最終章 それぞれの明日

 ロイドとジェームズはほうけたように遠くを見つめたままのアルカナ・メディアナを、回復した異能の力で取り寄せたロープで縛った。

「こいつはもう只のジイさんだ。何も心配要らない。国際手配もされている奴だから、世界中から問い合わせが殺到するだろう」

 ロイドは唖然としている首相に近づいて告げた。首相はハッとしてロイドを見たが、何も言葉が出て来ない。ロイドはそのガラス玉のような目を細めて、

「それから、建物に穴を開けて悪かったな」

 そう言うと、官邸に突き刺さっていた大型トラックを瞬間物体移動アポーツ能力で移動させた。それを見た首相はビクッとして身じろいだ。

「それでは、自分達はこれで」

 まだ眠ったままのかすみをお姫様抱っこしているジェームズが言った。

「え? あの、その……」

 首相がようやくそれだけ口にした時、ロイドとジェームズは瞬間移動して消えていた。

「救われたのか、我々は……」

 首相は瞬き一つせずにいるメディアナを見て呟いた。そして思い立ったようにスーツの内ポケットから携帯を取り出し、

「私だ。先程の五名の捜索を直ちに中止するよう各部署に連絡してくれ。それから、機動隊を召集、屋上で捕縛されているアルカナ・メディアナを確保するように」

 それだけ命じると、携帯を切り、フウッと大きな溜息を吐いた。


 かすみの家の前に残った手塚治子、片橋留美子、森石章太郎、慈照寺香苗は、かすみ達が勝利した事を感じていた。

「よかった……」

 治子と留美子は抱き合って泣いた。森石は香苗と顔を見合わせて、微笑み合った。

「ご苦労様、森石君」

 香苗が言うと、森石は頭を掻いて、

「それは俺じゃなくて、もうすぐここに戻って来る道明寺達に言ってやってください」

「そうね」

 香苗は目から零れ落ちそうになった涙を拭って応じた。

「あ……」

 治子が最初に気づいた。かすみの家の門の前にロイドとジェームズが瞬間移動して来たのだ。

「道明寺!」

 森石はかすみがジェームズに抱きかかえられているのを見て叫んだ。

「ジェームズ!」

 治子は涙ぐんでジェームズの名を呼び、駆け出した。留美子がそれに続く。森石は香苗を促すように目を向け、歩き出した。

「かすみさんがメディアナの力を消してしまった。もう奴は二度と異能の力を使えない」

 ジェームズは治子に微笑んで告げた。治子は目を見開いた。

「力を、消してしまった?」

 治子が鸚鵡おうむ返しに言うと、ジェームズは頷き、

「そう。まるで、掃除機で吸い取るようにね。だから、もう絶対にメディアナは復活できない」

 治子はそれでもまだ理解ができないのか、見開いたままの目でかすみの顔を見た。

「取り敢えず、かすみさんを部屋へ」

 治子は森石がかすみのスカートを覗き込もうとしているのに気づいて言った。

「あれ?」

 森石はかすみのスカートを覗き込んだのに何も見えないので、不思議に思っていた。

(どういう事だ?)

 それはかすみの力が森石の反異能アンチサイキックの力を上回ったからなのを彼は知らない。


 かすみをベッドに寝かせたジェームズが部屋を出ると、治子が待っていた。

「治子……」

 ジェームズは弱々しく微笑んだ。彼女が何を求めているのか、わかったからだ。

「違うわよ、ジェームズ」

 治子は覚悟を決めたジェームズに告げた。ジェームズはハッとして治子を見た。

「また今までどおり、いろいろ教えてね」

 治子のはにかんだ笑顔にジェームズはホッとして微笑んだ。

「凄いな、治子。架空の意識層を作り出せるのか?」

「ええ」

 二人は寄り添い、廊下を歩いて行った。


 そして、夜が更けた頃、かすみは自分のベッドの中で目を覚ました。

「私、一体……?」

 かすみは目を動かして、そこにいる人達を見た。治子と留美子と香苗がすぐそばで彼女の顔を覗き込んでおり、その後ろにジェームズ、ロイドがいて、更にその後ろに森石がいた。森石は心なしか不満そうな顔をしているように思えた。

「かすみさん、ありがとう。貴女のお陰で、みんなが救われたわ」

 治子が涙ぐんで言った。留美子は大きく頷き、

「本当にありがとう、かすみさん」

 そう言いながら、涙を零した。

「道明寺さん、よくやってくれたわ。メディアナのテロで犠牲になった全ての人々に代わって、お礼を言います。ありがとう」

 香苗は泣いてはいなかったが、目を赤くしてかすみを見ていた。

「私、何も覚えていなくて……」

 かすみは起き上がりながら言った。治子と留美子がそれを助けて、かすみはベッドの上で半身を起こした。

「覚醒したお前は圧倒的だったぞ。俺ですら、怖くなった程だ」

 ロイドは相変わらずの無表情な顔で言った。かすみはロイドを見て、

「怖くなったって、何よ、ロイド。酷い事言うのね」

 口を尖らせた。ジェームズは微笑んで、

「悪い意味ではありませんよ。かすみさんの圧倒的な力は確かに驚異的でしたが、決してアルカナ・メディアナのように威圧的なものではありませんでしたよ」

「そうですか」

 かすみはジェームズを見て微笑み返した。

「お前達の捜索も首相の命令で全部撤回されたみたいだから、安心しろ」

 森石がまだ不満そうな顔で言い添えた。かすみは森石を見て、

「そうなんだ。よかった」

 そう言って、治子、留美子、ロイド、ジェームズを順々に見た。すると、ロイドが不意に部屋を出て行きかけたので、

「ロイド、どうしたの?」

 かすみは不安になって尋ねた。ロイドは振り返らずに、

「片がついたから、もうここにいる理由はない」

 あっさりとした口調で応じたので、かすみはムッとした。治子と留美子はハッとしてロイドを見た。

(ロイドさん、行ってしまうつもりなの?)

 確信がある訳ではないが、治子にはかすみのロイドに対する感情がわかったような気がした。

(かすみさんはロイドさんを……)

 そこまで考えた時、

「治子さん」

 かすみが治子の手を掴んだ。治子はかすみを見て、

(かすみさんに気づかれたのか……)

 バツが悪くなり、苦笑いして応じた。かすみはよろけながらベッドから出て、ロイドに近づいた。

「いる理由はあるわ。貴方は私の一番大切な人なんだから、どこにも行ってはダメ」

 かすみのその言葉にロイドより森石が驚いた。

「ええ!?」

 大声を出したので、香苗が森石の脇腹を肘で軽く小突こづいた。すると、ロイドはチラッと振り返り、

「だったら、冷蔵庫には瓶の牛乳を置いておけ。紙パックの牛乳は飲めないからな」

 それだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。

「わかった。そうするね、ロイド」

 かすみはニッコリして応じた。

(道明寺はあんな無愛想な奴のどこがいいんだ?)

 森石は悲しそうな顔で思った。治子は森石の心を覗けなかったが、あまりにもわかり易いリアクションだったので、目を細めて彼を見た。

(森石さん、最低。新堂先生が可哀想)

 それは留美子も同じ気持ちだった。


 そして、翌日。

「おっはよう、かっすみちゃあん!」

 いつもと変わらない朝が来ていた。そして、いつもと変わらない横山照光のバカっぷりである。

「少しは学習しろ、果てしないバカめ!」

 いつもと変わらない五十嵐美由子の鞄角攻撃が炸裂する。

「ぐげえ!」

 横山はその衝撃にえ切れずにうずくまった。

「おはよう、かすみちゃん!」

「おはよう、かすみさん」

 そこへ風間勇太と桜小路あやねが来た。

「おはよう、みんな」

 かすみは以前と変わらない笑顔で四人に挨拶した。

「昨日は大変だったみたいね。でも、かすみさんも片橋さんも無事でよかったわ」

 あやねが小声で言った。かすみは苦笑いして、

「ありがとう、あやねさん。大丈夫かな、私、普通に登校しちゃって」

「大丈夫だよ。夕べ、首相が全部会見で説明してくれたから。何が起こっていたのか、そして、どうしてそれが解決されたのかもね」

 勇太がウィンクして告げたので、かすみはムッとした顔のあやねを気にしながら、

「そうなんだ。全然知らなかった」

 すると復活した横山が、

「世界中がかっすみちゃあんの敵になったとしても、僕は絶対にかっすみちゃあんの味方だから、安心して!」

 満面の笑みで言ったが、次の瞬間、美由子の第二撃が決まり、沈んだ。バカな男である。

「あんたは全人類の敵でしょ!」

 かすみはあやねや勇太と共に大きな声で笑った。


「また急な話ね、新堂先生」

 香苗は、天翔学園の理事長室で高等部の教師である新堂みずほと話していた。二人の間にあるテーブルの上には、「退職願」と書かれた封書が置かれている。

「申し訳ありません、理事長。でも、章太郎さん、いえ、森石さんがどうしてもって……」

 みずほは顔を赤らめて言った。香苗は微笑んで、

「森石君は女癖が悪いようだから、気をつけてね」

「はい。ありがとうございます」

 みずほは深々と頭を下げた。


 片橋留美子は一足早く登校して、保健室にいた。

「まあ、振られた者同士、という訳でもないが、相談くらいなら乗れるぞ」

 保健教師の中里満智子はションボリしている留美子に微笑んで告げた。

「はい、中里先生」

 留美子の自分を見る目に何かを感じた中里は、

「すまないが、私にはそういう趣味はないからな」

 顔を引きつらせて言った。


 かすみ達が校門の前まで来ると、そこには森石が立っていた。かすみはニッとして、

「森石さん、おめでとう。遂に新堂先生と結婚するのね?」

 森石はそんな事をいきなり言われるとは思っていなかったので、仰天してしまった。

「お前、もしかして……?」

 嫌な汗を掻いて森石がかすみを指差す。かすみはニコッとして、

「ええ、全部見えてるよ」

 森石は首が折れそうなくらい項垂れてしまった。

「お幸せにね、森石さん」

 かすみはそう言って校舎へと駆け出した。

「白……」

 その後ろ姿を目で追った森石は、初めてかすみのパンチラを見た。

(もしかして、結婚祝いに見せてくれたのか、道明寺?)

 バカな男はここにもう一人いた。


 

                                   完

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サイキックJKかすみファイナル 神村律子 @rittannbakkonn

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