12-2 男が女を孕むとき


 ゼノは報告を続ける。

「その後は、何を聞いてもダメでした。ですが、それで確信しました。あの遺体は、やはり『ルイ・オジェ』ではなかったのだと。しかし、ここで二つの疑問が出ます。まず一つは、あの遺体はどこからやってきたのか。そしてもう一つは、『ルイ・オジェ』はどこへ消えたのか。その疑問については、フォウ・オクロックで警備員として働いていたカルゴという名の用心棒の証言により、解くことができました」


   *  *  *


「具合悪そうだけど、大丈夫?」

 ゼノの前に座った男は、大柄と呼ぶに余るほどの体躯をしていた。念のため、三人の警官が彼を囲んでいる。ゼノの呼び掛けに、男は答えない。

「えっと、カルゴさん。まずはあなたの身長と体重を教えてください」

 ゼノは書類を手に、男に向かって問いかけた。カルゴと呼ばれたその男は、どこか不機嫌そうにしている。

「身長は、2メートル。体重は、100kgから150kgの間だ。ちゃんとした体重はついさっき計っただろう。俺もいちいち覚えちゃいねえよ」

「教えてほしいんだけど、そんなにも日によって体重に違いがでるものなの?」

筋肉増強剤ステロイドを使っているときとそうでないときで、それぐらいの差は出る」

「でも短期間で体重を増やしたり減らしたりするのって、大変じゃない?」

「できないことはない。まあ、そんなに簡単じゃないけどな」

「でも、どう考えてもおかしいんだよなあ」とゼノは手元の書類を見ながら「資料によるとね、君がフォウ・オクロックで検査を受けたときの体重が148kg。さっき計った体重は、106kg。間違いはないね?」

「それがどうした。あんたに比べて俺は身体がでかいんだ。それに検査を受けてからしばらく経っている。それぐらいの減量だって、あり得なくはないだろ」

「そこじゃないんだ、僕が気にしているのは。君はフォウ・オクロックで検査を受ける前、事前に培養して作った脂肪を、腹の皮下に40kg分も注入しているよね」

 カルゴの眉間に皺が寄る。

「この国の闇医者に知り合いがいてね。珍しい手術だから、君に整形手術を行った医師はすぐに見つかったよ。豊胸のためによく行われる方法で、最近ではそういうことも比較的簡単にできるんだってさ。だけど、男性の腹部に40kgもの脂肪を注入したのは初めてだったと、その医師も言っていたよ」

 ゼノが明るい調子で話しかけるも、カルゴの表情はさらに険しくなっていった。

「フォウ・オクロックでの検査が終わると君は、その脂肪を抜きに同じ医師のもとへ訪れたよね。これは当然、館への勤務が始まる前のことだ。だけど、その勤務初日。エレベーター内でオートマチックに行わる重量検査では、君の体重は153kgであったという履歴がデータ上に残っている。登録体重から誤差が5kg以内であればアラームは上がらないシステムだから、ギリギリの値だったけど、君はその検査をクリアした。そして、その他の生体認証も難なくパスして、君はあの館の最上階に足を踏み入れた。そうだね?」

 カルゴは何も答えない。

「でも、おかしいんだよ。脂肪を抜いた君の体重は、108kg。だけど、エレベーター内の検査では、153kgだった。その差は実に、45kgもある。この45kgって何かな?」

 カルゴは瞳を瞑る。黙秘を続けるつもりのようだ。

「45kg。実はこの数値と近い値のものが、偶然にもあの館にはあったんだ」

 カルゴの耳がピクリと動く。

「中庭に置かれた『ルイ・オジェ』とされるものの遺体さ。まあ、あの遺体は『ルイ・オジェ』とは別人だってことがわかったんだけど。つまり、あの遺体は強固なセキュリティをかいくぐって潜入した『何者か』だということになる」

 カルゴは押し黙り、無反応に徹していた。

「だけど、あの遺体は発見されたあの場所、中庭で絶命したものだ。それは検案の結果により明らかだ。つまり、あの遺体の人物は最上階へ侵入したことになる。きっと君の服の下に抱っこ紐でも着せて、その中に隠れていたんだろう。そして、最上階へ侵入したその夜のうちに『ルイ・オジェ』と入れ替わり、あの中庭で腹を裂いて死んだんだ」

 カルゴの沈黙と、ゼノの独演が続く。

「カルゴさん。君が館を出たのは、その人の亡くなる前だったね。警備員としての仕事を終えて館を後にするとき、今度は『ルイ・オジェ』の身体を服の下に隠し、そして館を出たんだ。帰りのあなたの体重は、151kgだったと記録が残っている。一日で2kgの減量はあり得なくはないけど、おそらくこれは『ルイ・オジェ』と遺体の人物との体重差だ」

 カルゴは薄く瞼を開いた。それは観念した顔にも見えた。

「だけど、一つだけひっかかっていることがある。こんなものを、オルガ・セサビナは持ち歩いていた」

 そう言って、ゼノは折りたたまれた一枚の紙を見せると、それを静かに開いて読み上げ始めた。

「リスペリドン内用液1ml/日3回、ペロスピロン錠剤8mg/日3回、ミルナシプラン錠剤25mg/日2回、ロラゼパム錠剤1mg/日2回、フルニトラゼパム2mg/就寝前、ジアゼパム10mg/就寝前、レボメプロマジン25mg/頓服、アセトアミノフェン200mg/頓服、ロキソプロフェン120mg/頓服……」

 ゼノはおおかた読み終えると、それを再び丁寧に折りたたんだ。

「これは、館の最上階にいたバーバラと呼ばれていた子どもに、館の専属医が処方していた薬を箇条書きにしたものだ。館に残されていた筆跡から『ルイ・オジェ』の書いたものに間違いない。おそらく、オルガ・セサビナが本人から直接受け取ったものだろう。オルガ自身はこのメモについても、未だ沈黙を貫いている」

 ゼノは紙をカルゴの目の前に掲げて見せる。

「君の身体に入って『ルイ・オジェ』が館から逃れるつもりだったとしたら、なぜこのようなメモを残す必要があるのだろう?だってそうだよね。これはバーバラと呼ばれる少女の処方薬だ。バーバラが館に残るなら、専属医は変わらないのだから、そんなものを持ち出す必要はない。ましてや、オルガ・セサビナにそれを渡す必要がないのは尚更だ。リストにある薬の中には、急な断薬をすると禁断症状の出るものだってある。じゃあ、後からバーバラも館から連れ出すつもりだったからメモを残したのだろうか。いいや、僕はこの手紙を見てこう思ったんだ。もしかしたら元々の計画では、館から連れ出されるのは、バーバラのほうだったんじゃないかって、ってね」

 ゼノに、君はどう思う?と尋ねられ、カルゴは深いため息を吐いてようやく口を開いた。

「知らねえよ。そんなことまで俺は知らされていない。報酬と引きかえにあの女を連れ出すことしか、俺はやっていないんだ」

 ゼノは微笑み、ありがとうと言った。


   *  *  *


 ゼノの報告は続く。

「その後、カルゴは正直に答えてくれました。館の警備員は、オルガ・セサビナと知り合いだった元傭兵たちで、カルゴ自身も彼女の息がかかって雇われたんだそうです。そして、オルガが彼に頼んだことは一つ。『友人を救ってほしい』ということでした。それに対して彼は多額の報酬を条件に、彼女の申し出を受けました。そして、オルガの指示通りに動いたのです。遺体になった女、アーシャ・キノについては詳しく知らないようで、館外でオルガに連れられて来たときも全く喋らず、目の焦点が合っていない気味の悪い女だったと証言しています。そのアーシャ・キノと入れ替わる形で『ルイ・オジェ』はカルゴの腹に抱えられて館から出ました。警備交代の手順を踏んで、正面から堂々と。入れ替わりは、中庭と呼ばれる館の最上階のセンタースペースで行われました。そのとき、オルガに背負われてきた『ルイ・オジェ』に意識は無かったそうです。あの日、館にいたメンバーの大半は、睡眠薬入りのパンケーキを口にして、深い眠りについていました。そのパンケーキを作り、配り歩いたのは『ルイ・オジェ』だったそうです。ではなぜ、その彼女もまた眠っていたのか。その理由は定かではありませんが、眠ったままの『ルイ・オジェ』を館から連れ出し、闇医者に彼女を預けて、カルゴはオルガとの合流を待ちました。しかし、彼女から届いた知らせは『定時に館へ出勤してくれ』という内容だったと言います。彼は不審に思いながらも砂袋を腹に抱えて、知らせ通りに館へ訪れました。しかし、そこで彼を待っていたのは、オルガ・セサビナではなく、メイ・サイファだった。そして彼女はカルゴにこう頼みました。館に残る少女、バーバラ・シドニーを『ルイ・オジェ』と同じように腹に隠して、館の外に連れ出すように。メイ・サイファは別紙の報告書の通り、館の従業員でありながら、ルワン国の革命団から送り込まれたスパイでした。何のためかはわかりませんが、革命団はそのバーバラという名の少女を、どうしても手に入れたかったようですね。カルゴは、計画がバレていたことを、メイ・サイファに知らされました。依頼主であるはずのオルガ・セサビナが、既に遁走を始めているということも。そうして彼は身の安全と引き換えに、メイ・サイファからの依頼も受けることとなりました」


   *  *  *


 先ほどまでの黙秘とは打って変わって、カルゴは饒舌な口ぶりで話を続けていた。

「その嬢ちゃんを腹に隠して連れ出すのも、俺の勤務が終わるまで待つことになったんだ。それぞれがいつも通りに過ごして、夜になったら中庭に集合する、ってな段取りさ。だけどよ、いざ夜になってそろそろ仕事も終わりかってところで、大きな音と震動を感じたんだ。地震かと思って慌てたぜ。まあ、わりとすぐに揺れは治まったんだけどな。俺も交代が来るまでは、その場を離れちゃいけないことになっていた。だからずっと待っていたんだ。そしたら廊下の扉が開いて、誰かが出てきたんだ。少し早いな、と思ったら知らない顔だった。武装した白肌のひょろっちい優男でよ。こいつは怪しいと感じたね」

 きっとトゥレだな、とゼノは思った。

「それで、君はその男と交戦したのかい?」

「さあな。気づいたら俺は廊下で寝ていたさ。あの野郎、何か武器を隠し持ってやがったんだ。スタンガンか、神経ガスだか知らないがな。全く卑怯な奴だ」

 カルゴは胸を張るようにして言い放った。

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