蛙坂絨毯
鯣 肴
蛙坂絨毯
或る雨の日の事だった。或る田舎の山道。車一台が限り限り走るのがやっとの、全長数百mの、湾曲の続く、見通しの悪い下りの坂道。其処を抜けると私の自宅であった。
その日は仕事が珍しく早く終わった。爽快な気分で買ったばかりの軽自動車に乗り込んだ。ところが、運転すること数十分、曇りで留まって居た天気は崩れ始め、黒雲で空は覆われ、すっかり辺りは
明かりを点けなくとも外が見えない程の冥さでも無く、正面の大窓からの視界を雨が邪魔する程の勢いでも無かった為、そのまま、普段の様に先へと進んで行く。
最初の湾曲を超え、坂の中盤程度に差し掛かった頃だっただろうか。前方の道に普段とは違う様子、雰囲気が見受けられた。今思えば、此の時に引き返す可きだったのだろう。多少無理をしてでも。時間が掛かると判って居ても、車を逆走させる可きだったのだろう。
だが、私は進んでしまった。後戻り出来ない処
進んで行く内に徐々に目に入って来る違和感は現実的に、鮮明に成る。目に入るのは緑。一面の緑。それが本来灰色である
私は何事かと思い、車を止める。すると其処に居たのは、蛙。辺り一面に
私は其の場で大きな足音を響かせた。すると、
だが、今更引き返せはしない。此の道は狭く、逆走するとなると大きな危険を伴う。それに因る事故も過去に此処で起こって居たのだから。其の事を
覚悟を決めるしか無かった。此の
車に戻った私は、一度下を、進行方向の緑を
ブォゥーン、
ブチブチブチブチブチブチ…………
破裂音が響き渡る。車の
私は速度を一気に上げ、其処を一秒でも、いや、
速度計に目を向ける。十数km/hしか出て居ない。此れ以上は危険、出せないと、心が叫ぶのだ。
足元から聞こえてくる破裂音と理性が闘う。限り限り其れ以上、右足先から力を伝えない様に。右足を踏み切らない様に。気持ちを瀬戸際で抑えつつ。
恐怖に抑されつつも、進行方向へ目を向ける。すると、緑の絨毯に、
私は其の儘進み続ける。早く終わってくれと心の中で絶叫しながら。
!?
何かが車の正面に向かって飛び込んで来る。正面の大窓右側中央に向けて。気づいた時にはもう手遅れだった。
ドォォォォン!
ドォブチャーッ!
其れは私の車の正面の大窓に激突し、ぐちゃりと飛び散った。不幸な事に、体の半分程度のその肉塊を其処に張り付かせ、まるで
そう。其れは
言葉にならない絶叫。それが喉元から勝手に湧き上がる。そして、耐え切れず、右足を完全に踏み降ろした。
湾曲、湾曲。続く湾曲。右に左に必死で
気付けば、家の前だった。車の原動機は停止されて居た。幾程か停車してから時間も経過して居た様で雨はすっかり止んでいた。
これは
左の窓から外を見る。すっかり辺りは真っ赤に染まっていた。夕方。雨上がりの夕日である。自身の網膜に焼き付いた光景の
動く気力を取り戻した私は、車を家の脇の川へと移動させる。そして、車から降り、自宅倉庫から管を延ばし、思いっ切り放水した。車の正面目掛けて。
強烈な水圧が飛び散った血肉、油分、肉片を吹き飛ばす。肉塊もその勢いに負け、剥がされ、川へ流され、下っていく。その後、車体全体に付着していた私の罪と恐怖を丁寧に洗い流した。
そして、管を放り投げ、川縁へ移動する。そして、此れまで内に溜め込んで堪えていた嫌悪、不快感、罪悪感を
其れから私は緑色と茶色が苦手に成った。蛙何ぞは直視出来やしない。そのため、過ごし易かった田舎から都会へと引っ越す事と為った。
蛙坂絨毯 鯣 肴 @sc421417
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