り立ててもらえませんかね?」


 その夜孫泰ァ、何者かに殺された。

 牢の中で、ぐったりしてるところを見回りの兵に発見されたらしい。

 不審者らしい不審者は、誰も見かけなかったって言う。

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