12-3 最終報告

「余談ですが、レインの専属メイドであったジルダが、アガズィア・ノイン・スクーニーに捕らえられたことで、レインの面倒を見る者が居なくなったため、その日のレインへの食事運搬などの世話は、カルゴが代わりに行ったそうです。意外と律儀な奴ですよね。そしてその夜、彼はジョー・セブンの一味にやられて意識を無くし、気づいたときには最上階には誰もいなくなっていた。そして、何とかエレベーターホールを開けて外に出て、オルガを探し歩いていたところで我々に捕まったというわけです」

 ゼノは、不貞腐れたカルゴの様子を思い出し、哀れんだ。

「『ルイ・オジェ』の所在は不明です。彼女をオルガから預った闇医者は、『ルイ・オジェ』の整形手術を頼まれていました。写真を渡されて、その通りに姿を変えてほしいと。術後、目を覚ました彼女はしばらくすると、忽然と姿を眩ましたと、闇医者は証言しています」

 ゼノは大きなため息を吐く。

「オルガに尋ねても『ルイ・オジェ』の所在に関する証言は、何一つ出てきません。館で最期を迎えた彼女こそが『ルイ・オジェ』なのだと、そう言い続けるだけです。もしかしたらオルガでさえも、その後の行先については、本当に知らないのかもしれません」

 そして、ゼノは息を整えるようにして続けた。

「ここからは私の推理ですが、関心があれば聞いてください」

 編集点を置くように間を置いて、口を開く。

「こう捉えるとスッキリするんです。『ルイ・オジェ』は元々、自分ではなく、バーバラと呼ばれた少女を館から連れ出す計画を、オルガと企てていたのではないかと。バーバラを館から救い出す、その万全を期すがために彼女は、パンケーキに睡眠薬を混ぜて配るという行動を起こした。つまり、薬が羅列されたメモは、やはり『ルイ・オジェ』がバーバラのために残したもので、彼女は本当に中庭で自決するつもりだったのではないでしょうか。けれど、オルガがそうさせなかった。何らかの方法で『ルイ・オジェ』を眠らせて、先程の手順で館から連れ出したのです。バーバラは置いたままで。メイ・サイファら革命団もその計画の情報を掴んでいました。しかしそれは、バーバラ救出の筋書きであったため、闇医者の元に運ばれてきたのがバーバラでなかったことに焦ったのでしょう。そこでメイ・サイファが、咄嗟の機転を利かせてカルゴを館に呼び出し、再びバーバラを館から連れ出す計画を提案したのです。しかしそれもジョー・セブンらの急襲により、失敗してしまいました。まあ、最終的には目的の通り、メイ・サイファはその少女の身体を手に入れることができたようですけどね」

 ゼノは話を続けるのに、一拍置いた。それはこれからが締め括りだと意識してのことだった。

「では話を戻して、コードレス連続殺人事件について纏めます。事件の犯人は言うまでもなく、オルガ・セサビナでした。カードについていた花粉と、館の最上階にあった花の花粉とが一致したことで、そこの住人として登録されていた彼女が重要参考人であることは、確信していました。娼婦になる前のことですが、彼女は屠畜場で働いていた経験があります。そこで彼女は、家畜の屠殺監督を行っていたそうです。そのときに、薬物の扱いと解剖の仕法を覚えたのでしょう。それと彼女は、被害者と思われる『ルイ・オジェ』の元候補生らとの面識もあります。少なくとも同じフロアで長年過ごしていたのですから、浅からぬ関係があったのかもしれません。彼女は巧みに元候補生らを扇動し、各地に呼び寄せて殺害した。現場が世界警察の本部からルワン国に近づいていったのは、彼女なりのメッセージだったのだと私は感じています。『気づけ』という。今まで見過ごされてきたフォウ・オクロックで起こる悲劇の繰り返しを、我々に止めてほしかったのかもしれません。結局は間に合わず、最後の犠牲者が出てしまいました。まあ、彼女の行動により私があの国に導かれて、館の実状が明らかになったので、あながち失敗だったと言えないのかもしれませんが。どちらにしろ、彼女は複数の国に跨って殺人を犯してきました。まずは逮捕されたラフサ国で裁判が開かれますが、最終的には我々が預かり、取り纏めの国際裁判にかけることになるでしょう。スピン・ソイルでの死刑執行の第一号になるかもしれません。とにもかくにも我々はこれから、オルガ・セサビナの各国への輸送手配と情報提供の作業を行わなければなりません。本格的に身柄を引き取れるようになるまで、数年はかかるでしょうね。私の仕事は、ラフサでの非公式な事情聴取と、この報告書の取り纏めでおしまいです。もうこれ以上は働きませんからね。何か質問があれば、休暇の後にお答えします」

 ゼノは他に報告することがないか一度考えを巡らせて、私からの報告は以上です、とだけ告げて録音機のスイッチを切ろうとした。しかしその間際、思いとどまり指を止める。

「あー……局長。最後に一つ、個人的な意見をいいですか?」そう尋ねると、ゼノは深呼吸を置いて話を続けた。「我々はこれ以上『ルイ・オジェ』を追う必要があるでしょうか。まあ確かに、彼女はコードレス連続殺人事件の参考人に値するかもしれません。ですが、仮に彼女が居なくとも、この事件の始末は付けられます。そして我々が真に欲している【忌み札】の情報についても、彼女からは何の情報も得られないであろうことは、レインの証言からも察することができる。そして何より、彼女自身は何も罪を犯してはいません。彼女を訴える者もいない。むしろ、歴史の陰に埋もれた被害者であったと言ってもいい。そんな彼女が閉ざされた人生から、ようやく自由を得ることができたのです。『ルイ・オジェ』の呪縛から解き放たれた彼女を、このまま自由でいさせることが、フォウ・オクロックを見過ごし続けてきた我々のできる数少ない償いではないかと、そう思うのですがいかがでしょう」


   *  *  *


「やっと休みだー!」

 報告を終え、ゼノ・シルバーは大きく伸びをした。

《これからどこへ行くんですか?》

 頭蓋に音を響かせて、同僚のビリーの声がした。身体に埋め込まれた通信機でコンタクトを取っている。

「さあ、決めてないよ」

《今度はなるべく平和な国であることをお勧めします》

「そうだね。もう事件に巻き込まれるのはこりごりだ」

 ラフサの地元警察に与えられた質素な部屋に籠もり、報告書を徹夜で仕上げたゼノは、録音した音声データを添えてメールで送ると、そのまま回線を遮断して送り逃げを決め込もうとしていた。

「あ、そうそう。ちなみに報告書に不備があれば、君に連絡するように書いておいたから、あとは任せたね」

《ええ!そんな、また勝手に──》

「今度こそスタンドアローンに徹するから、あとは宜しく」

 そうゼノは明るく告げて、ビリーの叫び声を遮るように回線を断ち切った。完全なオフラインは、本当に久しぶりだと感じながら。けれど不思議と寂しさはない。むしろこれから踏み出す世界に、ときめいてさえいる。そうだ、まずはここから一歩を踏み出そう。そして誰も自分を知る者のいない、刑事であることも忘れてしまうほど、穏やかでいられる場所を探す旅に出よう。ゼノ・シルバーはそう心に決めて、荷物片手に部屋を後にした。

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