02-09 崔宏、再び
「
「何が将軍だ、白々しい」
大通りに面した一流の宿。入り口から廊下から、もう目もくらまんばかり、としか言いようのねェ景色に出迎えられ、招かれた部屋がまた広れェ。
そのど真ん中に佇まう、貴公子然とした優男。
何の説明も要らねェ。それだけで、何もかもが十分だった。
「改めて、ごきげんよう。
うやうやしく、クソ丁寧に、頭を垂れる。
寄奴が辺りの気配を探る。部屋がだだっ広れェのを活かして、一匹か二匹
「
「ええ。じゃ、お礼、楽しみにしてますね」
「無論だとも」
にこり、ふたりが笑い合うと、その内王鎮悪は寄奴に向けて、バカ丁寧な
「あの歳で、あの
心底愉しそうに呟く崔宏だが、そんな寸劇に付き合う余裕なんざ、寄奴が持ち合わせてるはずもねェ。
部屋に連れ込まれるにあたり、剣を取り上げられたわけでもねェ。確かに寄奴ァ淝水の折、崔宏に
「うるせえよ。こちとら気が短けえんだ、とっとと本題に入れ」
「つれないものだな、死地を分かち合った仲ではないか」
うっすらと、崔宏が笑う。何が演技で、何が本音か。全く把握できたもんじゃねェ。
まるで舞いでも披露するかのように、しつらえてあった卓へ促してくる。
「無礼の極みであると思いはしたのだが」
わざとらしいくれェに哀しそうに、崔宏が言う。
「この状況、
「構わねえよ。長居する気もねえからな」
崔宏が示してきたんなァ上座、詰まるとこ奥手の椅子だった。だが寄奴ァ構わず下座、手近なほうにどっかと腰掛けた。そんで顎で崔宏に上座を示す。
別に礼儀うんぬんの話じゃねェ。入り口に近けェから座っただけだ。その方が面倒もねェし、何より、いざとなったら即逃げ出せる。
崔宏に面食らった様子はねェ。その薄ら笑いはまるっきり崩れねェまま、あっさりと対面につく。
「また斬りかかられては
「あ?」
寄奴の脳裏にトゥバ・ギの
淝水の追撃戦、寄奴がトゥバ・ギに釘付けにされてる間、まんまと
――愉しかったぞ、劉裕。
そう言って兵の塊ン中に解けてった、トゥバ・ギ。
奴の姿ァ、その後結局見つけられずじまいだった。
「己あ、
「贄よ。そこは変わらぬ。
「ずいぶん身勝手な話だな」
寄奴は腰に
舐めたことほざいたら叩っ切んぞ、ってなもんだ。
「まあいいさ。心にもねえおべんちゃら食らうよか、そっちの方がよっぽど信じられっからな。が、はいそうですか、よろしく、で終わりになるたあ思ってねえよな?」
「無論。相応の手土産は差し上げよう。今ならば、……そうさな。
ぴく、と寄奴のこめかみがひきつった。
その刹那を見逃す崔宏でもねェ。
「
「――みてえだな」
ふんぞり返り、ため息をつく。
理解するしかねェ。ここで激しても、いいことなんぞ何一つねェ。崔宏のことだ、どうせ寄奴が切れたにしてもなんとかできるから、こんな席を設けてんだろう。なら、ここは大人しく乗っとくしかねェ。
腕組みする。
「で?」
「一部が、
「その言い方なら、武器もだいぶ流れ込んでそうだな」
崔宏はうなずいた。
「五斗米道、党首は
「また乱かよ」寄奴が舌打ちする。
「乱なんぞ起こしたとこで、結局は貴族どものダシに使われんのが関の山だろうが。なんでそんな分かり切ったこともわかんねぇで、無駄に農民流民の暮らしを荒らしたがんだ、あの手のは」
「
「なんで己が海なんだよ」
「――毒蛙に難儀する井戸の主の覚えは
睨みつけてみるも、崔宏は微動だにしねェ。相変わらずの笑みを張りつけたまんま、目にたたえた冷たさも一切隠そうとしねェままで、見返してくる。
と、寄奴の後ろで扉を叩く音がした。
「ご歓談中、申し訳ありません。鎮悪にございます」
「構わぬ。入りなさい」
「はい」
扉を開けた鎮悪の顔に、さっきまでの笑顔はねェ。小さく一礼をした後、崔宏、そんで寄奴の顔をかわるがわるに見た。その様子に何かを察したか、崔宏がうなずく。王鎮悪もうなずき返すと、何やら文字の書きこまれた紙片を掲げた。
「たった今、至急の報せが入りました。先だって劉裕殿と接触していた少年、
「!」
寄奴が立ち上がり、剣を掴んだ。目を見開き、王鎮悪を親の仇か何かみてェな剣幕で睨みつける。王鎮悪ァ露骨にたじろいだが、気を取り直すと、改めて紙片に目を落とした。
「臧熹の顔には痣がありました。――臧愛親が、何者かにさらわれたようです」
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