人の家の真田幸村
おっぱな
第1話 遠未来の障害児について
よし子ちゃんの家には真田幸村がいます。真田幸村は大きいし、強いし、いいなと思います。
うちには真田幸村はいません。
恐らく、家には一生、真田幸村はいません。
ウチは汚いし、貧乏だし、とりわけ、明るい訳でもないし、暗い訳でもない。すべてにおいて普通の家族。
________私は一生、真田幸村がいない人生を送るのです。
真田幸村がいる人生といない人生... ...。
それはそれで何も変わらないのかもしれない。
変わるかもしれない。
それを分かる人はこの世界にはいない。
それは、この世界には二種類しかいないのだから。
真田幸村が家にいる人か、家にいない人かの二種類。
□ □ □
私は、小さい頃に両親に聞いた事があります。
「どうして、他のお友達の家には真田幸村がいて、私の家にはいないの?」
両親は目を合わせて困った顔をします。
私がこの話をする時はいつも、決まって同じ事を言うのです。
「うちはうち」
納得が出来ません。
幼いながら、ちぐはぐな回答しか出来ない両親に対して嫌悪感すら抱きました。
次第に真田幸村がいない。他人とは違う。という劣等感は社会や両親に向けられるようになりました。
高校生になった私は、両親とはロクに口も利かず、友人や彼氏の家を転々とし、しまいには学校にも行かなくなりました。
世間一般的な言葉で当時の私を表すのなら不良少女。と言った方が分かりやすいかもしれませんね。
そして、成人して、就職して、結婚して、二人の子宝を授かりました。
私の旦那の家には真田幸村がいたそうです。
普通なら、真田幸村がいない私なんかとは話もしてくれないでしょう。
社会に出てからも真田幸村のいた家庭といなかった家庭では、どことなく、格が違います。
家柄というのでしょうか?
何となく、真田幸村がいなかったせいで、下に見られることが多い気がします。
旦那は「そんな事は関係ない。君は君だ。真田幸村なんて関係ない」
と言ってくれる数少ない人でした。
相手の家族は当然、結婚には反対です。
旦那は、親と勘当同然で私との結婚を決断しました。
子供が生まれて、旦那の親は手の平を返したように態度が違います。
やっぱり、孫は可愛いのでしょう。
ただ、向こうの親とは一生、しこりは消えないと思います。
表面上は笑顔で取り繕っても、許せない気持ちもあります。旦那の両親にとっては些細な事かもしれませんが、私にとっては消えない傷。
大人の社会というのは複雑で、絡み合った糸のような形で構成されているのです。
旦那の優しい気持ちに触れてなのか、時間が経って精神的にも成熟したのか、私は徐々に真田幸村の事が気にならなくなっていきました。
両親に対しても「そろそろ、親孝行しないとな... ...」と思うようにもなりました。
子供の入学式で偶然、昔、近所に住んでいたよし子ちゃんとバッタリ再会しました。
よし子ちゃんの側には小さな男の子がいて、よし子ちゃんはその子が離れないように右手をギュッと握り締めています。
□ □ □
入学式が終わり、小学校近くの公園にあるベンチに座り、よし子ちゃんと話をしました。
小学校の時のキャンプでカレー作りを失敗した話。中学生の時に好きな人が被ってしまって、三か月くらい口を聞かなかった話。高校生になってから次第に疎遠になっていった事など、たくさんの話をしました。
ただ、本当に話したい事は別にあります。
『真田幸村がいない私の家をどう思っていたのか』
この事を聞いて「何かが変わってしまうかもしれない... ...」と思い、聞くことにためらいがありました。
せっかく、真田幸村が気にならなくなったのに... ...。
しかし、よし子ちゃんの方から、その話を唐突に始めます。
私の胸に一物があった事をよし子ちゃんは気付いたのかもしれません。
「そういえば、私の家、今は真田幸村いないんだよ」
「え? そうなの? 大変だね... ...」
「いやいや。いなくてせいせいするよ」
「どうして? 私は真田幸村が家にいる、よし子ちゃんの家をずっと羨ましいと思っていたんだよ?」
真田幸村が家にいなかった私は「いなくてせいせいするよ」と言ったよし子ちゃんに対して、悪意をぶつけるように少し意地悪な言い方をしてしまいました。
ただ、よし子ちゃんはため息を吐きながら話を続けます。
「はあ~。世間的には、やっぱり、いた方がいいんだと思うよ。ただね、真田幸村がいるからって税金が安くなる訳でもないし、お金持ちになる訳でも幸せになる訳でもない。何も変わらない。むしろ、食費は一人分増えるわ、部屋は与えなくてはいけないわ。色々と大変なのよ」
「でも、真田幸村がいるってだけで、いいじゃない! 私は、真田幸村が家にいないってだけで、ずっと、劣等感があった! 大人になった今でも、それは忘れる事が出来ない程にね!」
よし子ちゃんの言葉に自然と言葉を荒げてしまいました。
私の口調とは逆に、よし子ちゃんは柔らかい口調で問いかけ。
「だから、高校生になって急に化粧が濃くなってたり、家に全然帰ってこなかったりしたの? おばさんも、おじさんも心配してたんだよ?」
「あの人たちは、心配なんかしない! むしろ、こんな私を疎ましく思っていたのよ!」
私は立ち上がり、威圧するようによし子ちゃんを見下しました。
よし子ちゃんは一瞬、私と目を合わせますが、視線を外し、子供が遊んでいる砂場の方に目を向けます。
これは、私に対して「子供が見てるよ」と気付かせる為に向けた視線だと思います。
よし子ちゃんの目線を追い、次第に興奮が冷めて、私はゆっくりと座わりました。
それから、しばらくはお互いが何も話さず沈黙が続き、私の子供の声と木々の揺れる音、人が歩く音等が良く聞こえました。
何も喋らず、気まずくなった私は、辺りをキョロキョロと顔は動かさず、目だけ動かしていると、公園の入口に佇んでいる一人の真田幸村が視界に入ります。
中肉中背で眼鏡をかけ、夏でもないのに汗をかいている。着ている白いYシャツは汗でビッショリ。
「おっさんの真田幸村がいるね。本当、気持ち悪い... ...」
よし子ちゃんがポツリと零した言葉に私は、取り乱してしまいました。
「よし子ちゃん! そんな事、言ったらダメだよ!」
「大丈夫よ。あんたも、本当はそう思ってるんでしょ? みんなが言わないだけで、そう思ってる」
「私は... ...。いや、でも、真田幸村がいるってだけで幸せだから... ...」
そう。私はそう自分に言い聞かせます。
でないと、幼い頃に抱いていた感情を否定する事になり、それは同時に自分を否定する事にもつながるから... ...。
「真田幸村って、なんで、いるのかな? 喋りもせず、働きもせず、ただ、家にいるか辺りをブラブラするだけ。こんな何もない奴らがいる事に何のメリットがあるの?」
「『居るだけで良いもの』そうゆう風に世間では思われているじゃない。家に箔がつくというか... ...。ブランドというか... ...」
「座敷童じゃあるまいし。特に良いものでもないわ。明美だって、具体的にどうメリットがあるか、説明出来ないでしょ?」
「え? まあ、そう言われると... ...」
確かに、そう言われると説明が出来ません。
ただ、「真田幸村は良いもの」という感情や思いは確かにあります。
そう教えられてもいないのにそう感じる。
それは、よし子ちゃんも感じている事でしょう。
まるで、私達人間の潜在意識にそう組み込まれているかのように... ...。
◆ ◆ ◆
近年、今まで分からなかった真田幸村について少しずつ、分かって来た事がある。
それは、真田幸村は『ふつうの人間』という事だ。
今までタブーとされてきた真田幸村のDNAを調べる事により、実証された。
何故、今まで、真田幸村のDNAを調べる事が禁止であって、最近になり、研究されるようになったのか。
これは、10年前に起こった世界的規模の戦争がキッカケになっている。
各地で相次ぐ、戦争、暴動により、食不足がおき、世界的な食料不足に陥っていった。
世界の政治、経済は見直され、国のトップが変わったり、宗教の教えが変わるにつれ、人間の意識も次第に変化していく。
その一環として「真田幸村は必要なのか?」という声が少しずつだが、聞こえるようになり、日に日にその声は強まるのである。
戦争が起きる前までは世界が豊かだったこともあり、真田幸村の食費・居住費などの負担は各家庭で取るに足らないものであった。
しかし、戦争により、世帯年収は減少する一方で物価は上がり続ける。
日本はもう、豊かな国ではないのだ。
世論が高まるにつれ、真田幸村が神に近しい存在で崇められていたにも関わらず、科学の進歩で、それは崩壊した。
いや、人間が自らの手で崩壊させたのだ。
科学者の中には「人が神に近づいた瞬間だ」と自分たちの功績を自画自賛する者もいたという。
今では真田幸村もただの人だ。
◆ ◆ ◆
聞き慣れた17:00を知らせる音楽が鳴ると、帰りたくなるのは何故だろう... ...。
私は、ゆっくりと立ち上がると子供に「もう、帰るよー」と声をかけた。
隣にいたよし子ちゃんも立ち上がる。
公園の入口に目を向けると、おっさんの真田幸村の姿は既にいなくなっていた。
家に帰ったのだろうか?
私は、おっさんの真田幸村の家族が良い人達である事を切に願った。
真田幸村は人間だが、喋る事も出来なければ、働く事も出来ない、そして、恋をする事も出来ない。
こんなに悲しい生き物がいるのでしょうか?
人間様の事情で神にされたり、人間にされたり... ...。
『人は一人では生きていけない』という言葉がありますが、それは、真田幸村に対して先人が残した言葉ではないでしょうか?
先人は真田幸村が人間であることを分かっていた。しかし、神として奉らなくてはいけない理由があったのです。
真田幸村は人間と同じ姿形をしていますが、人間と同じようには振る舞う事が出来ません。
弱肉強食の世界では、とても、弱い存在です。
誰かに養ってもらわないと生きていけない。助けてもらわないと死んでしまう。
先人は真田幸村を弱肉強食の世界から守る為に神として奉るという方法を思いついたのではないでしょうか?
そして、その思いは現代に引き継がれ、人間の意識の中に浸透するまでになりました。
とても、長く苦しい時間が流れたはずです。
私は、その先人の思いが、子供を持った今だからこそ、分かるような気がします。
自分の子供が真田幸村なら、私の子供は何もする事が出来ません。
働いてお給料も貰う事も、人と会話をする事も、一人でご飯を食べることも... ...。
私が生きている内は、私が面倒をみれます。
しかし、私が死んだら誰が子供の面倒をみてくれるのでしょうか?
先人はそんな子供の将来を憂い、真田幸村を神として崇めるようにしたのかもしれません。
ただの人を神として崇める。
人間の意識を変える事は容易ではありません。
先人達がかけた時間と労力は恐らく、想像を絶するものだったのでしょう。
10年? 20年? 100年?
想像することすら、私には出来ませんでした。
「お母さん! 泥団子作ったの! ほら!」
砂場から私の元に戻った子供は、入学式の為に買った服を泥だらけにして戻ってきました。
「この服高かったのに... ...」という私の思いは子供には伝わっていないのでしょう。
満面の笑みを浮かべて、自分の作った作品を眺めています。
よし子ちゃんの子供は砂場から戻ってきていません。
泥団子を握ったまま、砂場に立ち尽くしています。
うちの子と打って変わって、よし子ちゃんの子供の服は綺麗なまま。
「もう~。健太ったら... ...。そんなに服汚して!」
よし子ちゃんはそう言うと、自分の子供の元に歩いて行きます。
私は、そんな、よし子ちゃんの背中を見つめました。
「あの子ね。全然、喋らないんだ。それに、一緒に泥団子作って!って言っても聞いてくれないんだよ! でも、僕が泥団子作ってるのをずっと、見てるから一個だけあげたんだ!」
「そうなんだね... ...」
私はここで、子供に「偉いね」とは言いませんでした。
その泥団子を渡すという行動は当たり前で、褒めるようなことでもないから。
私の家には真田幸村は今も、昔もいません。
今後もいる事はないでしょう。
だからといって、不幸ではありません。幸せです。
よし子ちゃんは、真田幸村がいた時といない時では、どちらが幸せなんでしょうか?
私には分かりません。
ただ、よし子ちゃんが子供を見ている時の表情は幸せそうです。
真田幸村は自分が神として崇められて幸せだったのでしょうか?
それを聞いても彼らは答えられないでしょう。
ただ、私が真田幸村であったとしたら、神として崇められても幸せと思いません。
私だったら、何も出来ないとしても、神として崇められるのではなく、一人の人間として生きたい。
人の幸せは他者によって決められるものではありません。
人の幸せは人それぞれ違うのだから。
人の家の真田幸村 おっぱな @ottupana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます