第四十六章 メディアナの逃亡
力でアルカナ・メディアナを圧倒した道明寺かすみは、一歩ずつ、コンクリートの床に這いつくばっているメディアナに近づいていく。かすみを見上げているメディアナは、首相官邸を占拠したときのような傲慢さも自惚れも消失していた。あるのはかすみに対する恐怖心のみである。
(何をするつもりだ……?)
メディアナの顔は汗塗れになっていた。彼は今まで多くの人達にして来た事を回想し、自分がどんな殺され方をするのか考えた。だが、思いつかなかった。かすみの力であれば、一瞬にして存在そのものを消滅させる事も可能だろう。しかし、それほど簡単に殺すだろうか? じわじわと苦しみを味わわせた挙げ句、殺されるのではないか? 考えれば考える程、彼は震えが止まらなくなって来た。
(メディアナが震えているのか?)
老人の怯えようを目の当たりにし、妻子をテロで殺害されたジェームズ・オニールは、その自己中心的な反応に憤りを覚えた。
(あれほど人命を奪った男が、自分が死に直面した時、あからさまに
命乞いをした者を有無を言わさず殺した男が、自分の死に恐怖しているのだ。遺族としては、怒りに震えて当然であろう。
(何とかこの状況から逃れる術はないか? 地下に潜り、時が経つのを待ち、再起する方法は……?)
この期に及んで、メディアナはまだ生き延びようとしていた。そして、考えた末、一つの手段に思い至った。
(それならばいけるかも知れぬ。かすみもそこまでの力はあるまい)
メディアナは顔を伏せてニヤリとした。ちょうどその時、かすみがメディアナの目の前に来た。視界の端にかすみの爪先が見えたので、メディアナはハッとしてもう一度かすみを見た。かすみは相変わらず、虚ろな目をしていて、どこを見ているのかわからないが、メディアナの方に顔を向けていた。メディアナは腕に力を入れて、起き上がり、膝立ちした。
(何をするつもりだ?)
ジェームズとロイドが身構えた。だが、彼等には攻撃する力は残されていない。只、メディアナとかすみを見ているしかない。
「かすみ、悪いが私はまだ終わる訳にはいかないのだよ。またいつか会おう」
メディアナはフッと笑い、
「その手があったか!」
悔しそうに見上げるジェームズとロイドだったが、かすみはその虚ろな目を離れて行くメディアナに向けただけだった。
「こんな形で逃げられてしまうのか!?」
ジェームズは歯軋りしたが、どうする事もできない、それはロイドも同じだった。
「さらばだ、愚かな者共よ!」
メディアナは高笑いをして東京を飛び去り、自分の船がある公海までそのまま飛行を続けた。
(さすがのかすみも、飛び去る私を引き止める術はなかったようだな。全く想定外の力を持っていたが、次に会う時には私の方が強くなっている)
メディアナは船に降り立ち、出迎えの美女達に囲まれて自分の部屋へ行った。そして、ソファで寛ぎ、あちこち痛む身体を医師に診断させながら、美女がグラスにワインを注ぐのを眺めていた。
(この痛みは何倍にもして返すぞ。必ずな)
メディアナは狡猾な笑みを浮かべ、かすみばかりではなく、ロイドとジェームズに対しても復讐を誓った。
(この何十年、力を向上させるトレーニングをしていなかったが、再開すれば、あの女の実力などすぐに追い越せる)
彼の顔はまた自信に満ち溢れ始めていた。
「船を出せ。南極に向かうのだ」
メディアナはテーブルの上にあるインターフォンのボタンを押して命じた。船がゆっくりと動き出した。メディアナは用意された車椅子に移り、医務室へと移動した。MRI検査を受けるのである。
(ダメとわかったら、恥も外聞もなく逃げる。その決断ができない者には世界を統べる機会は永遠に訪れない)
メディアナはMRIの診察台に寝そべりながら自分の行動の正当性を理論立てていた。
(王者は私だ。他の誰でもない)
彼は満足そうに笑い、夢見心地で検査を受けた。だが、いつまで経っても、検査が終わった様子がない。時間がかかり過ぎだと思ったメディアナは、機嫌を損ねて目を開いた。
「何!?」
驚いた事に、そこは医務室ではなかった。屋外だ。目の前には青空が広がっている。そして、寝そべっている背中の下は、ヒンヤリとした感触で、固い。
「バカな!」
ようやく状況が把握できたメディアナは、骨折の痛みも忘れて飛び起きた。
「夢から覚めたら、どんな気分だ、外道?」
目の前にはかすみとロイドとジェームズが立っていた。
「どういう事だ……?」
メディアナは混乱していた。一体何が起こったのか、理解できない。自分がいるのが、首相官邸の屋上なのはわかった。だが、どうしてそこにいるのか、全くわからないのだ。
「お前はかすみさんから逃げられたと思ったのだろうが、そうではなかったようだな」
ジェームズがフッと笑って告げた。その言葉でメディアナは理解した。
「まさか……?」
視線をかすみに向ける。かすみはまだ目は虚ろで、自分を見ているとは思えない。
(かすみの
メディアナの顔がまたしても汗塗れになった。
(今度こそ、殺される……)
彼の顔が引きつり、その色が次第に悪くなっていく。目が小刻みに揺れ、呼吸は短く速くなり、鼓動も激しくなっていた。
「ひっ!」
かすみが一歩前に出たので、メディアナは思わず
(殺される!)
一体どんな殺され方なのか? 焼かれるのか? 砕かれるのか? 八つ裂きにされるのか? 想像しているうちに
「……?」
かすみの掌が強く輝きを放ち始めた。それは次第に大きくなり、メディアナを覆い始めた。
「うわああ!」
恐怖のあまり叫び声をあげたメディアナだったが、動く事ができない。やがて彼の視界はかすみが放つ光で覆い尽くされ、何も見えなくなってしまった。
(これが死というものなのか?)
メディアナはそこまで来てようやく覚悟を決められた。
(私が負けたのだな、道明寺かすみ……。残念だよ……)
彼はゆっくりと目を閉じ、死を受け入れた。しばらく静寂が支配していたが、
「カスミ、何をしたんだ? 外道は全く何ともないぞ」
ロイドの声が聞こえた。不思議に思い、目を開くと、自分がまだ生きている事に気づいた。
「むっ?」
ロイドとジェームズは力が回復するのを感じた。
「何だ、一体?」
二人は顔を見合わせてから、かすみを見た。その瞬間、かすみが崩れ落ちるように倒れた。
「カスミ!」
「かすみさん!」
ロイドとジェームズが素早く彼女を抱き止めた。かすみは小さな寝息を立てて眠っていた。
「もしかして?」
ジェームズが何かに気づき、メディアナを見た。メディアナは外見は全く変化はなかった。だが、明らかに老け込み、衰えたように感じられた。完全回復した
「なるほど、そういう事だったのか」
ロイドもメディアナの異変に気づいていた。メディアナ自身は
「終わったようだな」
ロイドが呟き、かすみを見た。ジェームズもかすみを見て、
「そのようだな」
そう応じて、微笑んだ。長い戦いが幕を下ろしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます