第2話 ブレイム・イット

 その酒場は明るかった。正確に言えば「バー」といえるようなものだが、やけに明るい電灯のおかげで雰囲気は台無しになっている。大体は暗いようだが目に優しいようにしているのか。レーシック手術じゃあるまいに。

 その店に一人の人間が入った。前染冬菊。可憐な少女のような容姿に反して裏があった。冬菊はカウンター席に座る。

「ナ、ナ、ナ、ナンニシマショウカ?」

 痩せ型の中年女性が話しかけてきた。この店「グラス」のマスターである。元傭兵とかいう話だ。手榴弾で爆破されたとかチェーンガンで撃たれたとか6階のビルから落ちたとか、どちらにしろ「死ぬ」事態にあったという。

 だが時は2067年。医療技術の発展もあり、彼女は居酒屋を切り盛りできるまでに回復した。

 とはいえ傷跡は痛々しい。人工眼球・人工咽喉・人工筋肉に義指……と肌色の中を灰色がところどころ点在していた。

「……カップ酒」

 安酒の定番と言ってもいいコンビニや酒屋で300円程度で売っている酒。彼女は別段、金がないわけではない。だが飲む酒はこれと決まっていたのだ。

 アルミの蓋が剥がれ透明なガラス容器に入ったまま、カウンターに出された。接客態度としては最悪だがあまり気にしなかった。拳銃を突き出して金を請求されないよりはマシという感じである。

 それを飲もうと冬菊がカップに手を取った時、

「まだ安酒なんか飲んでるわけ?」

 と声が聞こえた。隣を見ると知り合いがいる。

 名前は青笠郁菜あおがさ あやな。黒髪で巨乳、グラドルのような容姿をしている。ニヤニヤしながら見てくるが冬菊は冷静に返した。

「……これを飲む理由はわかるでしょ?」

「ええ? まあ、あれだな、そういうこともあるんだな」

 適当に流された。微妙にショックであった。

「マスター! ウイスキーの麦茶割りで!」

 と空気が読めないような大声が聞こえた。

 声の主は足利鈴あしかが りん。郁菜とは仕事上の関係であり、彼女の部下だ。金髪で紫色のメッシュが入った見た目である。バンギャルみたいだ。

「ハ、ハ、ハ、ハイ。アオガササン、ハ?」

「あたしはビールで。というか鈴さんよぉ〜……まず私が先にな」

「いーじゃないですか! 蝶がですね! 話しかけるんですよォ? お酒を飲んで綺麗な川を作りまひょ〜って! キャハハハハ!」

 何を言ってるかさっぱりわからなかった。上司の郁菜も相手にすると脳みそのシナプス細胞が無駄になるように思えたので、親指で鈴を指差しながら、困ったような顔で冬菊に言った。

「でもよ、こいつ、車の運転はうまいんだぜ? 困っちまうよ」

「……今日は車で帰るんですか?」

「おう。まあ飲酒運転なんざ問題ないさ。いつも酒で酔ってるような女だからな。酩酊状態で100キロ出しても1・2回しかぶつからねえぜ?」

 一回でもぶつけたら死ぬと思うがそこは避けておいた。

(全くもってまともな奴がいないな、この街は)

 それを裏社会のブローカーであり運び屋の郁菜に思うというのはなんとなく酷に思えたので黙っておいた。今更、という感情もある。自戒もあった。

「アイツを『まともじゃない』って思ってんのか? だがこの世界じゃアイツは『まとも』だぜ。むしろあンたの方が『まともじゃない』のさ」

「……それはこの社会が『まともじゃない』からじゃないからでは?」

「それも言えてるだろうな。だけどその『まとも』の基準は現時点の社会さ。だから社会が『まともじゃない』なんてのはありえないのさ。例え小学生がリーダーの犯罪組織があったって可能性としては十分あり得ることなのさ」

「まあ前提が違うから……貴女にはわからないでしょう。もちろんそんなことで可哀想な孤独な私、なんてのを演じる気はありません。だけど絶対わからないだろうな、とだけは思ってるだけです」

「そんなことくらい私だってわかってるよ……。おっ、出かけるのかい?」

 冬菊は既に代金をカウンターに置いていた。腕時計を見通し、郁菜に言う。

「ええ。では」

 店の床を踏み歩く。そして出口のドアへ手を伸ばした。





 扉は開けられた。

 警備員2人はドアを開ける。看守の緊急連絡を通知したからである。確か強化人間や改造人間やらを見張っているため、危険が起こる可能性は十二分にある。だがやる気は起きなかった。

 なぜなら看守達はその暴力によって強化人間を支配下に置いているからである。今までも緊急連絡が呼ばれたことはあるが、それは看守達にとってあえて強化人間に押させたりして絶望感に浸る顔を作り出すための布石でしかなかったりした。

 加えて彼らは2人共『男』である。『男』であるならそんなに臆することはないと、一応の装備だけは整えて、だがまるで草野球でも観覧するような気持ちでその留置所に向かったのである。

 警備員である女2人は驚く。そこは暗かった。電灯が消されていた。何かおかしい。看守なら消す必要はないからだ。そこに一つの影が見える。廊下側の光から映る、何かの山だ。警備員の1人が部屋の電灯スイッチを押した。

 目の前には看守達の倒れた姿があった。背中に手を組まれて簡易手錠で手を組まれている。そしてゴミ廃棄場のように山積みにされていた。床には血痕。まさか。

 気づいたのも遅かった。人造人間のソウと強化人間のエイジは部屋の端に張り付いている。蜘蛛のように手足の腕力で壁を突っ張り、ドア側の上隅へ待ち構えていた。手には苦しめられたスタンロッド。

 少し出力を下げ、警備員の背後へ飛びかかる。

 電撃を浴びせる。

 ダァンと警備員は糸が切れたように倒れる。

 見逃さない。

 腕をグイッとまわし、首根っこを締め上げる。

 チョークスリーパーだ。

 人造人間と改造人間による怪力の首締め。

 あっという間に警備員は落ちた。つまり意識がなくなった。

 これで第一関門は通った。ソウは認識する。エイジの記憶が正しければ、警備員は拳銃を持っているはずなのだ。ホルスターを探す。

 あった。『初めて見る』がそれが『拳銃』ということはわかった。

 H&K HK45。ダブルアクション。45口径。10+1発。ドイツ製。なんでか知らないがそんなことも頭に思い浮かぶ。

「黒金の雷光……! これは素晴らしい」

 ソウはドアを静かに閉めながら高揚しているエイジを見た。精神錯乱はより明らかになったが何故か銃を扱いには慣れているようだ。ソウ自身も何故初めて見た武器をそのように使えるのかわからないが、使えるんだから仕方ないので気にしないことにした。

 今の第一優先事項はここから脱出することである。気絶した警備員を調べるとポケットの中に地図があった。この施設内を警備するのだから持っていても当然である。

 これで道具は揃った。だがまだ第一歩に過ぎない。これから完成させなければならない。それにもう引き返せないのだ。看守と警備員を倒した時点で『廃棄処分』となるのは、エイジへの仕打ちを見ると可能性としては十分に見受けられる。するしか生き残る術がないのだ。

 決意を固める『今日』産まれた男。電灯は灰色の壁を写していた。

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レディ・ダイ メンテ @miidarakusomusi

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