第四十五章 かすみ覚醒

「まさか……」

 先程まで絶対的な力を誇示していたアルカナ・メディアナの口から出たのは、その一言がやっとだった。それは、ロイドとジェームズ・オニールにしても同様だった。

(カスミは覚醒したのか?)

 ロイドは、かすみが虚ろな目のままなのを見て、一抹の不安を抱いていた。

(かすみさんは一体?)

 ジェームズにしても、かすみが潜在能力を覚醒したのかどうかはわからない。彼女の意識層はまるで見通せないのだ。

(この保護幕シールドは、森石さんともう一人は……)

 アンチサイキック能力のシールドがかすみを取り巻いているのに気づいたジェームズは、森石の事には思い至ったが、天翔学園理事長の慈照寺香苗の事はわからなかった。それは彼女のアンチサイキック能力故である。

(だが、それだけではない。それだけでは、メディアナのあの波動を防ぐ事はできないはず……)

 そう考え、ジェームズはかすみの覚醒を確信した。

(そうでなければ、考えられない事が起こっているのだから)

 フッと笑みを零し、彼は半身を起こした。

「なるほど、覚醒したのか、かすみ? だが、私の攻撃を防げたのは、どうやらアンチサイキックの応用のシールドのお陰もあるようだな」

 メディアナはニヤリとしてかすみを目を細めて見た。彼はまだ、かすみの覚醒を脅威と感じていない。だが、メディアナの声にかすみはまるで無反応のままだ。

「カスミ……」

 ロイドも身体を起こして、メディアナとかすみを交互に見た。

「アンチサイキックは万能ではないのだよ、かすみ!」

 メディアナは再び高笑いをして、かすみの周囲に直径が数メートルはあろうかという火の玉を一気に四つ出現させた。

発火能力パイロキネシスか!?」

 ジェームズが目を見開いた。ロイドは何とか力を使おうとしたが、何もできない自分に気づいた。

(燃料切れか……?)

 メディアナとの念動力サイコキネシスの凌ぎ合いで力を使い尽くしてしまったのだ。

「パイロキネシスの炎はお前には届かない。しかし、炎で熱されたコンクリートと周囲の空気がお前を焼き尽くす!」

 メディアナは勝ち誇った顔で言い放ち、笑った。火の玉は次第に距離を詰め、かすみに迫っていく。屋上のコンクリートの床が熱せられ、溶け始めた。空気も温度が上昇し、対流が起こり出している。

「かすみさん!」

 ジェームズが思わず叫んだ。離れたところで見ている首相は、突然現れた高校生と思われる少女に驚いてしまい、その後の展開についていけなかったが、かすみがピンチなのは何となく理解できた。

(あの子はこのままでは焼き尽くされてしまう!)

 だが、自分には何もできない事も理解していた。

「どうした、かすみ? 覚醒したのではなかったのか?」

 メディアナは愉快そうに笑いながら尋ねた。だが、かすみからは返事はない。すでに火の玉が彼女の姿を覆い隠してしまっていた。

「くそ、何もできないなんて……」

 ジェームズもロイドと同じく、攻撃の力が使えなくなっていた。

「む?」

 だが、ほんの少しだけ使える精神測定サイコメトリーの力で、かすみが全くの無傷なのがわかった。ジェームズはロイドと顔を見合わせた。

(あの炎の量だと、周囲は到底人間が呼吸をできる温度ではないはずだ。だが、カスミは……)

 ロイドはメディアナの炎よりも、かすみの状態に驚愕していた。

「ぬ?」

 メディアナも、かすみがダメージを受けていないのに気づいた。

(そんなはずがあるものか……。あの炎の向こうは灼熱地獄のはずだ。無事でいられる訳がない!)

 メディアナは現状を認めたくなかった。それは自分の力がかすみに及ばないという事だからだ。

「何!?」

 そして彼は、次の瞬間、もっと信じられないものを見た。火の玉が一瞬にして凍ってしまったのだ。ロイドもジェームズも唖然とした。

「炎が凍る?」

 ジェームズが思わず呟いた。実際にはそのような物理現象はあり得ない。だが、氷結があまりにも速かったので、そう見えたのだ。凍った炎は更に次の瞬間、消失した。

「……」

 メディアナは言葉もなく、その向こうに先程と全く変わりのない状態で立っているかすみを見た。

「おのれえ!」

 我に返ったメディアナは逆上し、次々に火の玉を作り出してはかすみに向けて放出した。乱れ打ち状態だ。無数の火の玉がかすみに襲いかかった。だが、かすみが右手を突き出すと、その火の玉は静止した。

「何だと!?」

 メディアナは仰天して一瞬反応が遅れてしまった。かすみは静止させた火の玉をそのままメディアナに撃ち返したのだ。

「くそ!」

 メディアナは瞬間移動でその場から逃げ、火の玉をかわした。火の玉はそのまま飛翔して消えた。

(自分の力は自分には効かないのをわかっていながら、逃げてしまった……)

 メディアナは認めたくはなかったが、もう無理だった。彼はかすみを恐れているのだ。だから、逃げなくてもよかったはずなのに思わず逃げてしまったのだ。

(メディアナが狼狽うろたえている……。あのメディアナが……)

 ジェームズは信じられないという顔でそれを見ていた。

「くっ!」

 次にメディアナはかすみの反撃を受けた。サイコキネシスである。

「ぬおお!」

 メディアナは全力でその波動を自分のサイコキネシスで受け止めていたが、ジリジリと後ろに下がっていた。かすみがまた右手を前に突き出した途端、メディアナの身体が吹っ飛び、遥か後方にあったロイドが落とした大型トラックの荷台に叩きつけられた。

「ぐうう……」

 メディアナは口から血を吐き、そのままずり落ちてコンクリートの床に倒れ臥した。

(これが、カスミの真の力、なのか……)

 ロイドはあまりにも想定外なかすみの強さに恐怖を感じてしまった。

「おのれ……」

 メディアナは汚れた顔を上げ、口から流れ出した血を右の袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。

「恐れていた事が起こってしまったな……。道明寺かすみは聞きしに勝るサイキックだった。やはり、もっと早く殺しておくべきだったのだ……」

 メディアナの言葉にロイドは眉をひそめた。

(奴はカスミを以前から知っていたのか?)

 ジェームズはようやく立ち上がってメディアナを睨みつけると、

「どういう事だ?」

 メディアナはチラッとジェームズを見て、

「答える必要はない。答えたところで、何もならぬ」

 もう一度かすみを見た。かすみが三度みたび右手を前に突き出した。

「ぬあ!」

 メディアナの身体がもう一度吹っ飛び、さっきより強くトラックの荷台に叩きつけられた。

「あがあ!」

 鈍い音が聞こえた。彼の骨が何本か折れたようだった。そして、また重力により、老人はコンクリートの床に落ちた。

「さすがだ、道明寺かすみ……。だが、ここで死ぬ訳にはいかない……」

 そう言い残すと、メディアナは瞬間移動した。

「くそ!」

 ジェームズとロイドが異口同音に叫んだ。だが、

「何!?」

 メディアナはそこから数メートル離れた場所に現れ、呆然としていた。

(これは、クロノスの能力……?)

 ジェームズはかすみを見た。かつて彼の部下だったマイク・ワトソンの瞬間移動の応用だったのだ。

(かすみさんの力は、一度見た能力を自分のものにしてしまうものなのか?)

 火の玉を消し去ったのは、ラテン男のカルロスの能力だった。

(もしそうであれば、かすみさんは最強のサイキックだ……)

 ジェームズは救いの神に見えたかすみに恐怖を感じた。そして、彼以上に恐怖を感じているのは、メディアナだった。彼は震えていた。かすみはゆっくりとメディアナに向かって歩き始めた。

(どうするつもりだ、カスミ?)

 ロイドもよろけながら立ち上がった。

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