Calm before the storm:嵐の前の静けさ


 俺が目覚めてからは、特に何が起きたというわけではなかった。いつもの戦役後の一日が過ぎていくだけである。


 人類の天敵、そして世界を崩壊させる十三種の【獣】との戦いは熾烈を極める。今回の戦役は、損害が遠征軍の総戦力の二割という比較的良好な結果に落ち着いたほうだ。


 普通なら、総戦力の三割から四割の損失を覚悟しなければならない。ひどいときは五割から七割に跳ね上がるときすらある。


 まぁ、そんな、心身ともに疲弊する戦役の後だから、兵士たちには三日間の休みが与えられる。その三日で英気を養い、次の戦役に備えるというのが常だ。


 俺もその間は部屋に監禁されることとなり、二日の拘束期間が終了次第、第八区画へと輸送されることになる。


 二日目の明朝、俺はハヤトと守衛に叩き起されるような形で起床し、身支度を始める。


 と言っても、身につけていくものは最小限にするように上からの通達が来ているため、そこまでの時間は必要としない。十分ほどで手早く準備を整え、身支度も完了させる。


「……速かったな」


「荷物が最小限だからな。それよりも、迎の馬車はどこだ?」


 周囲を見渡すが、煉瓦造りの兵舎以外何も見当たらない。


「……あー。上だ、上。そろそろ来る頃なんじゃねぇかな」


 そうハヤトが発言した瞬間、周囲が一気に暗くなる。太陽が雲に隠れたのか、とは思ったが、この時間にそんなことが起こるわけがない。


 極小さな駆動音が響き、俺はようやくその物体の存在を知覚する。大きな船体に、いくつもついた魔力浮遊装置。その船体は巨大。先ほどの暗さはこの巨体がもたらしたものだったことは、火を見るよりも明らかだった。


 ……それにしても、このお出迎えは想像していなかった。まさか、こんな大層なものを飛ばしてくるなど。


「……軍団長もなかなかに豪快なことをするじゃねーか」


「同感だ。まさか魔道飛行船を取り出してくるなんてな」


「これをここから第八区画まで往復させるだけで、一区画の一ヶ月分の軍事費と同じ費用がかかるんだぜ……。何が起こるのかこええよ……」


 それだけ、この『兵器管理職』の重要度が凄まじいわけだ。そうでなければこんなもの動かすはずがない。


 そんなことを思いながら飛行船を見ていると、その船底がだんだんと近づいてきていることに気づく。まさかこのままここに降り立つつもりか、と思ったのもつかの間、飛行船から縄ばしごが投げられる。


 どうやらこれで船へと乗り込めということらしい。俺はその縄ばしごを掴んで、ゆっくりと登り始めた。飛行船の発進機関の質がいいのか、幸い風はそこまで吹いていなかったので楽に登れた。


「……すげぇ。これが本当に船の中かよ」


 縄ばしごを登りきった俺とハヤトが抱いた感想が、その一点に集約されるだろう。


 およそ船とは思えない豪華な内装。ここが区画で最も高級な旅籠と言われても信じることが出来るほどだ。


 登りきったときから先導してくれる案内役の人の後ろについて行き、部屋ごとに感嘆の息を漏らす。全ての部屋にそれぞれ違う衣装が施されていて、目を飽きさせないのだ。


「……こちらの部屋でお待ちください。などかご用がありましたら、部屋に備え付けられているベルを鳴らしてください。乗員が伺いますので」


「あ、はい」


 鍛え上げられた筋肉と厳つい顔から飛び出た丁寧な言葉に少し戸惑いつつ、俺は返事をする。その返答を聞いて、その男は部屋の鍵を開ける。


 案内された部屋は、なんというか美しかった。豪華ではあるが、決していやらしさがない金装飾品。全体的にセンスよくチョイスされた家具類。一目見るだけで、この部屋が上位将官に与えられる部屋だと理解出来た。


「おい、ハヤト……」


「ヴィオラ……言いたいことはわかる。なんか、こう。あれだ。きういう時なんていえばいいかわかんないんだが、嵐の前の静けさというか、せめて最後くらいいい思いをさせてやろうって、そう意図があるように思えてならないんだが」


「俺も同意だよ……。この先何があるかちょっと不安になるよな……」


 三階級特進という特異性、さらにこんなクソ高い移動手段を用意したことからも、これから俺たちに待っている苦難が大きいものだと透けて見えるようで……少し怖い。


 それから第八区画へと到着するまで、部屋の隅で怯えていた。もちろんハヤトもだ。

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