02-06 臧愛親
「おぅコラ、ずべた! テメェ調子こいてんじゃねえぞ!」
「あぁん!?
「なっ……って、てめぇ、言わせときゃあ!」
「おーやだ、ちょっと図星つかれりゃすぐオツムが止まんのかい! だらしねぇったらないね!」
よくあるケンカの一コマに、もとより
腰に
「おう、ずいぶんおあつらえ向きじゃねえか」
折しも寄奴ン中にゃ、
広陵にゃ、ありもしねェ
思い返すだに、そいつは苛立ち、として降り積もってた。そんなとこに、またもガキが縮み上がってやがんだ。
だから、腰に佩いてた
「人がせっかくおまんま喰えるよう恵んでやろうってぇのに、ずいぶんつれねぇじゃねえか、あ?」
「いらねえっつってんだよ、狒々のこ汚ねぇケジラミついた金で買った食いモンなんざ、可愛い弟がゲボ吐いてくたばっちまわぁ! よっぽどてめぇらが
つるつる決まる
「面白れえ」
寄奴ァにやりと笑うと、馬から飛び降りた。女の後ろで震えてたガキに手綱と、駄賃を渡す。
「ガキ、しっかり見てろよ」
そう言ってチンピラの方に向きゃあ、真ん中の一匹がいよいよ剣に手を掛けようとしてやがった。そう、こいつを狙ってたんだ。これならぶっ倒しても、向こうが先にケンカを売ってきた、で片がつく。
女の脇を通り過ぎるとき、ちらりとその顔を覗く。チンピラどもの様子に、全く動じてる様子ァねェ。ずいぶん強えぇな、ちぃとばかし感心しつつ、寄奴は真ん中の奴の、剣の柄に掛かった手を乱暴につかみ取る。
「なんだっ、てめ……」
「抜いたよな? お前ら」
そうこうしてる内、脇の二人はとっくに抜いてる。
共に右利きみてェだ。
だから寄奴ァ変に剣がブッ刺さんねェよう、左の奴に向けて、思いっきり真ん中を突き飛ばした。巻き込まれて、二人がもろともにぶっ倒れる。
残る一人をにらみ付ける。そいつはびくっとして、剣を振り上げようとした。そのがら空きになった脇に肘を叩っ込みゃ、やっぱりそいつも吹っ飛んじまう。
正味の話、馬力が違い過ぎんだ。戦場で受けたトゥバ・ギの槌、ありゃ力自慢の野郎どもが数人がかりでようやく、ってシロモン。寄奴ァそいつをまるまる受け止める。
「な――何だよあんた、誰が助けてくれって言った!」
「知らねえよ。己あ
チンピラどもから女を
「女入れても二対三だ。まさか卑怯たあ言わねえよな?」
奴さんらァ息巻こうとしたが、はじめに寄奴に吹っ飛ばされた奴が泡吹いてんのに気付き、その顔から一気に色を失った。何モンを相手にしてんのか気付いたらしい。
一気に及び腰になる。そして、
「て、てめぇ! 覚えてろよ!」
そう。戦場で生き延びんのにゃ、そいつが肝心だ。敵わねぇ奴からは、速攻逃げるに限る。奴ら、ある意味じゃ優秀だったみてェだな。
「あ、おい」
寄奴が間抜けな声を上げる。あんだけ派手に彼我の差見せつけといて構ってもらえるって思ってんのがなかなかだ。
ざわつく町なか、いきさつがいきさつなだけに、寄奴にまとわりついてくる視線にゃだいぶ賞賛の気配もあったりした。
褒められるのが苦手、なんてこたァねェ。だが、一等やりたかった「阿呆をぶっちめる」をし損じてんのにもてはやされるあの感じ、とにかく居づれえったらねェ。
「てっ……」
後ろからの、女の声。そいつが、すとんと落っこちる。
「あん?」
寄奴が振り返ると、女は腰を抜かしてやがった。
見りゃ足が震えてる。
足だけじゃねェ。腕も、歯もだ。
「何だお前、はったりかよ」
「う、うるせぇな。悪りぃかよ」
寄奴のところにちびが駆け寄ってきた。寄奴から預かった手綱、それから小銭、を返してくる。
「そっちは手綱の駄賃だ、取っとけ」
そう言って寄奴は手綱だけ受け取る。
ちびは女の方を向いた。
「いいよ、
「は、はい!」
張りのある返事のあと、寄奴に向き直る。
「ぼくは
一生懸命に首を垂れ、顔を上げてきたときの顔が期待に満ちてんのを感じる。また名乗んなきゃいけねェのか、寄奴はちいとばかし
が、英雄にでも会ったみてェな目で見られりゃどうしようもねェ。
「っこ、
思わず噛んだ。
ま、ちびァそれどこじゃなかったみてェだけどな。その顔が、ぱあっと輝く。
「
「そうしてくれ」
とにかく寄奴ァ、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。手綱を引く。
が、その視界の隅にゃへたり込んだまんまの女がどうしても入り込んじまう。ちびが心配そうに
「――あぁ、くそ!」
乱暴に女を小脇に抱えると、馬上に放り上げる。
見た目通り、驚くほど軽りィ。
「な、何しやがる!」
「そんなザマで何いきがってやがる! いいから言え、どこがお前らのヤサだ!」
こうなりゃもうヤケだ。やたらとつっけんどんな言葉尻になっちまったもんだから、女はびくりと目を見開き、固まった。
ったく、舌打ちひとつ、続いてガキも馬に乗せる。
「熹。姉貴を支えろ。できるな?」
「っは、はい!」
姉貴と違って弟は素直だな。しかしあっさり馬になじんでる辺り、馬に乗るのも初めてじゃねェみてェだった。
前に座ったちびの案内に従い、街を行く。
「――どうしてさ」
後ろから、女の声が降ってきた。
振り向く。
寄奴ァこん時になってはじめて、まともに女の顔を見た。
痩せこけちゃいるが、決して貧相な顔つきじゃねェ。鋭でェ、って言ってもいい。たぶん、まともに着飾ったら、相当な美人のはずだ。けどそん時ゃ、眼付きから発する意志の強さばっかりがやたらと印象的だった。
「どうして、ここまですんだ。あんたにゃ何の得もないじゃないか」
「うるせえな、気まぐれだよ」
そりゃ、素直に言うわけにもいかねェからな。
ちびを守る姉貴。いやでも寄奴が小さかった頃の画と重なっちまうんだ。もっとも寄奴の場合は姉貴じゃなく、かか様だったが。
出稼ぎに出てる親父殿を待つ間、
簫文寿さまを守りてェ。そいつこそが、寄奴が強くなりてェって思ったきっかけだった、って言っていい。
余計なこと思い出しちまった、バツが悪そうに、寄奴ァ頭を掻く。
「ともあれ、申し訳ねぇ。あたしからの礼が遅れちまったね」
謝りつつも、あんまり頭は下がんねぇ。いつもあんまり誰かを頼ったりしてこなかったんだろうな、ってのがよくわかる。
「ありがとう。あたしは、
――長くなっちまったな。これが寄奴の、奥方との出会いだ。
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