02-08 徐道覆
こんなん改めて言うことでもねェんだけどな。
んだけ揃ったアイツをほっとく女なんざ、そうそう居たもんじゃねェ。
だからこそ、って言うべきなんだろうな。アイツァほとんど女ってモンに冷めてた。言い寄られりゃ適当に応じもすんだが、まァメスガキどもにしちゃ、較べられっちまうのが、なにせ
そんなアイツを知ってるから、
「いい女みっけちまいましてね。つい、
こんな言葉が飛び出るたァ、ついぞ思ってもみなかった。
「なるほど。で、そののろけを
「や、徐将軍のお顔拝見したら、つい聞いて欲しくなりまして」
「そうか」将軍がため息をつく。
「
窓の外にゃ、慌ただしく動き回ってる役人やらおさむれぇやらの様子が見える。将軍の墨が入った竹簡は乾くのを待つのもそこそこに丸められ、書令史の手から待機してた役人に渡された。役人は慌ただしく退出する。
「にしてもお忙しそうっすね、将軍」
「見る目はあるようだな、
「将軍がいらっしゃるなら何とかなんだろ、って。頼りに思ってました」
「儂は君の便利屋ではないのだがな」
ひとつ竹簡をさばく内に、ふたつ、みっつと新手が加わる。徐将軍は心底げんなりしながら書令史に「おい、そろそろ二人三人くらいの
「は、はっ、手配しておりますが、なにぶんどこも手薄でして……」
「――もう良い!」
ことさら乱暴に筆を走らせると、将軍は筆をぶん投げた。
「休憩だ! 劉裕、散歩に参る! 付き合え!」
がた、と派手に椅子を倒し、将軍が立ち上がる。
「し将軍! しかしこの件は火急の――」
「徐書令史! 同姓のよしみだ、君にしばし全権を委任する!」
「っええっ!? っそ、そんな!」
完全に泣きっ面な徐書令史――
「あーあ、かえーそうに。災難だな、書令史どのも」
ンなこと言う寄奴が、将来もっと無茶振りしてアイツ泣かすんだけどな。
廊下に出ると、行き交うどいつもが徐将軍のツラ拝むなり慌てて脇によけ、
「それで?
「嗅ぎ付けた、ってほどじゃねえですよ。いま一等荒れ狂ってるところに首突っ込んだら面白そう、ってくれえで」
「荒れ狂うか、確かにな」
階段を上り、
「ところで劉裕、儂は正直、君を信用しておらん」
「いきなりっすね」
「うむ。だので、儂に
「や、話が見えねえんですが?」
ハッ、って徐将軍が笑った。酒瓶を一口
「
「そうっすね、結構行き当たりばったりで来ましたんで」
「町の様子は見てきただろう。いま、君はその気になればこの町で一大勢力を築くことも難しくない。講談師の手を経て、君の名はいささか大きくなりすぎている。儂のような小心者には手に余る事態だ」
「買いかぶりっすよ」寄奴は酒瓶を高楼の外に投げ捨てた。
「それに、
徐将軍が、まっすぐに寄奴を見る。寄奴だって別に後ろ暗れェ所があるわけでもねェ。真正面から将軍の目を見返す。
「――これでも目力には自信があったのだがな」
「や、普通に怖えぇですよ」
「そう言う事にしておくかね」
将軍の懐から二本目、三本目の瓶が出てきた。どうなってんだその懐。
片方を寄奴によこすと、将軍は一気に呷る。寄奴もそいつに続く。
「まぁ、よかろう。君がこの町で自由に動けるよう、
「助かりまさ。じゃ、己のこた、
「よりによってその姓か」将軍が苦笑いを浮かべた。「
「面白れえでしょう?」
「それを、晋将たる儂に言うかね」
――項。
寄奴がこいつを偽名に選んだのにゃ、かの
「まったく、君という男は――ともあれ、項
「承知してまさ」
うむ、と将軍が頷いた。
「
「――は?」
思わず寄奴ァ、素で言っちまった。
そいつを見て、将軍がにやり、と笑う。
さらりと言ってきたが、徐将軍がねじ込んできたのァ、既にして結構な大ごとだ。下手すりゃ広陵に
「将軍、こっちが断れねえからって、ブッ込んできますね」
「いや、自由に使える耳目がなくてな。難儀しておったのだ」
そう言って将軍が、寄奴の肩をポン、と叩いた。
“
そう書かれた符を眺め、寄奴は舌打ちした。
将軍からいただいた立場は「好き放題したせいで徐将軍からお叱りを受けた暴れん坊」だ。そいつをもっともらしく見せるために、小半刻くれェひと前でこってり絞られてからの
「あの
符を懐にしまい込む。
怒鳴りつけてくる将軍の目が、ちょくちょく笑ってたのを寄奴ァ見逃さなかった。将軍のことを恨んでる、そういう建前にしといた方が寄奴が動き易いのァ確かだ。だが、その一方で寄奴で
広陵府を後にする。
モノもヒトも激しく出入りしてる中、寄奴一人きりが立ち尽くす。でけェのに往来のど真ん中に立たれたもんだから、行き交う奴らが針みてェな視線を飛ばしてくんのがわかる。
そん中に、一つ。好奇心に満ちた眼差しがある。
「いた! 項将軍、ですよね?」
ぱたぱたと、そいつが駆け寄ってきた。
ガキだ。十を数えようかどうか、ってとこだろう。仕立てのいい着物に身を包んで、うっすら化粧もしてるみてェだった。貼りつけた笑顔について言えば、
「あん? なんだガキ、物乞い、って訳でもなさそうだが」
「ひどいな! なんで真っ先にそっちが浮かぶんですか! 探してたんです、ある方に頼まれて!」
「生憎だな、こっちにゃ用はねえよ」
寄奴の勘が、全力で告げたんだ。このガキにゃ関わり合いにならねぇ方がいい、って。だからとっとと振り切ろうとする。
が、
「ちょ、ちょっと! じゃあ、せめて言伝だけでも聞いてくださいよ!」
そんかし、聞こえよがしに舌打ちしてやった。
「わーったよ。聞くだけ聞いてやる」
「へへ、さすが将軍。そうでなくちゃ」
おべんちゃらはいいんだよ、って切り捨てる。ガキに怯んだ様子ァねェ。口元に手を当て、寄奴にしゃがみ込むよう促してきた。渋面こそ示したが、聞く、って言ったんなァ他でもねェ、寄奴自身だ。大人しく従う。
にやり、とガキ――
そいつァ奴くれえの年かさのガキにゃ到底出せそうもねェ、何てんだろうな――そう、
「白髪の側仕えはご健勝ですか、劉裕殿?」
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