第三十四回 虚数大海戦イマジナリ・スクランブル、ヴァン・ゴッホにまつわるクトゥルー神話要素について【FGO】
【初めに】
悪性リンパ腫の治療に伴う造血幹細胞の自家移植が無事に終了し、退院しました。治療に伴い更新が大幅に遅れてしまったことをお詫びすると共に今後は定期的かつ速報性の高い更新が可能になることをお知らせいたします。このまま二年くらい何事もなく過ぎると完治ですので、応援していてください。
さて、という訳で私が病に倒れている間にとんでもなく面白いイベントが始まって終わりましたね。“虚数大海戦イマジナリ・スクランブル”です。そしてピックアップサーヴァント“ヴァン・ゴッホ”。この二つです。イベントそのものについては、話の構築がイベント内部でかなり丁寧に説明されているので、このイベントに関わった邪神の名前を明示した上でクトゥルー神話の観点での解説を行います。つづいて、ヴァン・ゴッホについては彼女のもう一つの名前についてのネタバレも交えながら、神話的に型月魔術的にどのように成り立っているのかを説明していきたいと思います。
今回は、長くなりすぎた前回の夏イベ解説の反省を活かして要点を絞って解説していくので、細かい用語で気になる部分が有る方は応援コメントなどでご質問ください。そちらからお答えの上、こちらでも反映いたします。
今回は解説前に一つだけ補足資料になるツイートを紹介していきます。
https://twitter.com/yummygrain/status/1330068839976022023
さて、それでは始めていきましょう。
【虚数大海戦イマジナリ・スクランブル~概要~】
今回のイベントの構造はとてもシンプルです。
①ハスターとクトゥルーの仲が悪い
②二柱の弟であるヴルトゥームがハスターと協力してゴッホを用意しながら両者の仲を取り持ち、クトゥルーとハスターで使用権について揉めていた葛飾北斎の悪用を可能にする
③そして途中までやる気だったハスターがドタキャンする(大迷惑)
④大迷惑ドタキャンにより集まった邪神が全員好き勝手やり始める(最悪)
このような感じで本編はすすみました。
これまでにもこの講座で触れたとおり、葛飾北斎はクトゥルーを軸としながらハスターの干渉を受けています。これにより邪神の影響力に抵抗するだけの父娘の絆を発揮できていたのですが、そのクトゥルーとハスターが足並み揃えてしまうと、流石に父娘の絆だけでは抵抗しきれない訳ですね。なので父娘の絆が大幅にレベルダウンして、その分で別のスキルを強化、黒幕としての暗躍を可能にする魔改造が成立していた訳です。道具作成スキルが
可哀想なのは折角のパーティーに向かったらなんかグダグダになってたクトゥグア(楊貴妃)ちゃんなのですが、まあ本編の動きを見てわかるように特に同情の余地も無いのでこれを読んでいるウ=ス異本作成者の諸兄におかれましては、お仕置きブックの作成と委託販売サイトなどの紹介をしてくだされば幸いです。僕が読みたいです。
ゴッホちゃん、すなわちヴルトゥーム側はまあグダったなりにやりたいことをやり通しましたから本当によく頑張った。偉かった。ところでなんだそのEDスチルは、貴様もベッドルーム潜入組か? 許せんな……好き。
【虚数大海戦イマジナリ・スクランブル~仄暗き緑色の二重恒星~】
ゾス、という緑色の二重恒星があるんですよね。さりげなく作中の詠唱台詞でゴッホちゃんが組み込んでいました。「いあ、いあ、うんぐぅりぇづ、ぞす。ちゅばしゅたぐる、ゆるまくふぇぐ、なふるふたぐん」ってやつですね。青ひげの旦那が「火星の傍で緑色の二重恒星~」みたいなことも言っていたと思います。クトゥルーに深い縁のある星で、クトゥルーの落とし子であるガタノトーア、イソグサ、ゾス=オムモグの三柱がここを経由して地球(ムー大陸)に向かっています。これはイマジナリ・スクランブルというイベントが「クトゥルーの差配によりフォーリナーが人理への干渉を始める」という性質を持つことを反映しているのではないかと推測しております。
【虚数大海戦イマジナリ・スクランブル~もしもアビゲイルが居たら~】
ここで今回のイベントで一番の疑問点「最初からアビゲイルを入れていた場合、どうなっていたの?」を解決していきましょう。結果だけ言えば事件はあっさりと解決していたと思われます。
同じフォーリナーと言っても、クトゥルー・ハスター・ヴルトゥームのような旧支配者とヨグ・ソトースのような外なる神では出力が違います。虚数の海という「神の力がある程度自由に使える」条件の中で、「邪神の力に汚染されずマスターを守る意志を維持しているアビゲイル」が居ると、「時間と空間に対して強い権限を持つ外なる神ヨグ・ソトース」が強権発動可能になるので、ヴルトゥームの陰謀を簡単にひっくり返すことが可能になります。
逆にヴルトゥームの陰謀はアビゲイル(ヨグ・ソトース)という不確定要素の動きに最後まで左右されていたとも言えます。最悪、ヨグ・ソトースも解放して大フォーリナー祭りにするつもりだったことは間違いないでしょうが、ここで一つ(ヴルトゥーム)にとって大きな問題があります。
アビゲイルとヨグ・ソトースはかなり無理なく馴染んでいます。そしてそんなアビゲイルは邪神側面をいくら解放したところで2020年の夏イベントのようなマスターの保護をしたがる側面が強いことがわかっています。今回のヴルトゥームの陰謀は百害あって一利なし、すぐにマスターを保護されて不安定な虚数空間もお終いにされる可能性は高いです。力もろくに取り戻してない内にヨグ・ソトースだけが好き勝手やって店じまいを強制されていたことでしょう。
ヴルトゥームという旧支配者のスケールでは、ヨグ・ソトースという外なる神の動きに対応しきれない。だから陰謀事態をひっくり返されて終わっていた。それが私の推測です。
ただ、不確定要素も実はあって、そうなった場合はちょっと事態が読めません。青髭の旦那が「アビゲイル殿と敵対する神性もまた存在します!」ってわざわざ明言しているんですよ。普段はあまり名前が出ませんが、ティンダロスの猟犬(とその主)はヨグ・ソトースと対立しています。クトゥルー神話の世界にはヨグ・ソトースの支配する“なめらかな時間”とティンダロスの一族が支配する“とがった時間”があって、人間は“なめらかな時間”側の存在なんですよね。なので青髭の旦那が言っているアビゲイル殿と敵対する神性とはおそらくそのことでしょう。
確かにこれが出てこられるとちょっともう読めない。ティンダロス側の大物の資料も現段階の日本ではあまり手に入るものじゃないので、本当に読めない。社会人になったので海外資料も買うようになったんですが、無限に買える訳じゃないですからね。ごめんね。
ともかく、最初の演算で推奨されたアビゲイルが居れば、事態は非常に簡単になっていた可能性が高いというのは間違いありません。
【クリュティエ=ヴァン・ゴッホ】
ヴルトゥームの解説はもうやったのでこっち見てね!!!!!!!
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880900124/episodes/1177354054890123898
さて、ネタバレになりますが、イベントも終わった以上、今更ですよね。許してください。ヴルトゥーム&ハスター&クトゥルーで15%、クリュティエ80%、ゴッホ5%、あんまりにもあんまりなゴッホちゃんです。
第三再臨のお腹のあたりがフードを着たハスターっぽいデザインなのが個人的に好きなところです。宝具の台詞では水と風を重視しており、クトゥルーとハスターを強く意識しています。ただ、クトゥルーを水の司祭と表現するのは分かりやすいものの、「水の中に封印されている邪神たちの司祭クトゥルー」を「水の司祭」と呼ぶのはかなりの皮肉です。ヴルトゥームちゃんちょっと納期で仕事雑になってた説ありますよこれは。
そう、雑、雑なんです。ゴッホちゃん、今までのフォーリナーに比べて「意図的な雑さ」がそこかしこに盛り込まれています。楊貴妃、北斎、アビゲイル、いずれも筋立ての上に動いていたフォーリナーたちの中で、目に見えて作りが雑で、今回の一発の為に仕込まれた不完全なサーヴァントというテイストが伺えます。そしてイベントシナリオでそういう特質を持っているものだよとしっかり説明もされています。
ここから何が言えるかと言うと「クトゥルー神話を使った創作は自由だよ」って話になるんですよね。かっちり元ネタに沿うことも、崩して組み合わせることも、どっちもできる、どうとだってできる。作中世界の中で筋が立っているかどうかが大事。そういう話です。型月は今や世界一クトゥルー神話を扱うシナリオを売っている集団ですからね。神話の使い方の多様性を我々に見せつけてくれたという意味で私は一人のファンとして猛烈に感動しています。すげえよなあ型月やっぱすげえよ。
元ネタに沿う、元ネタを崩す、どれをどのくらいやるか意識して扱うと、このように更に楽しいクトゥルー神話創作生活が待っています。みなさんも是非試してみてください。
【最後に】
今回ホットな邪神だったヴルトゥームを世に送り出したクトゥルー神話作家“C.A.スミス”の、日本語未訳作品をまとめた短編集が出版されております。今回は私も翻訳者の一人として参加させていただいております。少部数かつ高額ですので全ての方にオススメとはいかないのですがぜひこちらからご注文いただければ幸いです。
『深淵に棲むもの』クラーク・アシュトン・スミス 短編小説撰集 参 | 書肆盛林堂 http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca27/678/p-r-s/
翻訳は今後とも続けていきたいと思っております。なにかあればこちらでも告知いたしますので、今後とも応援よろしくお願いいたします。
それでは皆さん、次回までくれぐれも闇からのささやきに耳を貸さぬように。
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