In the past:過去は甘やかに


 それから一時間。第四区画への帰還を果たした俺は、休憩もそこそこに、軍団長の執務室前に立っていた。


 後ろには、先ほどの伝令が立っていた。その目は鋭く、何をしてもすぐに抜刀して対処できるようにしている。


 軍団長からの命令の詳細を聞く恐怖と、後ろの伝令の殺気で震える手で、大きな扉を三度ノックする。数秒ののちに、重く、低い声で入出の許可が出る。


「失礼します」


 部屋に入ると、そこには質素だがしっかりとしている執務机に座っている、厳つい男がいた。この人こそ、第四区画の軍団長である。


 その男が、ただでさえ怖い顔をさらに恐ろしく顰めていたので、こちらとしてはたまったものではない。早々に頭を下げて、直接顔を見ないようにした。


「顔を上げろ」


「はっ」


 見た目と同じく厳つい声がかけられ、俺は顔を上げる。


 軍団長はそんな俺を見て、書類を広げ始める。そしてある書類をとって、伝令兵経由で俺に渡してくる。


 ……紙の質から見て、略式ではなく、本物の命令書だろう。恭しくそれを受け取って、伝令兵にそれを渡した。


 丸められ、紐で括られた命令書を懐へとしまって、軍団長へと目線を向ける。


「――大まかな概要は、聞いているな」


「はい」


「これから貴官に、詳細な説明を行う。……そこの伝令、退出しろ。ここから先は『』である」


「はっ!」


 そういって、伝令兵が部屋から出ていく。


 二人きりになった俺は、軍団長が醸し出す重圧感あふれる雰囲気に少したじたじになりつつも問いかけた。


「……最重要軍事機密等に関われるほどの功績も上げておりません。また、軍団長に対して媚びを売っているわけでもなく、能力的にも、他の将官と比べるといささか見劣りが過ぎると言うものです。何故、私なのでしょうか?」


「ヴィオラ、貴官が選ばれたのは、外ならぬその経歴と能力だ」


「何故です? 私の能力など、精々反応速度を上げることしか――」


「――『』、と言うそうだな。一秒を何倍にも引き延ばすことができる能力。よくそれで『他の将官と比べると見劣りが過ぎる』と言えたものだな、ヴィオラ・レーシュテイン第二位将官」


 ……流石は軍団長である。俺が軍団に入って以来、一度しか使用したことがない能力を把握しているその情報網に恐怖と感服を覚える。


 だが、それだけでは理由たり得ない。ただ強い力を持った馬鹿が軍隊にいたら、迷惑なだけで一利にもなりやしない。


 そんな俺の疑問を解くように、軍団長の口から二の句が継がれた。


「それに、貴官は元『管理人』をしていたと聞く。そして、神聖区画歴始まって以来の大戦争――【】にも参加していたとの記述がある」


「そ、それは……ッ!」


「何、貴官もその時は兵役に就いていたのだ。軍籍があれば、調べることは簡単だ。で、ヴィオラ・レーシュテイン第二位将官。率直に言おう」


 その先は、この話を持ち出された時点で予測がつく。


 俺が、五年前のあの時以来関わろうとしていなかった、あの役職。もう関わりたくないと思った、あの場所と、アイツら。


 それは、その役職の名前は。


「――貴官には、『兵器管理長』の任を与える」


 瞬間、目の前の景色が一気に白くなったような気がした。


 動悸が収まらない。手足が震えて、うまく呼吸ができない。


 汗が噴き出て、目からは涙があふれ出る。忘れたくても絶対に忘れられないあの体験が、フラッシュバックを起こし、怒涛となって俺に襲い掛かってくる。


 守りたい。守れなかった。守られてしまった。真っ黒な感情の怒涛が、心に襲い掛かる。暗くて、辛くて、悲しくて。もう何が何だかわからないほどに、心が乱れる。


 膝から崩れ落ちる。心が真っ黒な感情に飲み込まれると同時に、俺の意識も掻き消えた。


 頭の中には、一つの言葉が延々と響いていた。











――愛してる。愛してるわ、ヴィオラ。最後に笑いかける相手が、会話する相手が、触れてもらえたのが貴方で……本当に良かった。


 彼女は今でも、俺の脳裏で微笑み続けている。

 その体を、粉々になった体を。中空に舞わせ続けながら。

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