中編
『大金持ちにさせて欲しい』と言う二つ目の願いをやかんの魔人が叶えてから、数か月が経ちました。
あの日から、Aの元には次々とお金が入りこむようになっていました。部長から幹部、そして社長と言うあっという間の出世の中での給料アップは勿論ですが、様々な人からの寄付や様々な謝礼金などを始め、宝くじ、さらには競馬や競輪と言った賭け事からも次々にお金が貯まり続け、今や彼は立派なセレブの一員として名を連ねるようになっていたのです。
「いやー、本当にこの家は広いよなー」
背伸びをしながら呟く彼が今住んでいるのは、最近まで住んでいたマンション部屋の何百倍もの大きさを誇る巨大な豪邸。ここで彼は大企業を率いるトップとして忙しくも豪華絢爛な毎日を過ごしていました。何せ、あの二つ目の願いのお陰で、お金はいくら浪費しようと様々な形で湯水のように入ってきます。まさに今の彼の暮らしは天国のような物でした。
ですが、Aの欲望はそれでも収まる所を知りませんでした。
今は確かに彼は大企業の社長ですが、国会議員、政党のトップなど、より上の役職は多数存在します。それに、セレブの仲間入りと言ってもまだ新米扱い、もっと実力や実績が欲しい、と彼は願うようになっていたのです。さらには、僅かですが今の忙しさに億劫すら感じるようになっていました。
こういう願望が頭の中によぎり続けた時には、あの『やかんの魔人』に願いをかなえてもらうのが一番である、と考えた彼は、早速取り出そうとしました。彼にとって大事な宝物であるあのやかんは、今や頑丈な金庫の中に大事に収めるまでになっていました。
ところが、暗証番号を入力していざ取り出そうとした時、Aは重要な事を思い出しました。
「そう言えば……確か叶えてもらった願い事は二つだから……」
そう、アラビア風の美女の姿をした『やかんの魔人』が叶えられる願いは三つだけ、それ以上は不可能である、とあの時彼女はしっかりと忠告していました。もしここで変な願いをかなえようなら、後で必ず後悔をしてしまいます。ですが、今の彼には願いは一つどころか次々に思い浮かんでしまう状態です。一体どうすれば良いのか、と悩み始めた彼は、ある事に気が付きました。
確かに、最初の願いをかなえる前に魔人は願い事は三つまでと言っていました。ですがその時、彼女は一人の魔人が叶える事が可能な範囲が三つまでだ、と忠告していたのです。
と言う事は、もし『やかんの魔人』、つまり彼女が一人だけではなかったら――!
「よし……これならいける!!」
――はやる気持ちを抑えつつAがやかんの蓋をこすると、お湯がわいたような音が響くとともに口から大量の煙が現れました。それはやがて人型の姿を成していき――。
「やっほー♪」
――大きな胸に魅力的な体、セクシーなアラビア風の衣装を身に付けた『やかんの魔人』となって現れました。
久しぶりに見た美しい女性の姿を焼き付けんとやけに強く見つめる彼の視線に笑顔を返しつつ、これが最後の願いになる、と彼女ははっきりと告げました。後悔はしていないか、ちゃんと考えたのか、と。ですが、彼はそのような事は一切考えていませんでした。何せ、最初の願いのお陰で彼はあらゆることを「成功」に収めてしまう男に生まれ変わりました。今回伝える願いも、きっと完璧に叶えてくれるはずです。
そして、魔人の美貌に見惚れそうな自らを抑えながら、彼は三つ目の願いを彼女に伝えました。
「『やかんの魔人』……つまり『君』を、たくさん出してくれ!とにかくいっぱいだ!」
しばらくの沈黙の後、魔人から出た答えは――。
「……オッケー♪」
――相変わらずの返事の軽さに先程までの自信が弱り、本当に大丈夫なのかと心配してしまうAでしたが、彼女はその願いを叶える事が可能であると返しました。彼女自身の願い事を増やす事は確かに出来ませんが、三つの願いを叶えさせてくれると言う『やかんの魔人』そのものを増やすと言うのは可能だと言うのです。
魔人のウインクに再び顔を真っ赤にさせつつ、彼は心の中で大きく勝利のガッツポーズをとりました。やはり自分は何でも成功に収める事が出来る男、これで思いのまま無限に自分の願いを叶える事が出来るのですから。それにもう一つ、彼女がいっぱいいると言う事は、自分の傍らにはアラビア風の美女がたくさんいる、と言う事にもなります。まさに、男が思い描くハーレムと言う夢も同時に叶えてもらうと言う形です。
色々と思いは募り、つい顔がだらしなくなってしまう彼ですが、目の前の魔人に最後の力を発揮してもらわない事には始まりません。
「じゃ、いくよー♪」
そう言うと、彼女は指を大きく鳴らしました。そのまま美女の姿は元の煙に戻り、やかんの中へと消えていく――ここまではいつも通りの流れでした。ところがその直後、三つ目の願いを叶えたはずのやかんから再び大きな音が鳴り響き、その口からはたくさんの煙が出て来たのです。鼓動が早まるAの目の前で、煙は人間の形を成し始め、次第にその輪郭や色彩は鮮明となっていき、そして――。
「やっほー♪」
――セクシーなアラビア風の衣装に身を包んだ『やかんの魔人』が、再び姿を現しました。
「さぁ、どんな願いも三つまでなら叶えてあげる♪」
新しい彼女は、そのままAに願いを言うように催促し始めました。既に魔人には三つの願いを叶えてもらったはずですが、目の前にいる彼女は再び三つの願いを叶える力を有しているようです。すなわち、Aの考えは見事に成功したと言う事になります。あらゆることを成功に導かせる力があるとはいえ、あまりにも上手くいきすぎた事で、嬉しさのあまり彼は逆に緊張し、なかなか『四つ目』の願いを思い浮かべる事が出来ません。とは言え、これでいくらでも願いを実現させる事が出来るのですから、そこまで焦る必要はない事を次第に彼は勘づき始めました。
ようやく落ち着いた所で新たな願いを考え、そして口に出そうとしたその時。
「やっほー♪」
目の前の魔人はずっと無言の笑顔を見せたままなのに、それとは別の方向からもう一つの声が聞こえてきました。目線を彼女の横に向けた彼の視界に入ったのは、魔人の横にいつの間にか現れていた、もう一人の『やかんの魔人』だったのです。
「「どんな願いも、三つまでなら叶えてあげる♪」」
口をそろえて言う二人の魔人は、その声も顔も全く同じ。体つきの美しさやアラビア風も服装の大胆かつセクシーさも一切見分けがつきません。たくさん魔人がいて欲しいと願ったのは彼自身ですが、いきなり二人目が現れるとは予想だにせず、驚きの表情を見せていました。とは言え、これで一気に叶えられる願いは六つに増えた事に対しての嬉しさは彼の心の中にしっかりとありました。
ところがその直後、二人の彼女の後ろに、大量の煙が溢れ続けている事にAは気付きました。新たな魔人が現れた直後から、彼女が眠っていたやかんはずっと活動を続けていたのです。広い豪邸の一室を充満し始めた煙は、やがて幾人もの人間の姿になり始めました。そして――
「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」「やっほー♪」……
――四人、五人、八人、十人――まだ四つ目の願いもかなえていないうちに、やかんの魔人の数は増加の一途を辿り続けました。同じ笑顔に同じ衣装の美女が、煙と共にどんどん現れ続けていたのです。そして、三つの願いを叶える力を持つ彼女たちは次々に全く同じ言葉を口にし続けました。
「さぁ、願いを叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」叶えてあげる♪」……
確かに、『やかんの魔人』がたくさんいれば幾らでも願いはかなえられるとAは考え、目の前でその考えが見事に成功したと言う事がはっきりと証明されています。しかし、二人目どころか十数人、いや何十人も大量に現れ続けると言う事態になるとは、一切予想していませんでした。大きな胸が集まり、大量の彼女に願いを催促されて、さすがの彼もその美貌に喜ぶよりも焦りの気持ちが生まれ始めたのですが、突然耳に入った音を聞いてその表情はさらに驚きの物に変わりました。
魔人が現れ続けているはずのやかんは彼の前方にありました。ところが、それとは全くの反対側――彼の後方からも、突然やかんの大きな音が聞こえ始めました。慌てて後ろを振り向いた彼の目の前で、もう一つのやかんから大量の煙が噴き出し、そして次々と新たな『やかんの魔人』が姿を現したのです!
「やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」やっほー♪」……
今や彼女が増殖するスピードは二倍になってしまい、気付けば大きな豪邸の一室は溢れ続ける煙と現れ続けるやかんの魔人で溢れかえっていました。セクシーなアラビア風の衣装で次々と詰め寄り、新しい願いを言うようにせがみ続ける大量の声に、Aは圧倒されかかっていました。それでも、何とかこの状況を打破するための願い事を思いついた彼は、大量の彼女の声をかき消さんと大声で四つ目の願い事を告げました。
「やかんの魔人の数を減らしてくれ!このままじゃ、ぎゅう詰めだ!」
ところが、しばしの沈黙の後、何十人もの彼女は、一斉に首を横に振りました。そして、一斉に同じ言葉を告げたのです。
「その願いは無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」無理ね」……
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