幕間 五柳先生亭にて
幕間 謝子を賞す
「
先生が、遠い目で杯を傾ける。
「愛嬌のある方だった。ついでに言や小心者で、見栄っ張りで。向こうに回した相手に、いつもビクビクしてたクセに、ここ一番じゃどデカいハッタリを突き通す。ああ言うのをクソ度胸、って言うんだろうね」
「ひでェ言いようだな、オイ」
「しゃあなしさね。そんでも、結局はとんでもないことを成し遂げなさったんだ。ちょうど、
「あーはいはい、分かりましたよ、じゃ謝太傅最高ってこってすね」
「実に話が早い、助かるよ君ィ」
「そりゃ痛み入ることで、ならついでに、謝太傅についてもう少し教えて欲しいんだが」
「構わないが、何をだい?」
「あの方が亡くなって、一気に
きふふ、先生が変な笑い方をする。
「つまり、それだけ太傅が偉大だったのさ」
「いやそう言うのはいいから」
「えー? なんだい、つれないねぇ」
そう言う問題かよ、思わずツッコんじまう。そしたら先生は不思議な笑みを残したまま「けどね、半分は本当なんだよ」って、また一杯を乾した。
「太傅でなきゃ抑えきれなかった。それほど、あの頃の晋の歪みはひどかったんだ。正直思うよ、あの方の
あの頃は、
ただ、そうもいうまくいかないのが世の常さね。のちに秦に服属することになる、ムロン・チュイ。奴の前に、西府軍はあえなく惨敗する。
元々この時点で、太傅は秦に対して最大限の警戒をしてた。加えて、そこに桓温を一蹴したムロン・チュイが合流したってんだから、たまらない。
それまでは、北は北、南は南で仲良く内輪もめを繰り返してきてたようなもんだった。秦は、間違いなくそんな太平楽な事態をひっくり返す。太傅はそうお読みになった。
チュイにボロ負けした桓温は、その後焦りからか、朝廷にちょっかいを出し始めた。あとは五胡どもとの戦いの中で、実感もしたんだろうね。「皇帝なんて、名乗ったモン勝ちだ」ってさ。揺らいだ自分の威光を、皇帝、っつう肩書きで補おう、ってんのさ。浅はかにもほどがあらあな。
さて、太傅は考えた。ボロボロになったとはいえ、西府軍は未だ強力だ。その勢力を可能な限り残しておけば、少なくとも強大化する秦への牽制にはなる。なら晋の国を護るためにゃ、その西府軍の強さをできる限り保った上で、
だから、桓温については変に反逆者扱いにはせず、あくまで同じ晋国の臣として扱った。その上で桓温からのちょっかいをのらりくらりと躱しながら、北府にいた信頼できる甥っ子――のちの大将軍、
そうこうしてるうちに桓温は死んだ。病死、って言われてるが……あぁ、いや、野暮な憶測は止めとこうか。
さて。
謝玄どの自体は、いくさごとにそれほど深く通じてたわけじゃない。が、
ただ、北府西府が強大になるのを見て誰が恐々とするって、朝廷さ。特に皇族たる
けど太傅は、硬軟色んな手で、朝廷をも押さえ込んだ。
太傅に、敢えて難を申し上げるなら、淝水以後のことを考えてなさ過ぎだった、ってことだろうね。
西府軍の実権を削がなかったから、いったん皇統が途絶える羽目に陥った。それに、強引に朝廷を押さえ込んだから、皇族どもは報復じみた行動に出た。
ただそれは、どう見積もっても難癖のたぐいだ。
全てが終わった後でデカい顔で評価を下せる史家どもの見解にしたって、太傅以上の良手は「早い段階で秦に臣属すること」くらいしかなかった。
今になると、思うんだよ。
宋王どのが活躍できたのだって、つまりは太傅のお膳立てあってのことだったんじゃないか、ってね。
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