跋文 Appendix to the radix

ある娼婦の庶幾


 親愛なるジルダ嬢


 お久しぶりです。あなたが元気ではないことを、私は知っています。私のせいであなたの身体を傷つけてしまったこと、本当にごめんなさい。そして礼儀を知らず、このような不躾な手紙を寄越してしまったことも謝ります。けれど、あなたが最後までこの手紙を読んでくれることを願っています。


 私は『シア・モンテイロ』としてのあなたに仕事を頼みたく、この手紙をしたためました。


 もしかしたらあなたは「なぜ私が生きているのか」と思っているかもしれません。私はあの月夜に、あなたと交わしたばかりの約束を破り、あの中庭で『ルイ・オジェ』としての命を果たすつもりでいました。そして、オルガ協力のもと、バーバラだけをあの館の外へ連れ出すはずでした。けれど、不意に落ちた瞼を上げると、私は見知らぬ場所に横たわっていたのです。姿形も、私が『ルイ・オジェ』に選ばれる前に戻っていて。

 オルガから短剣と共に受け取っていた気休めのための痛み止めが、私の意識を奥深くまで落としたのかもしれません。今でも『ルイ・オジェ』として過ごした日々が、夢の中の出来事だったように思えることがあります。けれど、枕元に飾られていたオシロイバナが、それが夢でなかったことを私に示しました。どうやら私は生き長らえてしまったようだと気づいたのは、起き上がってしばらく経ってからのことでした。

 私は今、メイ・サイファの仲間と名乗る方々に匿われています。彼ら曰く、いずれメイがバーバラを連れてくるとのことでした。しかし、いくら待てどもメイは現れません。私を匿った方々は何も教えてくれませんでしたが、メイがバーバラを連れたまま行方を暗ましたということは、彼らの言動から読み取れました。おそらくメイには、あの子を売る先があったのでしょう。バーバラの頭に移殖された、脳チップとも呼ばれる物質。生体適合性集積回路。それが大変貴重な代物だということは、あの館の最上階に住まう者なら、詳しくはなくとも、知らない者はいなかったはずです。それはメイ・サイファも例外ではありません。


 フォウ・オクロックではかつて、クローンを生み出す実験を行っていたことがあります。脳チップの移殖先を作り出すため、脳死状態の女性を母体として、脳チップと組織適合するクローンを育てていました。館で生まれ育った私にとってその実験は興味の対象で、よく覗きに行ったものです。実験のために訪れてくる外部の人との触れ合いも、私にとっては新鮮でした。


 ……少し、昔話を書かせてください。


 私は、そのときに知り合った一人の若い医者と、私は恋に落ちました。

 彼の名前はクリストファー・ダイン。髪色を赤に染めていましたが、根本から黄色い毛が生えていたので「アマリリスみたい」だと、よく茶化して笑いあっていたのを覚えています。

 彼は真面目で優しくて、けれど何よりもその髪色のようにユニークなところが、私は好きでした。やがて、私の想いは通じ、私たちは晴れて恋人同士になれましたが、誰にもそのことを告げることはできませんでした。二人の関係はあくまで秘密のもので、人前で話すことも、手紙を宛てることも、診察室以外では触れ合うこともできません。そんな状況が続く中でも私は、いつかは彼との子どもを授かりたいと願うようになりました。

 それは、叶うはずがないからこそ祈りたくなるような、そんな儚い想いです。しかし、それを知った彼は、私の身体から卵子を取り出して、自らの精子とで受精卵を作り出し、それを実験で集められた脳死状態の女性の子宮へ移す、という計画を立てました。体外受精による代理母出産。私たちが結ばれることも、自然妊娠することも、決して認められない。だからこその手段だと。やがて、私たちはその計画を実行しました。

 そうして産まれたのが、バーバラです。

 幸いなことに、その行為は最後まで誰にも知られることはありませんでした。実験の中で生まれてくるはずのクローン体。彼は危険を冒してまで、カルテを偽造して、バーバラを生かしました。染色体異常のための性別の不一致、つまり、あくまでもリザーブとして保護観察されていくように。


 私とバーバラは血の繋がった親子です。

 これは比喩などではなく、今まで語ることのできなかった真実です。あの子は何者かのクローンなどではありません。私はずっと母親であることを隠し、今まで過ごしてきました。けれど、ようやく、私は母になれるのです。


 Rara Dine’s baby→ Barbara Sidney


 カルテに書く名前を決めるとき、私は彼に頼んで自身の名前をアナグラムにして忍ばせました。この名が、私たちの親子関係を、拙くも強く結ぶ証になると信じて。


 シア・モンテイロ様。あなたの所在は「世界警察」を名乗る方から伺いました。どうかお願いです。あの子を捜して、救い出していただけませんでしょうか。あの子に会えるなら、私は何でもする覚悟でいます。お金が必要であるならば、生涯をかけてでも支払います。

 明日の午後四時、あなたのお知り合いの方に手紙を渡したのと同じ場所で、私はあなたを待っています。


 同じ母親として、祈りと願いを込めて。


          ララ・ダイン

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