The fate begin to change:始まり。あるいは終わり




「――いでっ!」


 下腹部に痛みを感じて、急速に意識が覚醒していく。


 心地の良い昼寝を邪魔されて、今の俺は猛烈に怒っている。その原因がどこか、と探ると、案外簡単に原因は判明する。


 そもそもここは馬車の中。しかも軍事物資が満載してある、貨物馬車の一つである。


 そんなところで寝ていれば、ひょんなことから木箱の隅っこに腹を打ち据えるのは仕方のないことだった。


 いちち、と声を上げながら体を起こす。眼前には流れる木々。来るときはこの森林地帯に感嘆の声を上げたが、二度目となると少しうっとおしさを感じてくる。


 ちなみに一度目を見たのは、第七区画での戦役へと出向く時だ。

 ……そういえば、この戦役で水の一滴すらなくなっていた。寝起き故の喉の渇きは癒せそうにない。


 ため息を一つ吐いて、木箱に腰を下ろす。車輪が時折小石に乗り上げて、強く尻を叩いてくる。乗り心地が悪いったらありゃしない。


「ヴィオラ様、お目覚めで?」


「ああ。さっき起きた」


「今現在、第四区画から十キロメートルほど離れた地域でございます。あと一時間もすれば、第四区画へと到着する予定です」


「そうか。ありがとう」


 ……この痛みにあと一時間も耐えなければいけないと思うと、少しだけ気が滅入ってしまう。溜息の一つや二つも出ると言うものだ。


 と、そんな時だった。御者の男が、前方から接近する騎乗兵を確認した。


 御者に促されるまま、御者台へと片足をつけてのぞき込む。その騎乗兵の鎧には、第四区画の軍隊に所属していることを示す、剣が交差している紋章があしらわれていた。


 何かの用があるようだ。そうでなければ、第四区画の『軍団』がこのように騎乗兵を送ってくるはずがないからだ。


 俺は御者に、馬車を停止させるように命令する。そして華麗な乗馬技術で並走している騎乗兵にも、停止の合図を送った。


 やがて、双方の速度は落ちていき、完全に停車する。


 ……にしても、前の奴ら、俺の馬車が停止するのを完全に無視してしまっていた。軍規的に大丈夫なのか、と心配になる。


 そんな俺の心配をよそに、その騎乗兵は馬から降りて、御者へと問いかけた。


「この馬車に乗っている、ヴィオラ・レーシュテイン五位将官に用がある。そこにいるな?」


「はい、ここに」


「貴官に、第四区画軍団長からの伝令が来ている。詳しくはこれを読むように」


 そういって手渡されたのは、最近開発された木皮紙だ。丸くくるまれて、ひもでくくられたそれを開く。


 どんな伝令が来ているのだろうか、と思い戦々恐々とする。……軍団長からの命令は、理不尽なものが多いとの噂をよく聞くからだ。


 『新卒兵100を率い、【獣】との軍事演習を行え』だとか、『一週間でこの兵たちを熟練の兵に育て上げろ』だとか。どちらも不可能な命令である。しかもこの命令を遂行できなかった将官には、もれなく降格処分が下される。


 第四区画の軍団の三大恐怖、『獣・商人・軍団長命令』とは伊達ではないのだ。


 して、どのような内容がその命令書に書いてあったのか。

 ……それは、想像を絶する内容。驚きをもってして、その命令を聞くに値する内容だった。


『ヴィオラ・レーシュテイン第五位将官へと告げる。この伝令をもって、貴官の階級を三階級特進とし、第二位将官の階級とする。なおこの特進に伴う勲章の授与などは伴わない』


 これだけで、正直卒倒ものである。軍人に於いて三階級特進というのは、世界に素晴らしい功績を残した軍人でも難しい経験であるからだ。


 過去に英雄的功績を残した一人の軍人でさえも、二階級特進が限界であったことを考えると、この特進は異例中の異例であると言える。


 どんな理由で特進が行われるのか。正直に言うと、見たくなかった。こんなもの、軍団長の指令でなくとも碌なものではないことはすぐにわかる。


 しかし、そんな俺の心情に反して、騎乗兵は冷えた目で俺を見ていた。一瞬目が合って、顎をしゃくられる。早く読め、ということだろう。


 心を決めて先を読む。願わくば、まともな指令でありますようにと祈って。


『また、【第七区画戦役・No12】にて、貴官の任務を解く。明後日、第八区画へと軍籍を移し、新たな任務へと就いてもらう。またこのことは軍事機密である。伝令と貴官にしか閲覧は許されていない。読了後、速やかに燃やせ』


 軍事機密。


 その四文字は、俺に少なくない――否、大きすぎる衝撃を与えた。どう考えても面倒ごとの臭いしかしないからだ。


 ただ、この混沌とした現状で一つだけわかることがある。


 ……俺の未来は、限りなく暗雲に包まれつつある、ということだ。

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