3
「健ちゃん来るって。三十分くらいあとに」
「本村がどうして……。犯人まだ見つかってないんだ?」
「まだみたい」
「無職ってあいつ働いてなかったんだ?」
「そうみたい。ずっとニートだったらしいわ」
「そうなんだ……。そっかあ……。でもさ、同級生だったとはいえ、もう十年近く会ってないから、健さんに話せることなんてないと思うけど。事件自体もいま知ったし」
「そうなの? 俊くん、本村くんの友だちだって聞いたけど。とりあえず知ってること話せばいいんじゃない? 健ちゃん困ってるみたいだし」
「あ、うん……」
おれはハイボールを飲みながら本村のことを考えたが、「強盗? 無職? なぜ本村が? 死んだ?」という疑問の連続と、いいようのない空しさしか湧いてこなかった。
しばらくして健さんがスーツ姿で店に入ってきた。
健さんは商店街にある酒屋の次男で、マスターと同級生だった。むかしから身体が大きく、腕力や運動能力は周辺の子どもたちのなかでもずば抜けていたが、一方で単細胞というか、考えが足りないというか、だまされやすくからかわれやすい、さわやか筋肉バカというのが、周囲の、というかおれの評価だった。
それだけに刑事になったと聞いて驚いた。警察に入ったのは聞いていたが、てっきり交番の前でおばあちゃんに毎朝あいさつしているだけかと思った。
「俊成(としなり)くんひさしぶり。マスター奥空いてる?」
「空いてるわよ」
「俊成くん奥行こうか。聞かれるとまずいから」
店の奥には衝立に囲われた四人用の個室があり、おれはハイボールのグラスを持ってそこへ移動した。
「健さんっていま刑事なの?」
「そうなんだ。ずっと異動願い出してたんだけど、二年前にようやく希望の刑事課に配属されたんだ。しかも地元でだよ」
そういって健さんが白い歯を見せた。
「あの健さんが刑事って意外、と思ったけれど、それなりに様になっているね」
とはいえ、人のよさそうなところは相変わらずで、殺人事件より迷い猫を探すほうが似合いそうだった。
「いやあ、まだほんの駆け出しだよ。それで俊成くん、本村くんのことだけど……」
「知らなかった。さっきマスターに聞いてはじめて知った」
「そうなんだ。友だちだったんだよね」
「友だちといっても、もう十年近く会ってないよ」
「そっか。本村くん、交友関係が少なくてね、スマホの電話帳にも友だちと思われる人は三、四人しかいなかった。そのうちの一人が俊成くんだったから、機会あれば話が聞きたいなと思っていたんだ。事件に直接関係していることはわからないだろうけど、何かヒントになることでもあればと思ってね」
「犯人が誰かまだわかってないんでしょ?」
「あ、うん、残念ながら」
「殺されたのって平日でしょ? 本村働いてなかったんだ?」
「本村くんは大学を卒業したあと、一度はゲーム会社に就職したんだけど、二年ほどでやめて、それ以降働いていない」
「そうなんだ。本村ってひとりっ子だよね?」
「そうだね」
「じゃあ、親が留守の間に強盗に殺されたってこと?」
「そう。その日両親は不在だった」
「普段から日中は本村一人だったわけ? 本村の親父さんって、たしか裁判所に勤めていたよね?」
おれは矢継ぎ早に質問した。聞きたいことが次々と思い浮かんできた。
「うーん……。口外しちゃダメだからね」
健さんはそう断ってから続けた。
「本村くんの親父さんは裁判官だったけれど、五年前に定年を迎えてそれからは働いていない。母親のほうはずっと専業主婦で、いまは二人とも年金暮らしだから普段は家にいる」
「じゃあ、当日はたまたまいなかったってこと?」
「そう。事件があった二月十四日の朝、二人は旅行で箱根へ向かった。本村くんの死亡推定時刻は午前十一時から正午の間で、その時刻二人は鎌倉の蕎麦屋にいた。店で目撃されている」
「つまりアリバイがあるってことか」
「そういうことだね」
「でもさ、事件のあったその日だけ、たまたま外出してたってあやしくない?」
「いや、一概にそうともいえない。犯人は本村くんの家に以前から目をつけていた。この辺では資産家として知られているからね。犯人は両親二人が外出する機会を以前から窺っていた。どこかに小型カメラを設置して監視していたのかもしれない。そして事件当日、二人が遠出の格好で外出したのを確認して、千載一遇の機会がきたと家へ侵入した。だがあいにく、家のなかには本村くんもいた。彼は深夜コンビニへ行くときくらいしか家を出なかったらしいから、犯人は彼の存在を知らなかった。本村くんを見つけ、慌てた犯人は咄嗟に彼を刺殺し、現金を奪って逃走した。こういうストーリーも考えられる」
「それが警察の見解なんだ?」
「その線が有力と見ている。本村くん、交友関係が極めて少ないから怨恨や人間関係のトラブルの可能性は薄い。部屋が荒らされていたし、現金五百万円も奪われているから、強盗犯による犯行というのが自然だね。ただ侵入経路がわかっていない」
「普通に玄関から入ったんじゃないの?」
「鍵はかけたと母親がいっているし、扉回りを細工で開けた痕もない。窓も破られていなかった」
「鍵穴をごちょごちょやったんじゃないの?」
「その可能性もゼロではないけど、痕跡もなかったし、そう簡単に開けられる錠前ではないらしい」
「ふーん、なら密室だったってこと? またまた。宅配業者を装って入ってきたんじゃないの?」
「それはないよ。本村くんは自室で寝ていたところを襲われているんだ。もし本村くんが扉を開けているのなら、玄関口で殺されていなければおかしいからね」
「やっぱり、たんに鍵をかけ忘れたんじゃないの?」
「でももし、犯人が前もって本村くんの家をねらっていたのなら、鍵をかけ忘れるという極めて低い可能性に賭けるだろうか? 何かしら準備をしておくのが普通だと思うけれど」
「なるほど……。健さん、なにげに刑事してるね」
「いやあ、単なる受け売りだよ。捜査本部で様々な可能性を検証してるからね」
「ふーん、でもさ、それだけやっているにもかかわらず、犯人が見つからないってことは、もう迷宮入りしてるってこと?」
「そうならないために僕らは奔走してるんだから、そんなこといわないでくれよ。俊成くん、今度は僕から聞いてもいいかい?」
「どうぞ」
「本村くんに最後に会ったのはいつ?」
「いつかなー。たぶん大学生のときに会ったのが最後だから八、九年前かな」
「どこで会って、どんな話をしたんだい?」
「そこのコンビニで、大学生になってはじめて会ったから、本村S大行ったんだよな。大学はどうだ? という話をしたはず」
「彼はなんて?」
「たしか、学校はつまらないけど、時間はあるからまあ好き勝手やってる、みたいことをいってたと思う。うろ覚えだけど」
「そっか。俊成くんから見て彼はどんな人だった?」
「うーん、そうだなー。見た目は子どものころから、やや太めというか大きくて、めったに笑わなかったから、周りからは暗いやつと見られていた。でも実際は、ゲームとかマンガとか好きなことを話し出すと止まらないやつだったけどね。好きなことへのこだわりは人一倍だった。人と意見がぶつかっても引こうとしなかったし、頑固だったな。子どもであっても、みんな多かれ少なかれ、周囲に対していい顔するでしょ? そういうのが一切なかった。あの媚びなさはその後もぶれなかったし、ある種尊敬できる部分だった」
「俊成くんって本村くんと小学校から一緒でしょ? 子どものころ一緒に遊んだりしてた?」
「本村とは小中高一緒で、同じクラスになったのは小学三、四年と中学二年のときかな。高校では同じクラスになっていない。小学生のころ、おれは外で遊んだり、サッカーやったりが中心だったけれど、雨が降ったりすると、たまに本村の家で一緒にゲームしたり、マンガ読んだりした。そうしょっちゅうってわけではなかったけれどね。ああでも、ゲームソフトはよく借りたな。本村かなり持っていたから。結構気前よく貸してくれた」
「中学生のときは?」
「距離感は小学生のときとさして変わらなかった。そういえば三国志のゲーム借りたな。本村がハマってたんだけど、勧められて借りたら、おれもハマっちゃって。三国志で誰が好きかって話よくした。本村は呂布が好きだった。あとはそう、中二のときの体育祭。各クラスで旗をつくったんだけど、ホームルームで一度はギャグアニメのキャラにしようという話になったんだ。でも、本村が当時流行っていた女の子たちが未知の敵と戦うアニメのキャラにしたいと強硬に主張したんだよね。本村は絵が描けたんで、俺が描くからって最終的に押し切ったんだけど、まあ反発は当然あった。でも本村のつくった旗は、反対していた女子たちも黙っちゃうような素晴らしいデキで、最優秀賞を取ったんだ。で、本村がステージで表彰されたんだけど、あのときのあいつの誇らしげな顔は忘れられないな。本村があんなにも脚光を浴びた場面は、後にも先にもなかったんじゃないかな」
記憶をたどっていくと、意外なほど本村の話がすらすら出てきた。
「本村くんと高校が一緒になったのはたまたま?」
「それはもちろんたまたま。でも、中学のときから学年順位が同じくらいだったから驚きはなかった。試験会場で会ったとき、本命はどこ? って話をして、お互いにそこだったから、一緒に行けるといいなって話したのを覚えている」
「じゃあ仲は悪くなかったんだね」
健さんはメモを取りながら聞いている。
「仲がいいってほどからみはしなかったけど、悪くはなかったよ。高校もおれはサッカー部で、本村は帰宅部だったし、クラスもおれは文系だけど、あいつは理系だったし、基本的に住む世界が違ったから、連絡を取りあったり、一緒にどこかへ行ったりとかはしなかったけれど、見かけたら話はした。本村って基本的に人間嫌いだったと思うんだよね。人と話すのが好きじゃなさそうだったし。でも、そのなかでもおれは例外的だったというか、まあヒマなら話してもいいかというポジションだったとは思う。ゲームとかアニメとかあいつの趣味にも偏見がないというか、興味もあったから話聞くのも好きだったしね」
「なるほど。高校のときはどんな話を?」
「うーん、どうだったかな? クラスも違ったし、共通の知人友人とかもほとんどいなかったから、そんなに会わなかった。会ったときはそうだな、授業とか先生とか中学の同級生の近況とかそういう他愛のない話をしたんじゃないかな。あ、そうだ。高二のときかな、『虹色メモリーズ』ってゲームを借りた。知ってる? それで、そのあとしばらく『虹メモ』の話をしたな」
「虹色メモリーズって恋愛ゲームだよね?」
「そう、恋愛シミュレーションゲーム」
「高校生のころからそういうの好きだったんだ?」
「あいつは相当好きだった。毎週アキバでグッズ買ったりしているっていってたし。部屋にそういうグッズなかった?」
「かなりの量あったよ。きちんと整理されていたけどね」
「あ、そうだ」
「うん、何か思い出した?」
「いや、ひょっとして虹メモ、まだ借りたままかもと思って。返した記憶がないし、押入れに入ったままかも」
健さんはそれには答えず、ウーロン茶に口をつけた。
「本村くんって高校時代、俊成くんのほかに友だちはいた?」
「どうだろう。三年間クラス違ったからなあ。話をしたりするやつはいたと思うけど、誰と仲がよかったかまではわからない」
「そっか。卒業後に会ったのはコンビニでの一回きりなんだ?」
「たぶん、それが最初で最後だと思う。本村が一浪して大学に入ったことや、就職したけど、その後やめたことなんかは母親がどっかから聞いてきたんで知ってはいたけど、それからずっと働いていなかったとは知らなかった」
健さんの質問はその後も続いたが、事件につながりそうな話は出てこなかった。何かまた思い出したら連絡してといわれ、おれは店を出た。
飲み続けたい気分ではなかった。
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