black case

@isogin

第1話 新世界より愛を込めて

西暦211X年 世界は荒波の中にあった。人々の心は病み、暴徒と化した。

貧富の差や宗教問題などでは無く、唯自然と、するりと墜ちるように人間は凶暴な野獣になった。何故こうなっってしまったのかは誰にも分からない。

しかし、この地獄のような光景になる前の世界は誰もが幸福に満ちあふれたまさに理想郷であったらしい。

あらゆる紛争、戦争を終結させ、人種間による差別意識も徹底的に排除した。

高度に発達した科学、例えばiPS細胞による再生医療が不完全な人間を完全に戻し、人工知能を有したロボットの登場で人間は単純作業や複雑な頭脳労働からも解放された。

働かなくとも老いようとも何も心配することは無くなったというわけだ。

まさに天国・理想郷を作り上げた。


すべてがうまくいっていたーはずだった。


理想郷がいつ頃崩壊したのかは分からない。ただ長くは続かなかった。

こうして夢の世界が瓦解した後はただ暴力と死が蔓延る世界が待っていた。

クソみたいな世界が



「でも僕は分かるような気がします。絶望したんですよ、きっと」



     ♢     ♢     ♢     ♢     ♢

早朝八時東京二十五区にある古びたアパートの一室でもうほとんどの人が耳にしなくなったクラシック音楽バッハ作曲のトッカータとフーガ ニ短調が木霊した。

部屋の主である囀江零人さえずえれいとが音の発信先である装着型モバイルを見た。

トッカータとフーガに設定しているのは一人だけ。

零人は自然とため息を漏らした。

電話に出たくない気分を押さえて空中投影ディスプレイを操作し電話に出た。

「もしもし」

「囀江さん。おはようございまあす!」

朝っぱらから威勢の良い声で新田翔にったかけるが挨拶をした。

そんな新田の声でますます零人は気分を暗くする。

新田のテンションが高ければ高いほど零人のメンタルはガリガリ削られていくのだ。今日もとんでもない日になりそうだ、と零人は心の中で思った。

「お仕事の依頼をお願いします。詳しい話はいつもの場所で」

     ♢     ♢     ♢     ♢     ♢

元々は栄えていたであろう元・商店街に零人は赴いた。すべての店がガラスは割れ乾いた血の跡が生々しく残り、商品は店中に散らばり、家具もボロボロと中は荒れ放題になっていた。

元々の住人は殺されているか、この凶行の犯人であるか、どちらかだろう。

この荒れた商店街にある元・時代遅れの蓄音機が置いてあるレトロで渋い喫茶店が二人の密会場所だ。

案の定、店の中はガラスが散乱しているが二人が座る角張のソファとテーブルはきれいにしてある。

これから零人が会う新田翔はまだ幼さの残る若手公務員だ。

格好もいつも小綺麗に整えており、女子からの評判も上々と聞く。

しかし、少し悪趣味なところが見られるな、と零人は新田とのそう長くも無い付き合いで感じ取っていた。

こんな惨劇のあった商店街の一角を密会場所に選ぶくらいには捻くれている。

思案に耽って待っていると後ろからガラスを踏む音が聞こえてきた。

「ああ、早いですね囀江さん。いいなあ暇で」

「うるせえな。喧嘩売ってんのなら買うぞ」

冗談ですよぉ~などとおどけながら新田は零人の正面のソファに座った。

「朝飯買ってきましたよ。いっつもサンドイッチとコーヒーでしたよね。

 たまには違うのどうですか?紅茶とかどうです?やきそばパンもあるんです   よ!」

「いつものでいいよ。つーか仕事の話さっさとしろよ」

「せっかちだなぁ。ゆっくり食べてからにしましょうよ。僕、今日は時間あるんで す」

それから約二十分間朝食を食べ終わるまでの間、新田はほとんど一方的に自分の近況や仕事の愚痴、車の購入予定を話し零人をゲンナリさせてから、ようやく本題に入った。

「やっぱりスポーツカーは高かったんですよ…。ああ、それで仕事の話なんですけ どね…」

「やっとかよ」

「最近女子高生が殺されてる事件、知ってますよね?」

「女子高生も毎日殺されてるから分かんねえよ。どれのことだよ」

「ああ、そっか。報道規制されているんでした。待って下さい」

そう言うと新田は持っている鞄をガサガサと漁り、その中から小型モバイルディスプレイを取り出し、空中投影ディスプレイを呼び出してフォルダに入っている画像十枚を零人に見せた。どうやらニュースサイトのコピーらしい。

「これです。この女子高生たちですが、彼女たちは全員体の一部を切り取られてい

 るんです」

「随分と猟奇的なんだな。同一犯か?」

「警察の見解ではそうですね」

改めて記事を読んでみる。確かに遺体の一部を切り取られていることは伏せてあるようだ。

「皆それぞれ違う部位を持っていかれているんですよ。規制されているのは

 市民に恐怖を与えないためと、あとは模倣犯なんかを出さないためでしょうね。

 あと、切り口は素人のそれみたいですよ。医者ではないみたいです」

「範囲大分広いな。医者じゃない奴って」

朝二度目のため息をつきながら零人は記事をもう一度読み返す。

今度は被害者の写真を見てみると…

「気づきました?被害者は皆同じ学校なんですよ!」

上半身だけの写真だが皆同じ制服のようだ。

黒い生地に赤い線が入ったリボンが何とも印象的な制服だ。

「学校ももう調べてありますよ。清山学園ってところです」

新田はそう言うとニコニコと笑い出した。零人は新田のこの顔が苦手だ。

「囀江さんは非常勤講師として清山学園に潜入、事件の調査をしていただきます。

 そして、犯人を解明した後、即刻処分して下さい」


どうやら朝感じた嫌な予感は的中だな、と零人は心中で毒づいた。

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