レディ・ダイ

メンテ

第1話 アイ・キャント・ルーズ

 透明な液体だった。

 水、ではない。H2Oではとても代用できない存在がその中にあるからだ。

 人造人間である。文字通り、人間の手によって、それも生殖行為なしで作られたヒトである。詳しく言えばその者は男性である。筋肉が程よくついたスポーツマンのような体型だ。精悍な顔立ちはその目に見える強さを引き立たせる。ただ毛髪だけが生えていなかった。そんな存在を安全に、なおかつ安定して存続させるには特注の体を守る液体が必要なのである。

「ついに今日がやってきましたか……」

 そう女は言った。白衣を着て、いかにも科学者のような目つきである。同時にそれは真実でもあるし、周りの環境からみてそれは簡単に推察できた。部屋一面が白色という簡素な場所だが、まず彼女の近くにはコントローラーパネルがある。様々なパネルや計測器など、一つ説明するのに10分はかかりそうな……そういう見るからに複雑そうなものであった。同時に彼女の目の前には人造人間がいる。天井まで届かない円柱で外面がガラス張りの物体だ。

「しかし男が目覚めるなんて……心臓に悪いわね」

 白衣の彼女の隣に、これまた白衣の女性がいた。彼女もまた科学者である。特徴としては眼鏡をかけているところだろうか。暫定的に「メガネ」と名をつけていいだろう。

 メガネは計測器を睨む。彼女に与えられた情報と脳波や心拍数の様子から照らし合わせると「男」が目覚めるのはオープンリーチのように明らかだった。

 ついでに書くと男、わかると思うが人造人間の頭部には黒いヘルメットのような装置がつけられている。それらにはいくつものチューブがついており、その管は人造人間を収める「器」に蓋をしている金属上のものに通っていた。それにより情報関連のものは扱っているということが考えられるであろう。

「まあ我々にとって男とは脅威ですが……一方では不可欠なものですからね。憎たらしいことですが……」

 今更だが眼鏡をかけていない「白衣」は部下である。彼女の言葉にメガネは続ける。

「しかも男は始末に負えないわ……。『負いたくない』というのが正確かしら。めんどくさいのよね。今の小学生でも男は暴力的な力を兼ね備えた粗暴で猥雑で低脳な生物なんてこと知ってるくらいだわ。これは科学的に検証されていることだしね……」

「全くです。しかしこの研究が本格的に成功すればもはや男という存在は価値を無くす。排除するのはもはや簡単な領域に……いっ」

 白衣が溌剌と驚愕を行き来させる。彼女の目の前にはその『男』がいた。目を見開き、こちらをずっと見ている男が。

 夢物語の実験ではないとメガネは思う。つい汗が出た。彼女はそうとは知りながらも男を見ながら、口を開いた。

「ついに……初まるのよ……」



 乱雑な部屋だった。いや、一見したら書籍などは整頓されているように見える。だが種別に見ると生物学から工学やらバラバラだ。普段、部屋が散らかっているが母親からドヤされて嫌々片付けたけど、整頓する気はまるでない中学生のようなものだ。

 ただ相違点はある。一つは受動的でなくその部屋にいた彼女はなんとなくでそこを片付けだけ。二つは彼女は平均的な中学生の知能じゃ追いつかない頭脳を持っていることだ。

 コンコン、と軒並みな擬音語であるがノックの音がした。整った乱れの中にいる彼女、高間塚 雨里たかまづか あめりは大体どういう要件か想像も着いていた。

 とはいえ彼女は部屋の中に入らせることはない。不純物が入ったりでたりすることは嫌いなのだ。実質的でもあり感情的でもある。

 雨里はドアを開ける。いたのは眼鏡だった。いや雨里自身も眼鏡をかけているが、ドアを開けた先の眼鏡はさっき人造人間を見ていたメガネである。隣には白衣、それに新たなメンバーもいた。

 髪がない男だった。ただ老齢というわけではない。産まれたての赤ん坊のような、老いというより生命を感じさせた。ガタイはよく、大理石でできた彫刻のような顔つきであった。ただ眼光は似合わないほど純真である。

雨里はわかったような表情で男に言った。

「貴方の名前は?」

「……ぞ……んず……」

 言語を発するという人間に備わった機能を、初めて車を運転する大学生のような拙さで言っている。とはいえ彼の場合、上達は普通と違う。

「……そ……そ……そ……う……『ソウ』です……。私の名前は『ソウ』」

「うん。ならよし」

 雨里はニヤける。近くの白衣と眼鏡は嫌そうな顔で、なおかつ理解ができないような微妙な表情だ。

 雨里は質問を続ける。

「炒飯の作り方は?」

「……卵を入れて……ご飯を入れて……野菜と肉も入れて炒める」

 料理というのは科学である。人間の味覚が不快に思わぬよう、そして栄養源を手に入れるために食材に試行錯誤する科学である。ということはある程度の方法がある。理論的な方式を把握できているかどうか、というのは重要な事柄であった。

「よし、こいつは間違いなく『ソウ』だ。ひとまずは実験成功と言ったところだな」

 雨里はそうは言ったが表情は少し冷めていた。研究には冷静さが必要である。せっかくのチャンスを反故にはできない。というわけで白衣に釘を刺す。

「とりあえずは収監すること。普通の人間より強化されてるからな。監視をしっかりとして、余計なことをしないように」

「ご心配なく。手錠はかけています」

 白衣が言う。確かにソウの手首には枷があった。手錠にしては大きく全体を抑えるような特注であるが、やすやすと逃れられなさそうな丈夫さが見てとれた。

「手錠をかけているだけで大丈夫というわけじゃない。シャーペンでまだ芯を入れた段階、肉を解凍して肉じゃがにするかどうかという、前段階だ。ここから油断しないようにな……特に……」

 ゴガッと荒っぽくドアが空いた。鼠色のそれは金属音を加速して耳に入り込む。音のなる方を見ると、そこには男がいた。

 黒髪の、痣だらけの男だ。両手をあの大きな手錠で縛られている。バランスが取れなかったのか、その者は倒れた。

「オラオラァッ! なんだ!? 早く逃げろよ! オラ! せっかくのチャンスだぞ!」

 長髪の女は嘲笑と罵倒を混ぜて叫んだ。あの格好はこの施設内の看守である。現に彼女は警棒の形をしたスタンガンを持っている。別名スタンロッドである。先にある金属部分から電流が流れる特注だ。また残り2人の女も笑いながら、倒れた男にスタンロッドを向ける。

「ぐあああァァッ!」

 電流を流された男は叫んだ。痛み。苦しみ。それが全身に拡散する。意識が飛んだり、飛ばなかったりするような感覚で認識が動く。

 蹴りが飛ぶ。男の脇腹に容赦しない、石ころでも蹴飛ばすような勢いで、地味な看守は暴力を振るう。男の口から胃液がこぼれた。そんなことは知らないと顔がでかい看守は男頭を壁に叩きつける。グガッと鈍い音がなると、その虚ろな口元から出ているモノを見て、彼女は大きく笑った。

「ぎゃはははっ! きったねえな! これだから男はダメなんだよ! 暴力と汚物! 社会の害悪!」

 下卑た声を上げながらスタンロッドで頭を殴る。電流が走り、男は脳髄がドリルで抉られるような感覚を感じた。痛み、なんて言葉で表していいのかわからないほどの攻撃力。昏倒していた。体は動かなかった。

「オラ、行くぞクソゴミ!」

 そう言うと男に首根っこにある裾を掴み、生ゴミを捨てるように部屋に押し入れた。誰が言ったのかは定かではない。

「やはり男は……あれくらいしか価値がないんですね。確信しましたよ。サンドバックこそ、世のためです」

 メガネの女はそう当たり前のように言った。そんな彼女に雨里は聞く。

「あれは……看守?」

「はい。強化人間に関してあのような制裁をしてますね。……問題がおありですか?」

 しまった、とでも言うような暗い表情で聞くメガネ。雨里は返す。

「いや、別に」

 あの強化人間の実験や知りたいことはもう既に把握している。その後はどうなろうがしったこっちゃない。興味がなかったのだ。

「どちらかといえば……『ソウ』の方だ。あの看守達にはちゃんと言っておけ。ファーストクラスとエコノミークラスとでは対応が違うくらいわかるはずだろ」

「了解です」

「じゃ……あとは気をつけて。私は今からも色々とまとめないといけないから、準備にでもあがっておくよ」

 雨里はそう言うと自分を部屋へ戻った。ドアが閉まる音と「いつも準備してるわね」という白衣の思考が繋がった。

 そして後輩のメガネが問う。

「……で、看守には報告します?」

「いいんじゃない、別に。言っても言わなくても大差ないし、結果も変わらないわよ。じゃあ言わない方が楽じゃない」

「それもそうですね。じゃあこの男を受け取らせるだけで」

 反故とは慣習で産まれるものなのか。



 目覚めて、起きて、そしていつの間にかここにいた。そんな唐突さが人生でいきなりふりかかる。だけども男は、『ソウ』は、落ち着いていた。

 彼は先ほど、出てきたのだ。産まれたのではなく『出てきた』のである。そんな感覚だが記憶はある。何故だ。覚えていることはない。だが自分の顔と呼ばれる部位の近くにある頭という部位が、何か関係あるのは知っていた。記憶は機械。何か硬い、金属の何かが取り付けられていた、それも『出てくる』時にあった思いしかなかった。

 何故、自分は何もわからないのに何個かはものをわかっているのか。自分の出生、今いる場所、時間、人物、それらがわからなかった。だがその「出生」「場所」「時間」「人物」という言葉とその概念はわかっていた。何故かはわからない。それにあまり意味がなかった。

「ぐぃいいぎぃっっっ!」

 男の悲痛な声が聞こえた。殴られながら電流を、殴って電流を、蹴って電流を、女3人に受けていた。

 彼女達は笑っている。

 危ない。

 笑いながら人を殴る、ことが危ないことをソウは知っていた。見たことはない初めての光景なのはわかっていた。だがそれが十分脅威に値することは理解していたのだ。

「おっ? 新入り君かぁ〜。ん? 科学者とかいねーの?」

「いないみたいですね」

 顔がでかい女が言った。本当にでかかった。長髪はソウに言う。

「とりあえずテメーはこの檻の中だ。誰か、鍵開けろ」

 そう言うと地味な女が鍵を取り出し、白い鉄格子への入り口を開けた。逆らってはならない、と感じたソウは普通な心境で入った。

 いや正確に言うなら「入ろうとした」だ。ソウは蹴飛ばされていた。

 思わず振り向く。そこには地味な女が足をあげていた。格子の中は薄暗く、寝転がるしかないほどの広さしかなかった。

 格子の間には隙間がある。その隙間に見えたのは金属の棒だった。

 ソウにそれが当たる。

 痛み。衝撃。攻撃。破壊。初めての感覚だった。その電流は初めての、脅威であった。

 危険危険危険危険危険危険。

 体が告げる。これは知っていたことでもあるし、それに細胞が知っているような連呼だった。

 まだ知らない。ソウは目の前の脅威を振りまく存在が「看守」というものだということを。

 一方、長髪の看守は先ほど集団で暴行を加えていた強化人間を格子に入れた。今日は二回蹴っただけでさっさと持ち場に戻ったので物足りない。そこにいい新しい素材が登場したのだ。これは暴力を振るう相手として相応しかった。

 彼女にとって彼らに対する暴力はごく自然なものだった。自分達の仕事はとても辛い。だから徹底的に必要以上に追い詰めることもできるし、それに相手は男だ。殴ってもいい存在なのである。殴ってはならないが殴っていい、それだけのよくある対象としてしか認識してなかった。

「ホラホラホラ〜、早くよけねえと当たるぞ?」

 顔のでかい同僚はスタンロッドの長さを伸ばし、男に向けてフェイシングのように突く。避けようとするが、その大きな体は牢屋の中では邪魔でしかなかった。電流があたり、声にならない声を発しながら、のたうっていた。

 とはいえ、何やら物足りなさを感じた。『痛み』を感じない。彼が感じている『痛み』が薄すぎるのだ。それは昔から弱者を殴っていた長髪だからこそわかることであった。コツがとれてない。彼女はそう思い、スタンロッドを伸ばして、人間を突くゲームに参加した。

 まず足元を狙う。するとそれなら男は簡単に避ける。だがこれは問題ではない。次々と避けてもらうように足元を狙って突く。そうすると男は最終的にどこか進むことが確実になる。

「そこは便所だよバーカ!」

 そこだけ少し天井が高くなっている和式トイレに男はついた。そこで三人は逃げ道を塞ぐように右・中央・左とスタンロッドを伸ばす。

 男は壁を蹴り上げた。横にスッと飛ぶ。三つのスタンロッドをなんとかかわし、一方の端へ逃げた。長髪にとって驚きの身体能力であった。ちょこまかと、便所の水に顔を突っ込み無残な姿を見せない、異様にプライドの高い虫だと思う。イラつく、がこのイライラは暴力で発散するしかなかったのだ。どうせ彼らは逃げられない。手錠や格子もある。いつも通り暴力を振るえば、何も変わらないのだ。相手はどうせ反撃できない。

それは甘かった。

 格子の入り口は蹴飛ばされた。簡単にあっけなく、男の蹴りで開いたのだ。

 呆然とする。こんなことは『知らない』。だが男はそれを『知っていた』。鍵をかけられているなら外せばいい。

 手錠のふちをハンマーのように振るい、地味な女の顔面にぶつける。鈍い音がした。彼女は派手に飛ぶと、もう一方の格子にあたった。運が悪いことに、彼女は鍵をかけていなかった。にも関わらず鍵を手に持っていた。男に暴力をふるえるという喜びを優先して、義務を後回しにしてしまったのである。

 あの強化人間のような、いつも暴力をふるえるような、そんな存在としか思っていなかった。舐め切っていた。

 ソウは鍵が四つほどつけられているキーホルダーが落ちていることを確認すると、それを足の親指と人差し指でつまんだ。そして軽く蹴り上げ、鍵を目の前に浮かべる。空を飛んだそれを口で掴む。舌と歯を交差して尖った方を手錠の鍵穴へ突っ込みひねった。手錠はなんなく落ちる。ゴトンと重たそうな音をした。

 このことを1秒から2秒、そんな短期間で可能にした。もっと言えば格子を出てから地味な女を倒すまでに2秒しかかかっていない。

 あまりにも早い。まるで人間業ではないような、色々と何かを超えている反応速度であった。

 長髪もなんとか反応よくスタンロッドをソウに向かって振りかぶったが遅かった。

 簡単にそれは横に避けられ、振り下ろした右手を、ソウは左手で掴んだ。

 腕をまっすぐに伸ばさせる。そして思いっきり左肘で腕を蹴り上げる。

 折れた。ガキッともピキッともいえない嫌な音が出た。長髪は折れた腕からとてつもない痛みを感じる。

 そして一瞬で痛みは消えた。ソウは彼女の頭を掴み、力任せに格子にぶつけた。何か変形したような気がした。意識はなくなる。

「ひっひっひっひっひっ」

 汽笛が壊れたように顔のでかい女は白い何らかの危機をお手玉していた。本当にそんなようで指も腕も震えていた。恐怖しているのだろう。初めての攻撃に、何もできない自分に発せられる結果に。

 結果はすぐに出る。スミスアンドウェッソンばりの、拳銃のような蹴りが男から放たれる。ただの蹴りだが、その速さや圧力や迫力は人を殺すために生まれた道具と同等と言ってよかった。でかい顔はいい的になったようで、鼻がへし折れ、顔面の骨が幾つかヒビが入り、脳みそはショックで一旦機能を停止させた。

 三人の女は無残な姿で格子と格子の間の廊下に倒れている。

 これが自分の力。ソウは驚いた。簡単に人間が倒れる。新聞紙を破くような感覚で人間が倒れるのだ。

 おそらく殺せる。この肉体だけでも人を殺すのに問題はないだろう。こんな力があることに感謝した。あのままでは「殺される」と、実際はどうか確かめようがないが体や知識はそう伝えていた。ならば対象を排除したり逃避するのが常道ということも知っていた。何故『知っていた』のかはわからない。

 彼はもう一方の男を見る。あの時、廊下で知らない女に質問されている時、そこにいた男だ。暴力を受けていた男だ。

おそらくずっと受け続けていたのだろう。長らくあの女達から虐待を受けていたのだ。

 つまりは彼は長くこちらにいるということだ。

 ソウは自分の正体はわからなかった。そして現時点の状態が危ないこともわかっていた。確かにあの電流の走る、今自分が頂戴している武器に蹂躙していたら死ぬとわかった。とはいえ、そんな彼女らに報いて逆転しても『後』がある。具体例は全く浮かばなかった。だがその『後』は自分が永遠に残り続ける『跡』であることも何故か知っていた。

 とはいえここはどこかわからない。知らねば対処のしようがないのだ。そのためには、この、赤の他人かつ初めての同性である目の前の男に、ここがどこか、自分が誰か、などという情報を聞かねばならなかった。

 即決である。格子を開けた。こちらも鍵がかかっていなかったのである。鍵があるのにかけないのは単純に不思議だとソウは思った。

 出てきた男は黒髪だった。無精髭で死んだような目をしている。対するように体は鍛えあげられている。彼は倒れている女を見るなり、ソウに言った。

「かたじけない。拙者の名はエイジ。電光忍者でござる」

「……?」

 訝しげな顔をするしかソウはできなかった。そんなことは全く気にもとめず、エイジという男は続ける。

「我が電光忍者は正義のために世のため人のため奔走していた。だがこの風魔……いや封魔族の研究施設に捕まり拷問を受けていた。地獄のような日々であるが……情報を吐く前にそなたにこの命を救ってもらえた。感謝したい」

 何を言っているかさっぱりであった。ソウは忍者というものは知っていたが、それは既に滅んでいる存在である。さらに電光忍者なんてのもわからないし、封魔になるとさっぱりであった。

「抹殺。ここにいる者は抹殺する。一人残らず世界の秩序を壊す者は破壊せねばならぬ。それが電光忍者たる者の仕事。正義で人を殺し、殺すことにより人を活かす。だがそのためにはこの根城から脱出せねばならぬ。恩人よ、またすまぬが、手を貸してくれまいか」

「……」

 呆気にとられる。危ない者とはわかった。殺すだのなんだの、それも真顔で言ってる者がまともなど、ソウの知識にはなかった。

 とはいえ、敵ではない。ここで敵ならそこのスタンロッドで目を潰そうとくらいはするはずだ。ソウは今、仲間が欲しい。ここはどこか把握し、何かしなければならない。

「……まずここはどこか……教えてください」

 何故かこういう時は敬語で言うことも知っていた。

 男は妙にいい顔で答える。

「ああ。電光が月光になるように、満月に誓おう!」

 何を言っているかわからない。ここで情報を小出しにするとこうなる。

 男の精神は、汚染されていた。





 街の一角に佇む事務所のような家屋。窓から月光がさしていた。

 カーテンがしめられる。電灯はつける必要はない。もうすぐ外に出るからだ。

 ショートカット、きめ細やかな肌、大きな目、整った鼻や口。その者は階段を下りている。愛らしさと鋭さが空間を占め始めていた。

 ドアを開ける。街は相変わらず暗かった。電灯があるが、黒に染まっていた。

 そこを歩く。前染冬菊まえじま ふゆきは歩いていた。男のような名前で女のような顔立ちをしている。

 まだ仕事に行くわけではない。時間は十分にある。その前に酒でも飲むのが習慣であった。

 月は満月だった。

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