Absolute Relationship was……:今も昔も。今と昔と。


 目覚めると、そこには白い天井が広がっていた。……いや、よく見ると、これは天井を呼べるような形状をしていない。どちらかというと、壁のそれに近い。


 俺は、ゆっくりと起き上がろうとする。しかし、体が俺の意思に反して動かない。ただただ、その白い天井を見つめるだけだった。


 数分ほど体を動かそうとして、びくともしないことを理解すると、もう動かそうと思う気力も湧いてこない。


 それに、これはきっと夢だ。体を動かすのをやめた瞬間、それを理解する。いわゆる明晰夢と言うものだろう。


 体を動かさなくなって、ただ無感動に白い天井を見つめること数分。白い天井が突如として、ぐにゃりと歪んだ。


 渦巻くようにして、天井が何か別の風景に変わっていく。


 仄暗い空。黒色の底なし海。それに砂漠。そこは、思い出すだけでも心が締め付けられる場所だ。……当然だ。俺の心の孤独を埋めてくれた存在が、この場所で、消えてなくなったから。


 ここは、第五区画。五年前を最後に、俺が俺の時間を置き去りにした場所だ。ここで俺は、ツユメを……大事な人を失った。


 悔しさを感じつつ、そのまま数十秒が経過する。すると、その風景に変化が現れる。仄暗い空に、底なし海と同じ色の、何かが現れたのだ。


 ……【獣】だ。俺たちの、全世界の敵。世界の縁を食らい、うろを広げる、災厄の象徴。


 その【獣】が、いつぞやみたように、世界の縁を食らっていく。一つ噛んで、極極小さな範囲の大地が消える。二つ噛んで、また消える。三つ噛もうとして――突如として、【獣】を光が包んだ。


 光に包まれた【獣】は、とても苦しそうにうねり、叫びをあげている。その大きな体を大地へと叩き付け、まるで、自分に付着した何か異質な存在をふるい落とすかのように、何度も何度も……。


 やがて、光が眩いばかりに点滅し始めた。夢の中の俺は、たまらず目を閉じる。そして、次に目を開けた瞬間には、そこに【獣】は存在していなかった。そこに広がるのは、ただただ荒涼とした大地だけ。


 そんな大地に、雨が降り注ぐ。恵みのように。あるいは悲しみの涙のように。







 意識がゆっくりと覚醒して、体も動かせるようになる。ゆっくりとベッドから体を起こすと、そこには見慣れた顔があった。


 黒髪で、少し童顔気味の男――ハヤト・カザキリだ。神魔戦争のことからの付き合いで、俺の能力の実態を知る、数人の内の一人だ。


「起きたか」


「どれくらい寝てたんだ、俺。……というか、なんでお前がここにいる。確か第一区画に派遣されて、そこで教育してたんじゃないのか?」


 俺がそういうと、ハヤトは顔を逸らして外を見る。そのまま哀愁漂う背中を俺に見せながら、声を沈ませた。


「お前が寝てたのはほんの三十分くらいだ。あとな、なんで俺がここにいるかと言ったら……左遷されたから、だ」


「そりゃまた、どうして」


「……いやな、区画のことについて教育してたんだがな。ほら、区画って一から十三あるじゃん? しかもコレ常識じゃん? ついでに言うと、『内陸部』と『外縁部』があるわけだよな」


「お、おう。常識だな」


 その程度のことは、この世界に住まう人間ならだれもが知っているはずだ。


 世界崩壊の原因たる『災禍』が発生してから、世界にははてができて、ホールケーキの世界になった。……そんなことなど、生まれてこの方学校に行ったことなどない俺でさえ知っている。


「そうなんだよ。常識だろ? 常識なんだよ。というかこの世界のことについての重要な事柄だから、常識じゃなきゃいけないんだよ……」


「……まるでその言い草だと、第一区画の子供たちはそのことを知らないとでも言っているようだな」


「その通りなんだよ……。アイツら、自分たちが一番平和なところにいるからって、舐めてるよな? んで、ムカついて上層部に直訴したら左遷だ。やっぱり噂通り、完全な縦社会みたいだな……まぁこちらとしてもせいせいするんだが」


 それが本当なら、流石に第一区画に対して幻滅の念を抱かざるを得ない。確かにあそこはこの世界で一番平和な区画だとは言われているが、頭まで平和なことになっているとは、軍に末席を置く俺からしたら許容できない。


 俺よりも軍務に対する姿勢がより真剣なハヤトからしたら耐え難い状況だったことは容易に察せられる。


「直訴程度でとどめたのは、むしろ偉いと思うぞ。よくやった」


「な。ほら、俺我慢できる男だからさ――って、そんな話じゃなかった。軍団長から任務を言い渡されてたんだわ。起きたら速やかに命令を伝えろって」


 そうだそうだ、と懐を探るハヤト。冷えた目線でそれを見つめながら、ハヤトが取り出す命令書に目を配る。


 ……先ほど俺が軍団長からもらった命令書と同じ材質の紙だ。つまりそれは、軍団長からの正式な命令書という扱いになる。


 そして、同時期にこのような格式ばった命令書をもらうということは、つまり――。


「端的に言うと、どうやら俺とお前は同じチームになるみたいだぜ?」


「……は? 冗談だろ?」


「こと命令関係に関して、俺が一度でも冗談を言ったことがあるか? それにこういう場で嘘をついたら、それこそ軍規違反になりかねないからな」


「……ん? チームメイト? いや、まさかだとは思うが、お前、『管理人』になったのか?! ということは、階級も特進ということに……」


 ハヤトは肯定すると、肩の階級章を俺によく見えるようにしてくれる。……そこに輝く徽章は、まぎれもなく第三位将官の立場を保証するものだった。


「というわけで、同じ職場で働く仲間としてよろしくな、『管理長』のヴィオラさんよ!」


 軽快なハヤトの声と裏腹に、俺の頭は暗くて重い何かを訴えかけてきた。その正体が不安であるところを見ると、俺はハヤトと一緒に働いて、どうにかなってしまうのではないかなんて思ってしまっていた。

 胃がきりきりと痛み出すような、そんな気がした。

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