Unknown:邂逅


 ひとつ大きな音を立てて、飛行船は停止する。その後は絶え間なく金属音が響いていた。どうやら飛行場に接舷するようだ。


 しばらくした後、案内役の軍人が部屋へと入室して来て、着いてくるように俺たちに言う。


 来た道をそのまま戻るように進み、最後の角を曲がる。爽やかな風が吹き込んできている。出口が近いらしい。


「このまま直進していただければ出口です。ここから先は御二方でお進み下さい」


「……え、案内はしてくれないのか?」


「この飛行船は、あなた方が降りてから即時出航します。戦役も近い故、あまり時間を無駄にできないのです」


「なるほど。案内ご苦労。持ち場に戻られよ」


「はっ!」


 案内役は俺の言葉に素早く敬礼を返し、足早に来た道を引き返していく。


 それを見送り、案内役が完全に見えなくなったところで、ハヤトが不意に愚痴をこぼした。


「……第八区画には、一回も来たことないんだが。というか以前聞いたが、第八区画は迷宮みたいに入り組んでるって聞いたんだが!」


「まぁそれを案内役抜きでどうにかしろって言うのは難しい話だよな。だがその心配はなくていい」


「なんだヴィオラ。それじゃ誰がこの区画を案内するっていうんだ? ヴィオラがやってくれんのか?」


「おう。一応ここに来るのも初めてではないからな。――あまり思い出したくない記憶だが」


 俺の雰囲気を感じ取り、ハヤトはそれ以上の言及をしてこない。ありがたさを感じつつ、ハヤトを今回の到達地に案内するために、先頭に立って歩き始める。


 軍の飛行場と言えど、軍本拠地から近いというわけではない。高度な軍略的判断により、この飛行場と軍本拠地は二キロほど離れている。


 ただこれだけなら案内役は必要ない。なぜ必要かというと、先ほどハヤトが言ったように、この第八区画は「迷宮」と呼ばれるほど道が入り組んでいるのだ。


 たった今、飛行場から市街地へと入った。今目の前の光景を見たハヤトはその所以を理解できるだろう。


「……なんかめっちゃ建物が乱立してない?」


「おう、そりゃ、医療関係に特化してる上に、仕事もたくさんある島にこれだけ人がいるのは当然だろ? その住処を作るために、規格化された建物を作りまくった結果が、これなんだ」


 そう、この区画が迷宮だと呼ばれる所以は、どの角を曲がってもほぼ同じ景色が見えるところにある。方向感覚が狂うせいで、地図を見たところで、どこがどこかわからずに困り果てる人間がたくさんいる……らしい。


 まぁ俺みたいに、一時期第八区画で過ごしたことのある人間や、現地の人間は迷うことはない。


 なぜなら、外の人間にはわからない細かな差異に目が付くからだ。例えば、俺たちが今歩いている道の脇道の家には、行政区からの指示でつけられた赤の印がある。これが俺たちが迷わない理由だ。


「……なるほどな。こんな印があるなら、少しは迷わなさそうだ」


「それでも慣れは必要だけどな。まぁ、二日も散策したらなれるだろう。もし道がわからなくなったら近隣住民に聞けばいい」


「了解了解ー」


 そんな会話を続けながら、大体三十分ほどの道のりを歩いていく。


 そして、そろそろ軍施設へ着こうとする頃のことだった。すぐ近くの路地から、女性の悲鳴が響く。


「ハヤト!」


「おうヴィオラ! ――って速いわお前!!」


 ハヤトが何か言っているのが聞こえたが、そんなことよりも女性の救助が優先だ。最速で現場へと到着できるルートをとっさに思い浮かべながら、ダッシュで向かう。


 二つ角を曲がって、女性の姿を正眼にとらえる。見れば下半身を丸出しにした男が女性に迫っているではないか!


「こんのぉ……変態野郎がァ! 公衆の面前でおっぴろげるなんざ、男のすることじゃねぇよ!!」


 走った勢いのまま、飛び蹴りを男へと食らわせる。将官とは言え軍人。鍛えぬいた体はそれなりの速度を出してくれていたらしい。


 腹に突き刺さった飛び蹴りはその威力を余すところなく発揮し、男を数メートルほど吹き飛ばす。


 そのまま男に覆いかぶさって、短剣を懐から取り出して首に突きつける。


「……さぁ、軍の詰め所に来てもらおうか。女性に猥褻物を見せつけるなど、男の端にもおけん!」


「俺は悪くねぇ! あの女が貴方の下半身を見せてくれって言ったから出したんだ! 許してくれぇ!」


「……それは本当なのか?」


 そういいながら、女性のほうへと目を向ける。


 目を向けた瞬間、その女性の美しさに目を奪われた。


 月の輝きのような銀の髪に、空色の瞳。歳の頃は15か16くらいだろうか。その肌は、限りなくなめらかで白い。


「おい、君」


「私に用? 何かしら」


「この男が、君に下半身を見せてほしいと頼まれたとか言ってるんだが、事実かね」


「……えっ、何それ。私そんなの頼んでないわよ。見るなら書物だけで事足りるし」


 女性はそう言い、その顔を苦々しげにゆがめた。……決まりだ。


「……ヴィオラ、速いって――うわっ、すげぇかわいい子」


「ハヤト、ちょうどよかった。この男を詰め所へと連れて行ってくれ。っと、今もちょっと暴れてて危ないから、連行には細心の注意を払えよ?」


「ええー……。そこの子とお話ししたかったんだけど……。まぁいいや。了解した」


 そういって、俺がゆっくり男を立たせようとした瞬間だった。急に男の力が強くなり、俺の拘束を解いた。すさまじい膂力だ。まるで、熊人族のような……。

 って、もしや!


「ハヤト、そいつは薬をやってる! しかも最近流通し始めた超人薬だ! 連携するぞ!」


「おいおいマジかよ……! じゃあ行きますかね――おっと」


 俺たちがそんな言葉を交わしていることがあだとなった。一気に加速した男は、その丸太のような腕で、華奢な少女を締め付けていた。その手には銀色に光るナイフ。先ほど男の体を物色した時にはなかったので、きっと女性の持ち物なのだろう。


「こいつの命が惜しければ、武器を置いてそこから――」


「は? 私に触れんな、豚めが」


 俺があっけにとられていると、次の瞬間それは起きた。


 少女が男の拘束をほどいて、その丸太のような腕をつかんだと思ったら、足を払ってその腕をひねりあげたのだ。


 一瞬の出来事だった。正直今の一連の動作を完全に見ることはできなかった。どれだけの技量と素早さ、膂力があれば、ここまでの芸当ができるのか、想像もつかない。


「……そういえばあなたたち、軍人よね? ちょうどよかったわ。ちょっと道に迷っちゃったの。レプトール病院まで送って頂戴」


「レプトール病院?! あそこは軍籍がある人間しか入れない施設だぞ? はいれるのか?」


「……その肩の徽章、第二位将官ね。だったら忠告するわ、第二位将官サマ。――そのことについては、深く追求しないほうがいい」


 寒気。一瞬で彼女に対する評価は反転し、何かおぞましいものを見ているような気持ちになる。女性は俺のほうをとても冷たい目で見ていた。


 俺はそれ以降黙って、ゆっくりと歩き始める。ハヤトも雰囲気に恐れをなしたのか、一言もしゃべっていない。そんな状況でもその少女は、俺たちの後ろをとてとてとついてきていた。

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