後編①

 これまで『やかんの魔人』は、どんな大きく無茶な願いも、今までずっと軽い返事で何でも叶えてくれていました。ところが、Aの傍らに何十人も現れ続けている彼女は、大量の魔人の数を減らして欲しいと言う四つ目の願いに関して、一斉に無理だと口を揃えましたのです。

 当然、理由も分からないAは何故なのか、と叫びました。自分は何でも成功に導く力を得たはずなのに、どうして今回のような全く上手くいかないと言う事態に陥ったのか、全く理解できませんでした。しかし、そんな彼を見た魔人たちは、はっきりとした口調で同じ言葉を告げました。『最初の自分』が行った忠告を覚えているか、と。


「一度叶えた願い事を、別の願い事で取り消す事は出来ない――あの時そう言ったの、覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」覚えてる?」……


「……あああああああ!!!」


 その途端、Aは愕然としました。三つ以上の願いを叶える事ばかりをずっと考え続けていた彼は、叶えてもらった願いを取り消す事が不可能と言う忠告をすっかり忘れていたのです。

 ですが彼が動揺している間にも、二つのやかんからは大量の煙が溢れ続け、その中からは新たなやかんの魔人が数限りなく現れていました。今や床には収まりきれず、空中にも何十もの数の彼女が浮かび続けていました。前後左右どころか天井まで埋め尽くさんとする勢いの大量の魔人を消去させる事は、もう不可能に近い状況になっていました。


「うわああああああああああああああああああああ!!!」


 大声で叫びながら混乱する頭を押さえ、押し寄せる何十、いやもはや何百と言う数にまで増殖した魔人を掻き分け、Aはこの部屋を脱出しました。たわわな胸を震わせ、セクシーな衣装で笑顔を向け続ける美女に取り囲まれると言う状況とは言え、あんなに大量の数が相手では喜びよりもむしろ恐怖の感情しか湧きませんでした。あのまま部屋の中にい続けたら、願いを叶える前に押しつぶされそうな勢いだったのです。

 それでも、彼女が増え続けているのはどうせここだけ、あの凄まじい様相の部屋さえ飛び出せば何とかなる――根拠のない期待を胸に、部屋の外に広がる廊下や階段を見渡した彼の心は、あっという間に絶望に包まれました。 


「あ、あ、あ、あ……」


 既に廊下の中も、湯気を思わせる大量の煙に包まれていたのです。


 左右どこを見ても、廊下の壁側にはやかんの魔人が潜んでいたあのやかんが置かれていました。それも一つや二つと言うレベルでは無く、煙に包まれて見えなくなっている遠方まで、延々と何百何千ものやかんが大量に並び、どれも沸騰するような音を立てながら大量の煙を充満させていたのです。目の前の廊下だけでもこの状態、この凄まじく広いAの豪邸のあらゆる場所に無数のやかんが置かれ、同じように煙を出し続けているのは目に見えて明らかでした。

 そして、彼の目の前で次々に煙が塊を成し始めました。彼の目の前、右側、左側、そして廊下の天井、あらゆる場所に現れた煙はやがて人間の形を作り、そして――


「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」「やっほー♪」やっほー♪」」……


 ――短髪に綺麗な顔つき、大きな胸にセクシーなアラビア風の衣装――何もかも全く同じ『やかんの魔人』が、何百、いや何千という数で現れ、あっという間に彼の周りの空間を覆い尽くしはじめました。


 四方八方を大量の美女に囲まれると言う状況ですが、今のAには一切の嬉しさは有りませんでした。とにかく無限に現れ続ける魔人を消す事しか、彼の心には無かったのです。しかし、それは無理だと言う無情な宣言が既に彼女から出され、彼の出来る手段はこの大量地獄から必死になって逃げる事しか有りませんでした。

 ですが、豪邸の中を覆い尽した無数のやかんと大量の煙、そして何千――いえ、もしかしたら既に万単位になっているかもしれないやかんの魔人から逃れる道は、もう残されていなかったのです。


「うふふ、願いを叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」……


「や、やめろおおおお!!」


 あっという間にぎゅう詰めになった廊下で、前後左右、そして上下から大量の魔人に囲まれ、もはやAは身動きが取れない状況に陥ってしまいました。沢山の体や胸、そして腕にもみくちゃにされ続け、もはや脱出する事は不可能ではないか、と諦めかけたその時でした。彼の頭に、一つの願い事が浮かんで来たのです。確かに今までの状況を取り消す事は不可能ですが、それらを放置した上で自分だけ逃げてしまう、と言う願いならもしかしたら叶えてもらえるかもしれない……卑怯な考えかもしれませんが、この状況を打破するには、それしかありませんでした。


「き、聞いてくれ!!俺の四つ目の願い事だ!!」


 そう言った途端、周りから一斉に全ての音が消え去りました。一瞬の出来事に驚いた彼でしたが、皆が自分の願いを聞いてくれる状況にある事を察知し、大声でその願い事を叫びました。




 自分を、別の世界へと逃げさせて欲しい、と……。

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