図書室の小さな恋

ソラニシケイ

図書室の小さな恋

授業が終わり、向かうのは図書室。

階段を上り、すぐ横にあるそこに入り、カウンターの中に入っていけば、司書の人が椅子に座り、暇そうに新聞を読んでいた。

当番記録というファイルを取り、それを広げ、今日の日付のところに印をつける。来ていない友人の分まで。

窓口に座り、荷物から本を取り出し、自分の貸し出しカードを引き出しの中から取り、返却を済ませる。

少し窓口にいても、誰も来ないので、立ち上がり、また本を借りようと本棚に向かう。

一冊、好きな作家の本を取り、また同じところに戻り、貸し出し手続きをする。

貸し出しカードを引き出しを開け、自分の学年とクラスのところに入れて閉じ、本を開く。

「あのー」

声をかけられ、顔を上げた。

本が置かれ、貸し出しカードが差し出される。

手続きを済まし、返却日を伝えるとその生徒は本を持って入口に向かっていく。

カードを引き出しの中に入れ、また本を開いた。

いつもの放課後だ。


自分は図書委員というものに属しているが、することは簡単だ。当番日に、図書室にいて貸し出しや返却手続きをするというもの。

本を読むことはどちらかと言うと好きなことだったので、この委員会に入ることにした。それにさえ入っていれば、他の委員に当たることはなかったからだ。

友人も自分がやるならと一緒に入ったが、当番に来たことはない。一人でも事足りるので、別に何も思わない。

当番でもない日も図書室にいるので、窓口に座っていることが多い。他の当番はいるが、自分がいる分かると並ぶ机のところで友人たちと勉強をしているか、本を読んだりしている。

委員の仕事さえしていれば、勉強していても、本を読んでいてもいいので、何も困らない。

司書の人は本を本棚に返しているか、新聞を読んでいるか、会議など出て図書室にいないかだ。いても、いなくても、別に困ったことはない。


入学当初からそう過ごしてきたため、図書室に来る人は覚えていた。

試験前になると賑わうのだが、そうでなければ、来る人は限られる。

入口の扉が開き、一人の生徒が入ってきた。

いつも図書室に来る女子生徒。

短い髪に緑色のリュック。

彼女は指定席のように、一番奥の窓側の机の真ん中に座る。

そこに座れば、下校時間のチャイムが鳴るまで、勉強をしているようだ。

名前は宮本かおり。学年が一緒だが、同じクラスではない。クラスも自分からは遠い。知っているのは、貸し出しカードに学年とクラスが表記されているからだ。

その後も見たことがある人たちが入ってきて、勉強を始めたり、本を返却したり、借りたりしている。


宮本は、一言で言うと可愛い。

そう自分は恋をしているのだ。

恋愛というものは、この高校生活を充実にする一つだろう。

自分たちの回りにも、付き合い始めたという人は珍しくない。

しかし、人見知りである自分が彼女に声をかけることはない。話すのは、本の貸し出しや返却の時くらいだ。

それで、良いと思っている。

きっかけが何かあればいいが、異性にいきなり話しかけるというのは勇気がいることで、彼女は帰る方向も違う。家を知るために、あとをつけたりとストーカー紛いのことはしていない。する気もない。

彼女は、自分のことを認識しているだろうか。いつも図書室にいる人、くらいに思っているかもしれない。


英語の予習をしていると、字が書けなくなり、芯を押し出そう指で押すが、音がなるだけで一向に出てこない。

蓋を開け、逆さまにするが何も出てこない。空になったのだと筆箱の中から、シャーペンの芯が入ったケースを出すが、中身が空だった。

今日、友人にシャーペンの芯が無くなったからと、問答無用で全て取られたことを思い出す。

家に帰ればあるだろうが、今は学校。

司書の人も会議に出ているのかいない。

どうしようかと視線を巡らせ、視界に入ってくる彼女。


これは、話しかけるチャンスではないか。


鼓動が早くなるのを感じつつ、立ち上がる。少しの勇気を持ちつつ。

落ち着けと言い聞かせて、彼女のところまで歩いていく。

「あ、あの」

声が震えていないことに安心する。

彼女が書いている手を止め、こちらを見上げる。少し驚いたような表情。目で何か用かと聞かれた気がした。

「シャーペンの芯、持ってないかな……?」

そう言えば、彼女は筆箱を引き寄せ、中を探り始める。

シャーペンの芯が入っているケースを取り出すと、それを差し出してくる。

「いや、数本で……」

なんなら、一本でも充分だ。

「もう少ないし、あげる」

さっさとしろと言わんばかりにケースが振られた。

「あ、じゃあ……」

それを受け取ると、彼女はまた、ノートに向かい、書き始める。

彼女が持っていたものを貰い、内心、舞い上がっていた。すぐに定位置に戻り、彼女からもらったシャーペンの芯を取り出し、シャーペンの中に入れた。数本しか入っていなかったため、ケースの中身は空になったが、筆箱の中にしまう。

「……あ」

お礼を言うのを忘れていた。

彼女を見たが、勉強に熱中しているようで、再度、彼女のもとに行くのも恥ずかしくなり、帰りに声をかければいいかと、勉強を再開した。


下校のチャイムが鳴り、帰宅する準備を始める。

前を通りかかるであろう彼女にお礼を言わなければと、広げていたノートや教科書を鞄にしまおうと持ち上げると、筆箱が落ちていく。

受け止めようとしたが、逆さまに落ち、床に全てをぶちまける。

何をしているんだと落ちたものを拾って筆箱に入れて、鞄に物をしまっていく。

鞄を持ち上げ、彼女がいた方を見れば、もういなかった。

図書室を見渡せどいない。

いつの間にか、出ていってしまったらしい。

他の生徒に声をかけている司書の先生に挨拶して飛び出し、彼女の姿を探す。

下駄箱に向かえば、宮本はいたが、友達らしき人物と一緒にいて、自分が入り込める雰囲気ではない。

自分は楽しそうに喋る彼女の横顔を見ていただけだった。


家に着き、自分の部屋に入り、ため息をつく。

お礼を言いそびれてしまった。礼も言えない非常識な奴だと思われていないだろうか。

彼女からもらったシャーペンの芯のケースを取り出そうと、筆箱を鞄から取り出し、中を探る。

「あれ?」

中から出てきたのは、自分の空のケース。机に中を全て出すが、ない。空になった筆箱を逆さにして振れど、落ちてこない。

「……あ!」

図書室だ。筆箱を落とした時に、回収し忘れたのだ。

明日は、早起きして取りに行こう。

彼女からもらった大事なものなのだから。


翌日、教室に行く前に図書室に行き、司書の人にケースが落ちてなかった聞けば、あれは踏んで割ってしまい、捨てたと帰ってきた。

「そう、ですか」

叫び声をあげたかったが、ここは図書室。

「あれ、空だったけど……大事なもの?」

「あ、いえ。そんなの……じゃないです」

端から見れば、あれはゴミだ。

司書の人は何か察して謝ってくれたが、申し訳なくなって自分も謝った。


「お前が、朝早いなんて珍しいな」

登校してきた友人に挨拶をする。いつもなら、彼の方が早いのだ。

「あり?……何かあったか?」

彼は前の席に座り、コンビニで買ってきたであろう、紙パックの紅茶を取り出し、ストローを突っ込んで飲み始める。

「何もないよ」

「いや、何かあったな。小学校からの付き合いを舐めんなよ」

表情を取り繕っていたのだが、彼の表情からバレていることを確信する。

彼とは腐れ縁で、クラスが離れたことがない。いわゆる、親友だ。

顔も整っていて性格も明るく、クラスの中でも目立つ方だ。自分よりも友人は多い。勉強は赤点を免れているので、そこそこできる。

女子にも人気で、手紙を渡してほしいと何度も女子から彼への郵便配達員になった。

「話せよー、なんか悩みか?」

顔が迫ってきて、それを押し返す。

「あー、大事なものを捨てられたんだよ。ゴミだけど」

「はあ?」

「いや、俺にとっては大切なものだったんだけど……もう、いいんだよ」

彼女と話せただけで、良しとしよう。

「そんな顔すんな。飲むか?」

差し出された紙パックを、首を振って断る。

「……そういや、お前、女の子が欲しいものとか分かるか?」

彼女へのお礼をしていないことが、ずっと気にかかっていた。

「おっ! なんだ、お前にも春が来たのかあ!?」

目を輝かせてくる。彼女ができない自分を一番、心配していたのは彼だ。余計なお世話だが。

「違う。ただ女の子にお礼したいだけだ」

「ふ~ん」

彼は、にやにやしていたが、それ以上の追求はしてこなかった。


翌日。

友人からの助言の通りに、朝にコンビニに寄り、お菓子を買ってきた。

女の子なら甘いものが好きだろうと。

買ったのは、チョコレート菓子とクッキー。

もし、宮本がチョコレートが苦手ならいけないと、クッキーは予備だ。

二つとも断られたら、その時はその時に考えよう。

妙に緊張しつつ、学校に自転車で向かっていく。


友人から誰に渡すんだと茶化されながらも、一日を過ごし、放課後になって、頑張れよと言って彼はさっさと下校してしまった。図書委員のことはすっかり忘れているのだろう。それよりも、金が入るバイトの方が優先したいのだろう。


図書室に向かい、いつも通り、当番表に印をつけ、窓口に座る。

委員の仕事をしつつ、目的の人物が来るのを待った。

今日は遅い。掃除当番なのだろうか。

本を読んでいると、図書室に宮本が入ってきた。

彼女がいつもの席に向かっていくのを、視線で追う。

荷物を置くと、彼女はこちらに向かってきて、慌てて視線を本に戻す。

「これ、返したいんだけど」

「あ、はい」

彼女の顔を見れずに下を向いたまま、返却手続きをし、カードを返す。

そのまま、彼女が席に戻っていき、席に座った。今回は本を借りないらしい。

彼女にお礼をしなければ。

行こうとすると、胸の音がうるさい。緊張で体がうまく動かない。

誰も来ないことを確かめ、鞄の中からお菓子を取り出し、立ち上がる。

深呼吸し、大丈夫だと言い聞かせて、彼女のもとに向かう。

「あの」

声をかけると、彼女はこちらを見る。恥ずかしさから、視線をそらしてしまう。

「……また?」

「いや、違う。これ……」

チョコレートを差し出す。

何も反応がなく、彼女を見れば、不思議そうにそれを見ているだけ。

「あれ、シャー芯のお礼。あの時は、あ、ありがとう」

「気にしなくていいよ。もう少なかったし」

受け取れないと首を横に振られる。

「お、俺、チョコレート苦手なんだ。だ、だから……困る……んだけど……」

とっさについた嘘。甘いものは苦手ではないが、彼女に受け取ってもらわなければ、自分が納得しない。

「……じゃあ」

彼女の手がチョコレートに触れ、手を離す。

「ふふ、ありがとう」

にこりと彼女が笑う。その花が咲いたような笑顔に、体温が上がり、鼓動が高鳴る。

「じゃあ、それだけだから!」

背を向け、足早に戻る。赤い顔を見られたと思うと、恥ずかしい。

窓口に戻り、本を手に取ったが、それに額を押し当てた。

酷く暑い。

生ぬるい本の表紙は、それを冷ましてはくれなかった。


次の日に、友人に余ったクッキーをお礼だと投げつけるとうまくいったみたいだなと首に腕を回され、頭をぐしゃぐしゃにされた。

「で、どの女子? おんなじ学年?」

「教えない」

乱れた髪を手櫛で直していく。

「えー!なんで?なんで?」

「なんでも。てか、離せ」

彼の腕から逃げる。

その後も教えろと何回も聞いてきたが、嫌だと首を横に振った。


放課後、いつも通りに、定位置に座る。

返却日が迫る本を読まなければと、しおりを挟んだページを開く。

活字の世界に引き込まれていたが、声をかけられ、現実に意識を戻した。

「借りたいんだけど」

目の前にいるのは、本とカードを差し出している宮本。

「あ、うん」

昨日のことを思い出し、少し体温が上がったが、平常心を保ちつつ、貸し出し手続きをし、本を渡す。

「これ」

本を受け取った彼女は、何かを差し出してきた。

それは、新品の消しゴム。

「あげる」

それを手の上に落とすと、彼女は席に戻っていく。

「あ、ちょっと……これ」

声をかけ、ひき止めると、彼女はチョコのお礼だと言う。

彼女が席に戻っていく姿をただ見ていたが、他の生徒に本を返却したいと声をかけられ、慌てて窓口に戻る。

手続きをし終わり、貰った消しゴムを見る。

顔がにやけてくるのが分かり、うつ伏せになる。

彼女から貰ったもの。

これは、一生の宝物だ。

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