後編②


「……はっ!」


 気がついた時、Aの体は小さなベッドの中にありました。

 周りに広がっていたのは、彼があの魔人と出会う数ヶ月前、単調で平凡な日常の中でずっとお世話になっていたマンションの自室でした。まるで悪い夢だったかのようにも感じられるほど、豪邸や財宝、そして大量の魔人ややかんが跡形も無く消え去っていたのです。


 先程までの状況を表すかの如く汗だくになっていた彼は、今までの「夢」で見ていた出来事を思い返していました。何でも成功すると思いこみ、次々に欲望が膨らみ続けた結果、あのような恐ろしい事態になってしまったのかもしれません。他人の力に頼り切った願望など、最後には破滅しか待っていないでしょう。やはり、願いは自分の力で叶えるほか無い、そう彼は考えました。もしかしたら、今までの自分を改める心があのような「悪夢」を見せていたのかもしれません。


「……よし!」


 心機一転、新たな一日を過ごすべく、彼はベッドから起き上がりました。


 そしていつものように台所に置いてあったコンビニのお握りやパンを袋から取り出し、ペットボトルのお茶をコップに注ぎ、それらをテーブルの元に持って行った時、Aはある違和感を覚え始めました。電車や自動車、人々の出す雑音、そしてカラスの声――外から聞こえるはずの音が一切聞こえないのです。

 周りの様子がどこか普通と異なるような気がしてきた彼でしたが、この時はまだ深刻には感じていませんでした。きっと防音効果か何かで聞こえないようになっているか、単なる気のせいだろう、と勝手に解釈していたからです。ところが、彼の周りでは次々と異変が起き続きました。



「あれ、おかしいな……」


 朝のニュース番組を見ようとリモコンの電源を付けても、テレビが一向に反応しません。DVDデッキにあるデジタルテレビ対応のカードを挿入し直しても、リモコンの電池を変えても、画面に映るのは黒い映像ばかり、まるで最初から何も放送していないかのようにも感じられるほどでした。それでも、きっと壊れているのだろうと彼は再び自らの中で理由を勝手に考えていました。普通の生活に戻れた喜びを奪われたくない、と考えていたかもしれません。


 ですが、出勤用のスーツを着こなし、外出の準備を整え、マンションの一室のドアを開いた瞬間――。


「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」…


 ――その願いは、あっという間に砕かれてしまいました。

 自室から見えていたはずの町並み、高架橋、駅、人々、ビル――すべての風景は、ドアの向こうにまったく広がっていませんでした。そこに存在していたのは、地面も空も一切区別なく、アラビア風のセクシーな衣装をまとった『やかんの魔人』が果てしなく埋め尽くしている空間だったのです。


「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…


 Aはずっと、今までの事が自らの頭の中で思い描いた「夢」であるとばかり信じ込んでいました。四つ目の願いを言う寸前までのあまりの非現実っぷりからすると、当然かもしれません。ですが、その現実を超越したかのような時間の中で、アラビア風の美女の姿を取った『やかんの魔人』は、一つの忠告を告げていました。


 一度叶えた願い事を取り消す事は出来ない、と。

 

 確かにAは、四つ目の願いを用いて別の世界へと移動し、心の奥底で願っていたであろうマンションでの平凡な暮らしに戻っていました。ですが、例え他の世界へと逃げ出したとしても、無限に現れ続ける『やかんの魔人』を取り消す事は出来なかったのです。



 短い髪に大きな胸、お腹や胸の谷間を存分に出し続けるアラビア風の大胆な衣装に身を包んだ女性。遥か上空から奈落の底、そして無限に広がる空間のずっと遠くまで、あらゆる方角、あらゆる場所は同一の存在によって覆い尽くされていました。今までの出来事は全て「現実」であった事を容赦なく突きつけられたAは、数限りない笑顔に見守られながら、呆然と立ち尽くすしかありませんでした。


 そして、そんな彼の心身は、明るい笑顔から放たれる言葉に包まれていきました。

 彼の三つ目の願い――『やかんの魔人を増やす』と言う内容が見事に叶った事を告げるかのように……。


「さあ、どんな願いも三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」三つまで叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」…


≪おわり≫

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やかんの魔人(♀)と三つの願い 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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