Game of promise
未録屋 辰砂
デンジャラス・ゲーム
オレは今、闘っている。
人型の化け物と。
化け物についてもう少し詳しく説明しよう。犬のような顔をした2メートル程の人型の化け物、まあ、
腕を大きく振りかぶりながらプレイヤーに突進してきたり、プレイヤーが接近した時に背中を反り返らせてその反動でプレイヤーに大ダメージを与えたりというように、その攻撃のパターンは非常に分かりやすい。
いつもならば無傷で軽々と倒せるような、消化試合とでもいうような、大したことのない魔物だ。
しかし、『今回の』この魔物は違った。
オレが剣を振り下ろすと、アイツは間一髪のところでそれを避け、そのままオレへとタックルを仕掛けてきたり、今まで遭遇してきたこの種類の魔物からするとありえないような高さまで跳躍し、オレの仲間へと攻撃したり、見たことのないような手段を取ったりと、その種族の身体能力を極限まで、いや、ともすれば、極限を超えて活かした行動をとるのだ。
「ッ!」
オレは剣の腹で攻撃を受け流して、キングコボルトの腹を蹴り上げる。
勿論、オレが蹴ったところで二メートルもの巨体を誇るコイツは宙には浮かばないどころか、斬撃で与えられるほどの大ダメージは到底与えられないだろう。精々、予想外の行動に一瞬だけ怯んでしまうくらいだ。
だが、それでいい。
「
オレの仲間にとって、『一瞬』とは上級魔法を詠唱するのに十分な時間だからな。
光の粒子が収束されたハンマーがキングコボルトの頭に鈍い音を立ててぶつかる。
「やった! 倒れた! 今ならいけるよッ! ジン君ッ!」
さて、決着をつけるか!
「はあああぁぁッ!」
思いきり叫びながら、オレはキングコボルトの喉元に剣を突き刺す。……うん、やっぱり叫ぶとテンション上がるな。
キングコボルトは短く叫び、もう二度と動かなくなる。
「……やったね! ジン君!」
「ああ」
「いやぁ、強かったねぇ、今回のキングコボルトは!」
おそらく満面の笑みで、おそらく女の子走りをしながらこちらに駆け寄ってきているであろう少女に目を向ける事もせずに、俺は『キングコボルト』の死骸を見つめ続けている。
「ああ」
オレは短く答える。
少女に目を向ける事をしないのではない、少女に目を向ける事が出来ないのだ。
ならば一旦目を閉じよう。するとどうだろう、先程の激闘が、まるで色褪せる事なく鮮明な映像として俺の眼の前に広がる。
「強かった」
満足、できた。
……ありがとう。
「ははッ! 久しぶりに『大満足!』って感じ? ……うん、さっきのキングコボルトの行動パターンは全く読めなかったもんね」
目を開けると、視界一面に美少女の顔が広がる。
金髪のショートヘア、パッチリとした大きな碧眼で、童顔の美少女。人懐っこい笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んでいる。
「ああ。今回のは楽しかったな。……さ、素材を拾って帰ろう。
「うん! ……あ! やった! 玉ゲットッ!」
千早がキングコボルトの死骸に触れると、それは光る立方体に姿を変え、千早の手の中に吸収された。
「そうか、やったな! これで杖を進化させられる」
千早の杖、『アクレピオスの杖』を進化させる為に必要な素材は、『
この杖の進化素材の中では、キングコボルトがドロップする素材、『犬人王の命玉』の入手難度は一番低い。『簡単過ぎて面白くない』という理由で後回しにしていたのだが、まさか最後にここまで楽しませてもらえるとは思わなかった。
「うん! ……あ、でも、もうこんな時間だから、進化させたらボクはもうオチるね!」
『オチる』というのはログアウトと同義語で、チャットやオンラインゲームから抜けるときに使う言葉である。
そう、この世界はオンラインゲーム、それも、VRMMO、仮想現実大規模大人数オンラインゲームの世界だ。
「ああ、そうだな。……オレもそろそろオチるか」
♦︎
「またよろしくな!」
加工屋の店主の威勢のいい声が辺りに響く。
「えっへへー! どーお? ジン君!」
「ああ、似合ってるぞ」
進化した杖『人理崩壊の杖』を装備して、その場でクルクルと回転する千早にありふれた世辞を言う。オレは千早のパラメータしか見ていないので、こんな事しか言えない。
……直視してしまうと、惚れてしまいそうだからな。
まあ、そんな危険な冗談は置いといて……この杖、人理崩壊なんていう名前をしておいて、回復量とかすっごい上がるんだな。
「……! おい! あの杖!」
「……ああ、すげえな、『人理崩壊の杖』だろ? 実際に見たのは初めてだ」
「ま、待って! あの娘のローブ、『ゼウスのローブ』じゃない!?」
「え、あれは『雷神のローブ』……じゃねえッ! 本当だ! あの子、ゼウス装備じゃねえか!」
……まずい!
「おいおいおい……男の方も見ろよ! アレ、よく見たら凍炎龍神装備だぜ!? 剣も『鬼神エクスカリバー』だ!」
「は!? アレは龍神装備じゃ……うわ! 本当だ! 凍炎龍神装備じゃねえか!」
「『鬼神エクスカリバー』とか、存在するんだな! 『エクスカリバー』でさえ、珍しいのによ!」
向けられる視線がくすぐったく、気分が悪い。
「……おーい、千早!」
加工屋の店前ではしゃぎ過ぎたせいで、種族様々な他のプレイヤー達の注目を受けている。
……クソ、流石に凝視されたらバレるか。
「え、どうしたの? ……あ」
オレが呼びかけると、千早も気づいたのか、顔を真っ赤にしてその場に縮こまってしまった。……さっきはあんなにはしゃいでたのに。
「なあ、もしかして、あの二人……よく噂とかで聞く伝説の……」
「わっかんねえ! けど、そうなんじゃねえか!?」
「ね、ねえッ! 誰か話しかけてきてよ!」
「いや、でもよぉ……!」
ああ、クソ。やかましいな。
「はあ、ここも駄目だな……さ、移動しよう」
この町は静かで暮らしやすく、気に入っていたが……仕方ない。
「うん、ごめんね? ジン君」
「気にするな」
「わわッ!?」
オレは千早を抱え上げる。
「跳ぶぞ」
オレは脚に力を集中させ軽く屈伸し、膝を伸ばし力を地面へと放って跳躍した。
♦︎♦︎
「本当に、ごめん、ジン君……」
「いいって。それくらい嬉しかったんだろ?」
「うん……けど。あの街には家も建てたのに」
三分間の跳躍の後のち、地面へと降り立った。千早は跳躍中も降り立った後もずっとこの調子で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……いや、ほら、そろそろあの街ともオサラバしようかなとは思っていたんだ。素材も集まったし。……ほら、そういう事だし、ちょうどよかったんだよ」
あの街はオレ好みの静かで良い街だった。だが、今はもう違う。だから、これでいいんだ。
「……えへへ、ありがとう! ……でも、これで6回目の拠点移動だね」
「ああ、やっぱり、こんな装備をしていると目立つのは仕方ない。このゲームは色々と配慮してくれてはいるが、やっぱり、バレるときはバレるなぁ……」
「そうだね……うーん、やっぱりボク達、周りの人よりも強過ぎるんだね……」
周りの人、どころか、どうやらこのゲームで10本の指に入るほどの強さだと噂されているようだ。
「ああ、このゲーム、異常なくらいに俺達に合っているからな……」
基本、4人パーティで大型モンスターに挑むこのゲームで、オレ達は最速ペースで、それもコンビでこのゲームを攻略してきた。
学生の本分である学業も怠らずに、だ。
「……あ、そうだ。千早、そろそろオチないと。授業に支障をきたすだろ」
「あ! そうだね……」
黙りこくって暗い顔をする千早。……やっぱり、まだ気にしてるのか。
「ほら、拠点探しは明日にしよう……じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ……」
「それじゃあ、また明日。まずは学校でな」
「うん……」
オチるその瞬間、千早の顔が歪んでいた気がした。
♦︎♦︎♦︎
「おはよう。千早」
「うん、おはようジン君。……昨日は本当にごめんね」
二年B組の窓際の隅に千早の机がある。ここでオレはいつも休み時間を潰している。
「だから気にするなって……新しい拠点、何処にする?」
現実世界での千早も、ゲームでの千早とそんなに変わらない。変わるとすれば、髪色が黒い事くらいだ。
……この世界は、最早全く面白くない。この世界でもなるべくあのゲームの話をして、さっさと帰って、ゲームをしたい。
いや、しなければならない。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「
「はあ、なんで当村君は、あんな
「
「じゃあほら! 当村君を誘ってこっちでゲーム……『AHO』だっけ? ……の、話をしようよ!」
「いやー、無理だと思うよー? 実際にそれをやってみた子がいるんだけど、『レベル差があり過ぎて話についていけなくて、つまらなそうな顔をしてた』って言ってたもん」
「えー!? じゃあ、アイツは当村君の話についていけるんだ? 根暗なクセに、ゲームだけはやり込んでるんだぁ。うわぁ……」
「ねー! 典型的な気持ちの悪い暗いオタクって感じ〜」
「うわぁ、嫌だぁ~」
ボク、
ボクは男の子なのに、ナヨナヨしているから。気持ち悪いから。それなのに、人気者のジン君と気安く話しているから。
ジン君はゲームでも現実世界でも、イケメンだ。かっこいい。現実世界の黒髪も、ゲームでの銀髪も、すごく似合っている。
ジン君は自分の女子人気の高さに気づいていない、というか、興味がないみたいだ。……ずっとゲームの話をしている。
「……あ、次の拠点は逆転の発想で、初めの拠点の近くにしない?」
……ゲームの話が出来れば、相手はボクなんかじゃなくてもいいのかもしれない。
けれど、ジン君の話について行けるのはボクだけだ。皆はジン君程のゲームの知識を持っていない。
皆もあのゲームをやっているみたいだけど、ボク達程じゃない。
ただのお遊びの延長としてあのゲームをやっているんだ。
でも、ボクは違う。
ボクにとって、あのゲームは人生そのものだ。こんな世界、どうでもいい。
ここでのボクは、ただの嫌われ者。気持ちの悪い女男。だけど、あのゲームの世界では……『AHO』の世界ではボクは。
ボクは、ジン君と堂々と肩を並べられる仲間なんだ。
あのゲームのアバターは外見を殆ど弄れないけれど、性別はちゃんと変えられる。
ボクは、可愛い女の子なんだ。
ボクは、ジン君の……!
ああ、早く、あの世界に……あの世界で……
いきたい。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「あ! 当村君! 今帰りなの!? 私もなんだ!」
「ああ、そうなんだ……って、いつもそうじゃない?」
「あ、ワタシもワタシも!」
「って! こら! 伝仁君が困ってるでしょ! アタシも仲間に入れてー!」
「結局入るんかい!」
アハアハとさぞかし楽しそうに笑うクラスメイト達。いつもオレの帰る時間に合わせているようだ。……何が楽しくて、こんな事を。
本当は千早と一緒に帰りたいが、家の方向が全然違う。
「うわー、出たー! またいつもの当村ハーレムだぁー!」
「羨ましいぞ伝仁! この! このー!」
同学年の男子に持て囃される。
「ははは……」
こういったときは愛想笑いでその場を切り抜ける。
「あ、そうそう、そういえばさぁー、こんな噂、聞いたことあるー?」
羨ましい? 羨ましいのなら代わってやる。
「お? 都市伝説とか七不思議みたいなやつかぁ?」
「うんうん、そんな感じ! ウチの生徒の事なんだけどさぁ、隣のクラスに不登校の男子がいたでしょ?」
「あぁ! そういえば、そんなの居たね!」
「あぁー……暴力事件を起こして停学になって、そのまま学校に来てないヤンキーだったっけ?」
「うげぇ、そんなの思い出させんなよぉ……」
確かにこの女の子達は可愛いのだとは思う。いや、十分に美少女と称されてもいいくらいだし、『この学校、顔面偏差値凄まじいなー』とは思っている。
「いやいや、その人の話をするんだから、ちゃんと思い出しとかないと! ……で、その人、不登校って事になってるけど、実は、行方不明になってるらしいよ!」
「……え、マジで? ……何で?」
「うん、それは全く知らないんだけどぉ」
「知らないんかい!」
「……そういえば、さっきから不登校の人とか言ってるけどさ、あの人って何て名前だったっけ?」
しかしそれも、千早の可愛さには劣る。
「あー……えっと、たしかぁ……」
「結構珍しい名前だったよなぁ? ……あ! 思い出した!」
「あ、
「何で俺のセリフを取るの……」
「あっ、ごっめーん!」
それに……
「あ、ねえねえ、伝仁君! 伝仁君は覚えてる? 江戸語って人!」
「……え? ……ああ。覚えてるよ。一応、幼馴染だから」
まあ、今のオレにはアイツがどこで何をしていようがどうでもいいが。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
VRMMO、『Appear Hide Online』
通称『AHO』、一部の人間は『アホ』と呼んでいる、なんとも気が抜けるような略称だが、その実態は、現在、全世界で大流行中のオンラインゲームで、その全プレイ人口は実に世界人口の五分の四であると言われている。
十年前、VRMMOの技術は飛躍的に発展した。
新たなる超技術に世界中が湧いた。
五年前には、酸素カプセルのようなVRMMO用の機械が一家に一台は置いてあるという時代が訪れ……
そして一年前、ある程度熱が冷めてきたVRMMO業界に、衝撃が走った。
『
その圧倒的ヴィジュアル。現実のような質感、音質。
人々は圧倒された。『ゲームはここまで来たのか』と。
当初は人体への危険性が懸念されていた。事実、『AHO』までのVRMMOでは、人体的なトラブルが多々発生していたのだ。
しかし、サービス開始から一年。そういった話は全く無かった。驚くべき事に、ずっとゲーム世界で暮らす事が出来るのだ。
現実世界で物を食べなくても、ゲーム内で物を食べれば、何故か現実の人体も栄養を摂取した事になる。
幾人もの学者が研究しても尚その仕組みは未だに解明されていないが、それでもここ一年、何も問題が起こらなかったのは事実だ。
『AHO』では何でもできた。狩猟、ギャンブル、釣り、芸能活動、料理、建築……
そしてそれらを生かした金銭稼ぎ。
そう、人類は、第二の世界を手に入れたのだった。痛覚の無い、第二の世界を。
こうして、『AHO』によって、VRMMO用の機械は、一家に一台どころか、一人に一台、所有している時代となった。
『AHO』には大まかに三つの特徴がある。
まず一つ目は、レベルが存在しない、という事だ。
強いて言えば、プレイヤースキルの上達がレベルアップと呼べるものだろう。
プレイヤースキルを上げて、強いモンスターを倒し、その素材で強い武器やアビリティを精製する。
そして二つ目、最大の特徴は、『同種のモンスターが全く同じ動作をする事が殆どない』という事だ。
従来の狩猟ゲーム等を例に出すとしよう。例えば、大型モンスターに『デカイゴリラ』というモンスターがいたとする。
武器や防具の生産や強化、進化には、モンスターがドロップする一定数の『素材』が必要となる。
その為、プレイヤーが『デカイゴリラ装備』を作りたいと思ったのならば、何度も『デカイゴリラ』を倒さねばならなかった。
『周回』と呼ばれるそれは、慣れてくるとパターン化され、プレイヤーのやる事も決まってくる。『デカイゴリラ』が主にタックルを攻撃手段にしているモンスターだとすると、『デカイゴリラ』のタックルは、別個体だったとしても、タックルに取り掛かるまでの速度、タックルの速度は寸分違わず同じである。
所詮、モンスターはプログラムなのだ。
そうすると、飽きてくるプレイヤーが出てきた。ゲームに更なる刺激を求めるプレイヤーが現れたのだ。
『AHO』はそんなプレイヤーの欲求を満たす事が出来る。対峙する度に行動が違うモンスター。『デカイゴリラ』というモンスターがいたとしても、その行動パターンは決まっていないのだ。
タックルを主な攻撃パターンとして使用する『デカイゴリラ』が存在する一方で、張り手を主な攻撃手段として使用する『デカイゴリラ』、はたまた、様々な攻撃手段を用いる『デカイゴリラ』も存在する。
また、攻撃パターンが同一である『デカイゴリラ』も、筋力や運動能力が違うために、攻撃の発生までの速度、攻撃の速度が同一ではないのだ。そのパターンは、一年経った今でも『無限大』であると言われている。
初期は賛否両論分かれていたこのシステムだが、反対派の人々も『AHO』の魅力に惹かれ、次第に受け入れていった。
最後に三つ目。人によってはこれがこのゲーム最大の『目玉』となるかもしれない要素である。
それは『固有スキル』だ。
その人物にしか使えない『特別なスキル』。
しかし、この説明だけならばおよそ『目玉』とは思えないだろう。
この『固有スキル』のとんでもないところは、誰とも被ることはない、ということだ。
そもそもの言葉の意味として、それは当たり前のことなのかもしれないが、これはMMORPGなのだ。いくら『その人物にしか使えない特別なスキル』といってもその種類には限界がある。
だが、この『AHO』はその限界を打ち破った。
世界人口の五分の四がプレイ人口だと言われているのにも関わらず、類似したスキルはあっても未だに『完全なる被り』は発見されていない。
中には『単に報告されていないだけ』だとか『多すぎて埋もれているだけ』だとか穿った見方をする者も存在するが、たとえそれが真実だったとしてもこの種類は膨大だといえよう。
しかも、この固有スキルは個々人の性格や潜在能力、戦闘スタイルに合致したものとなっており、およそ『ハズレ』といったものが存在していないことも特記に値するだろう。
また、これは余談ではあるが、『AHO』を開発した『保凪村ゲームス』も時折、世間の注目の的となる。
今や日本屈指、いや、世界屈指の大企業となった『保凪村ゲームス』の保凪村家の令嬢、
身長183㎝でグラマラスな体型の緑色の長髪の美女。そう、黙っていれば、日本が誇る、世界トップクラスの美女なのだが、彼女は表に出る度に衝撃的な発言をするのだ。
『
『全世界の皆さんが『AHO』をやっていればこの世界からは戦争なんてなくなるでしょうね』
『嫌いなもの……? ゴミですわね。強いて言うならば、能力も無いのに人の上に立とうとするキングオブゴミですわ。大抵の政治家の皆さんのような』
などと、例を挙げればキリが無いが、とにかく、爆弾発言連発であった。
そんな保凪村 悠の最新の爆弾発言がこれである。
『AHOは、私一人だけで製作しました』
『開発も運営も、全て私一人ですわ』
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ああ、何を言っているんだあの令嬢は。
世間に『悪役令嬢』とかいう渾名を付けられて遂に頭が沸いたのだろうか。
何が私一人で作っただ。
「どうしたの? ジン君? しかめっ面だよ?」
昨日と同じように、千早がオレの顔を覗き込む。
現在、新たな拠点を探して放浪の旅だ。
移動手段は徒歩。跳躍は面白みがなくなるのであまり使わない。
初めの拠点の近くという千早の意見も気に入ったのだが、まだまだこの世界は広い。もっともっと、遠くに行こうじゃないか。
「いや、ちょっとな。今朝のニュースを思い出して……例の令嬢の発言を」
「ああ、あの悪役令嬢さんかぁ……確かに、あの人は只者では無いオーラを醸し出してはいるけど、流石にアレは無理があるんじゃないかなと思ったよ。流石に、運営可哀想って思った」
「ま、それはそうだよな……」
現在十七歳の少女が、間もなく一周年を迎える、世界人口のおよそ五分の四の人間がプレイしているオンラインゲームをたった一人で開発し、運営をしているなんて、到底信じられるはずがないだろう。
「あ、そういえば、ジン君、最近話題になってるPKの事とか聞いた?」
PK、つまり、プレイヤーがプレイヤーを殺す事である。
「ああ、聞いた聞いた。……街中だと特にメリットもデメリットもないんだけどな、アレ」
強いて言えば、街へと強制送還されるくらいで、他人のアイテムは奪う事が出来ない。
まあ、ダンジョン内でなら、宝の取り合いなどの要素が絡み、話が変わってくるのでそれは分かるし、それなら今までも行われてきた。
だが、今回話題となっているのは街中でのPKである。
「うん、不思議だよねぇ……少し前に話題になってた『超大型モンスターの動きをたった一人で封じ込めて、そのモンスターに何かしていたっていう獣人の女の人』の噂も不思議だったけど、今回のはもっと怖いや……あッ!」
「……とッ! 雑魚敵か。……雑魚敵デカイな!」
目の前に突然巨人が現れる。
……これは、ゴーレムだろうか? 銀色の、ゴーレム?
……ああ、確かに輝いていながら何処か土の匂いがする。ここからでも十分臭う。
「ジン君、ここは任せて! 『
千早が光魔法を放つ。光放出型上級魔法『滅閃』は下級魔法が無く、下位互換に光放出型中級魔法『
……ああ、シュってなんだよシュって。
と、この魔法を知った当初のオレは思った。
流石のオレも『バニッシュ』の『シュ』だとは思わなかった……まあ、それはそれとして、上級魔法をここまでのスピードで詠唱し、放つ事が出来るのは、この世界でも数えられる程だろう。
凄まじい熱を帯びた光の柱がゴーレムを包む。通常の雑魚敵ならばこれで消滅する程の強力な魔法だ。
「……ッ!? ジン君! まだこいつ、倒れてな」
「任せろ」
と、言い終わった時にはゴーレムは既に真っ二つになっていた。
「わあ! 流石ジン君!」
千早が満面の笑みでオレに拍手をおくる……なんだか照れくさいな。
「まあ、硬くても雑魚敵だ。雑魚敵」
行動パターンが違っても、一撃二撃で終われば意味がない。
歩いている途中で何度も金銀鮮やかなゴーレムが現れるが、オレは瞬時に切り捨てる。
千早の補助魔法と弱体化魔法が効いている。ゴーレムをまるで豆腐のようにスパッと切る事が出来るのは、楽しさと同時につまらなさも感じる。
大型モンスターと戦いたい……アレは何度戦っても飽きがこない。ただ純粋に、楽しい。
「!?」
「ひゃッ!?」
なんて考えていたら、地面に穴が空いた。
オレたちは落ちて、
そこにはボスがいた。
「え……いやいやいや……」
「初見殺し、ここに極まるって感じだね……!」
そう、このゲーム。毎度的の行動パターンが変わったりもするが、ボスとの初見遭遇でも結構驚かされるのだ。
ゲーム初めの方の洞窟にて何気なく宝箱を開けたら全裸のおっさん(クソ強いオーク)が入っているというイベントは、まだ新人であった全プレイヤーを恐怖を植えつけたトラウマとして余りにも有名である。
今でも『12ちゃんねる』などで『アレは開発途中に公然わいせつ罪で捕まったスタッフだ』だのと、そういう根も葉もない噂が耐えない程人気も高いようだが。
さて、ボスの話に戻ろう。
こいつはオレ達が今まで見た事がないボスだ。その姿は一言で『スーパーロボット』と言えば、想像しやすいだろおわッ! ロケットパンチかよッ! すげえ!
……こほん、最近のロボットというよりは、昭和の香りを思い出す、超合金だとか鉄人だとか、そういう単語を連想する感じの何だか硬そうなロ
「じ、ジンくーん!? 回復かけるね! 『
「う……サンキュー千早!」
痛みは感じないとはいえ、無感というわけではない。クラクラと視界が揺れる。
「ま、まさかロケットパンチが戻ってくるなんてな……油断してた」
しかし、なかなか面白い。こんなロボットと戦うのは子供の頃の夢だった。恥ずかしいのであまり思い出したくないが、幼馴染にも言って聞かせた事がある気がする。
……よし、これをやるとすぐに終わる可能性もあるが、オレも久しぶりに全力でいこう。
「千早! アレやるぞ! 自動回復かけてくれ!」
「うん! わかった! 『
「
身体がボッと熱くなる。今なら光よりも早く動けるような感覚に、何でも破壊できるような錯覚に陥る。
血沸肉踊は常に自分のHPが減り続ける代わりに全ステータスが三倍に急上昇するアビリティである。
しかし、HPの減少率は千早の『癒天』と殆ど変わらない。いや、装備の強化で、回復量の方が上回っている。
これにより、オレはデメリットがなく、これを使用可能となる。
「ッ!」
一瞬の間もなくロボットに近づき
「でやぁッ!」
一刀両断。
「……『
技名を言い終わると、ロボットは綺麗に真っ二つに割れた。
「ふう、やっぱり、これを使うと呆気ないな……やっぱり封印だ、封印」
血沸肉躍の解除まで後三十秒……身体が無駄に熱い。
「ひゃあああッ! じじじ、ジン君んんんんッ!」
「え、どうした……おわあああああああああッ!?」
真っ二つになったロボットが切断面を上にして、クソでかい人間の生脚を生やし、まるでゴキブリのようにこちらに這ってきた。
「うわああああッ!」
「わ、わわあわわわぁぁッ! き、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いぃぃぃぃぃッ!」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「……と、まあ、大変だったんだぞ。なんだかんだで楽しかったけど。……次の拠点も決まったし」
「うん、知ってるよ。見てたし」
「あ、そう……」
コンピュータで埋め尽くされた、眩しいほどに明るい部屋。
オレはここで一人の少女と話している。図体だけはでかくて、精神は子供のままの幼馴染と。
「まったく、面白い仕掛けを考えてくれるよなぁ……お前は」
「えっへっへーッ! そうでしょーッ!? 好きだろうなーって思ってぇ! ……ジンちゃん、『簡単に終わるとつまらない』っていう割には全力を出したがるから、絶対にあの技を使うだろうなって思ってぇ……ギミックを用意しておいたんだぁ!」
昔、オレは幼馴染の少女と狩猟ゲームをしていたときにこう言った。
「こうやって、モンスターの動きがパターン化すると、面白くないな……つまらない」
普通は受け流されるであろうこのセリフを、幼馴染の少女は覚えていたんだ。
幸か不幸か、オレの幼馴染は天才だった。それも尋常じゃない天才だ。天才にランク付けがあるとするならば文句無しに最上位だと言える程の。
オレの為に、こいつは一人で、ある一つのゲームを作った。
『Appear Hide Online』
……あのゲームの正体は、ある種の異世界転送なんだ。
幼馴染のこいつは、手段は不明だが、異世界を見つけ出し、なんと、現実世界と繋げる事に成功したのだ。
VRMMO用の機械をスキャン用に使い、スキャンによって得たコピーを異世界で実体化させる。
そして、痛覚以外の感覚をコピーと共有させる。コピーが食べた害のない食べ物は現実の人間の身体に転送される……正直、これの仕組みはよく分からないが。
これが、『AHO』の真実。
幼馴染の少女は、異世界をゲーム用のマップに変えてしまった。
そこの原住民は、NPCへと変貌を遂げ、原生物は少女から細工をされた後にモンスターと呼称された。
それだけでは飽き足らず、幼馴染の少女は、モンスターに対して改造を行ったのだ。
そもそも、生物の行動というのは、ある程度のパターン化がされていて、当然なのだ。それが同種と言うのなら、尚更だ。同種の生物ならば、その行動が似通ってくるのは、当然だろう。
ましてや、地球の動物へのソレと変わらないような細工をされて狂暴化し、思考回路が単純になったモンスターといえば尚更だ。
一体一体、行動パターンが違う? ああ、それならば、改造を行ったのだろう。一体一体、違った行動をするように。
それがどんな改造なのかは、幼馴染の話だけだと正確には想像できないが、『脳ミソ』とか『グジュグジュ』という単語から、あまり聞いていて気持ちのいい話ではなかったと断言できる。
まあ、重要なのは、幼馴染が『一体一体違った行動をするモンスターを創り出した』という事実である。
オレが望んだような、モンスターを。
この話を初めて聞いた時、涙が止まらなかった。
嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
「あ、今度、タウン戦っていうイベントを開催しようと思うんだぁ。大人数のプレイヤーが、街の防衛をするってイベントで、街の損壊度を競うイベントだよ! きっと楽しいよ!」
幼馴染は目を輝かせながら笑っている。
『けど、ぼっちで人見知りで卑屈な人は心が壊れるくらいに困るだろうけどね』と、意地が悪そうな、蠱惑的な笑みを浮かべている。
「ああ、そうか、それは楽しみだ。……ところで、悠」
オレはわざと声を低くして、幼馴染の名前を呼んだ。
「ふぇ? ど、どうしたの?」
身長183cm、オレよりも背の高い、緑髪の美女があからさまに動揺している。
……これが演技ではないというのは、オレがよく知っている。
「何が、『
オレの言葉を聞いて、身体を震わせて怯えていた悠が『にへぇ』とニヤつく。
「にぇへへぇ……! だってぇ、そう言えばぁ、ジンちゃん、ヤキモチ焼いてくれるかなぁ……って、思ったんだぁ! にへへぇー! ゆーちゃん、嬉しいよぉ! ……ぎゅーッ!」
フニャフニャの表情で、自分の喜びを語った後に、悠が抱きついてきた。
「はは、そうかそうか」
「にへへぇ! 今回のぎゅーは凄いんだよぉッ! 久しぶりだからぁ! ぎゅーぎゅーするんだぁ! ジンちゃんがぁ、『男だけど女』と仲良ししてるのを見せられたからぁ、ぎゅーぎゅーがぎゅーぎゅーなんだぁ!」
そう言いながら悠はオレの胸に自分の頭をグリグリと擦り付けている。
言っている意味は理解しがたいが、コイツがオレを愛してくれているということは十分過ぎるほど伝わる。
「大丈夫だって。オレはいつまでも悠一筋だから」
たしかに千早は良い友達で、仲間だが、オレが愛しているのは悠だけだ。
友達や仲間、他の全てを切り捨てる事になったとしても、オレは寸分の迷いも無く、一瞬で、悠を選ぶだろう。
「うん! 知ってるぅ! にぇへへぇッ! 愛してるよぉ、ジンちゃん!」
そう、悠はオレの全てを知っていて、オレも、悠の全てを知っているんだ。
……ああ、これだから、ゲームはやめられないんだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
二人が世界の
この瞬間のためだけに『AHO』は存在する。
これは、彼と彼女が語らっている間に報道されたニュースである。
「本日未明、×県◯町の商店街にて、無差別殺人が行われました。犯人は駆けつけた警察に取り押さえられ、逮捕されました。犯人は『ゲームと同じように人を殺したかった』と、供述しています。……続いてのニュース……只今、速報が入りました。全国各地で無差別殺人が行われており、いずれの殺人も、『現実とゲームの区別がつかなくなった』犯人による犯行だとされています」
二人が己が欲求を満たす為に作ったゲームが、他人の『隠れた本性を露わにさせ』破滅に導いた。
彼らにとってはどうでもいい事であった。
しかし、彼女はこうなる事を予期していた。
保凪村 悠は理解していた。VRMMOは人間の隠れた本性を露わにするという事を。
いつか、いや、この日のこの時刻にこのような事件が起こるという事を。
全ては、彼女の掌の上で転がっていたのである。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『VRMMOの影響による無差別殺人事件』が問題となり、一部の人々が『AHO』から離れていった。
しかし、AHO運営は何時ものようにお知らせを配信していた。
『AHO運営より、大型アップデートのお知らせ』
AHOプレイヤー全員に届いたメールには、ゲームのアップデート内容が。
書かれていなかった。
この日、世界人口のおよそ五分の四の人間が、消失した。
♢
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます。
騒ざわつく民衆。いつの間にか『AHO』に『ログイン』して、見たことのない空間に立っていたプレイヤー達だ。
中には、三、四日前、いや、それ以前に『AHO』から離れていった人々の姿も見られた。
民衆の声は次第に収まっていき、豪華絢爛な城の屋上に仁王立ちをしている、開発者を名乗る様子のおかしい一人の美女に視線を浴びせていた。
「えー、只今よりー、ゆーちゃんとジンちゃんの、楽しい楽しい、ステキなステキな異世界生活が始まりまぁす! さあ! ゴミ共! お前らはもうログアウトは出来ません! そして、その身体はオリジナルとコピーを合体させたものだからぁ、この世界で死んだら本当に死んじゃいますッ! ……あ、そうそう。この前、ゆーちゃんはお前らゴミ共の事を『存在意義がない』と言ったけどぉ、それは撤回しまぁす! だってお前らゴミはゆーちゃんの『
『にぇへッ』と、猫耳を生やした緑髪の美女は短く笑った。
「ふ、ふざけんなッ! 何が下僕だ! 頭の可笑しいこと言いやがって!」
ここまで黙って美女の話を聞いていた中年の男性が視線の先の美女に罵声を浴びせる。
「お、おい、よせって! あの女はこのゲームの開発者で、多分この前噂になっていた獣人だぞ! 今は逆らわないほうがいい!」
中年の男性の隣に立っていた若い男性が彼を宥めようとした。
「そうだそうだ! 好き勝手に言いやがって! 早くここから出せよクソ女!」
「お前! こんな事して、ただで済むと思っているんだろうなぁ!? 現実世界に戻ったら豚箱行きだからな!」
だが、中年の男の周りの人々も彼に感化され、抗議の声は次第に大きくなっていった。
「……あっ、そう。そんな態度をとっちゃうんだ。じゃあいいや。いらない。……それじゃ、死んじゃえっ!」
そう言って美女は天高く腕を突き上げた。
その瞬間、天から無数の光弾が降り注ぐ。
「うわあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」
「痛えぇぇぇぇぇぇッ!! なんで痛えんだよおおぉぉぉぉッ!?」
「死ぬッ! これは確実に死ぬヤツだ……ッ!」
人々は悲鳴をあげながら散り散りに逃げる。
しかし、人々はその数を着実に減らしていった。
♢♢
「そんな……ジン君」
人々が光弾から逃げ惑う中、金髪の少女は城の屋上に仁王立ちしている美女……の隣に立っている青年を見ながら膝から崩れ落ちていた。
「……そうだったんだ。ジン君は、向こう側の人で、僕には到底届かないくらいの、遠い人だったんだ。……それなのに、ボクは。ボクは」
逃げる人々にぶつかっても、蹴られても、少女はずっと青年を見つめていた。
「酷いよ……ジン君。ボクは、君に救われたのに、助けられたのに、君が心の支えになってくれたのに。……ジン、ジン君。ぼ、ボクは、ボクは、だから今まで生きてこられたのに。君の仲間なんだって。ボクは。何とか自分に誇りを持つことができて。それなのに、君はボクを裏切って。いや、裏切ってなんかなくて、最初からボクの事なんて……ずっとあの人を。保凪村さんの事を愛していて、あの人の仲間で。ボクの仲間なんかじゃ、全然、なくって。ボクになんか、ぜんっぜん、興味なんてなくって。いや、そんなことは最初から知っていて。でも、それが、本当に本当で……」
少女は震えていた。喪失感に、悔しさに。
「……あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ! わあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッ!」
少女は駆け出した。怒りのままに、悔しさのままに。
保凪村 悠と当村 伝仁の為に作られた城に向かって、走り続ける。
「『
光弾を無効化しながら少女は走る。
「……射程圏内に入った! ……我、汝を滅すッ!『
少女が唱えたのは闇の単体最上級魔法だった。少女の身体から闇を纏った熱線が、青年へと放たれる。
「……大好きだったよ。ジン君」
その熱線は追尾型で、標的が逃げども逃げども、無制限に追い掛け回す。しかし、青年は全く動かなかった。
「マスターコード03……!」
そのとき、美女が静かに、しかし、明らかな怒りを込めて、何かを呟く。
すると、青年に向かっていた熱線が消滅する。
「……あーあ。やっぱり、ジン君は、倒せないや。……それなら、それで、いいんだ。君が死なないで、ボクが死ぬだけなんだから」
少女はポツリと呟く。自虐的に薄っすらと笑みを浮かべながら。
「よりにもよって、ジンちゃんを狙うなんて……ッ! 永遠に生かし続けてやるッ! マスターコード02ッ!」
美女が叫ぶと、美女の周りに細長い光の針が無数に現れる。
「少しずつ肉を削ぎ落として牢獄に閉じ込めてッ! 一日に一回二十分間殴り続けて半殺しにした後に直してッ! ゆーちゃんとジンちゃんの幸せな様子をずっと見せ続けてッ! 気が狂うまでッ! 気が狂ってもまた直してッ! 永遠に苦痛を与え続けてやるッ!」
美女が怒号をあげながら少女の元へやってくる。しかし、少女は動かない。
「ジンちゃんと楽しくゲームで遊んだ癖にッ! ゆーちゃんだって、もっと早くにジンちゃんと遊びたかったのに我慢したのにッ! 散々楽しんだ癖にぃッ!!」
美女が少女の首を絞める。美女の周りを浮遊していた光の針がゆっくり、ゆっくりと少女の柔肌を求めて近づく。
「絶対に殺さないッ! 一瞬で殺してやるもんかッ!」
と、ここで、美女は気づいた。
少女が笑っている事に。
「何を笑って……ッ! ……熱ッ! まさかッ!」
少女の身体が急速に熱を帯びる。美女が手を放してしまうほどの、高熱を。
「ま、マス」
恐らく、美女の詠唱は間に合わない。
普段ならば絶対に起こらないはずのミス。
しかし、彼女の怒りがそれを現実のモノとしたのだ。
「ッ!」
そのとき、跳躍して美女の元にやってきた青年が、美女を優しく抱き上げた。
美女は分かっていた。『間に合わない』と。跳躍を再び使用するには三秒もの時間が必要になる。
青年が、自分と一緒に死ぬつもりだという事を、美女は分かっていた。
美女は幸せに心を満たされながら、目を閉じた。
青年も同じようにして目を閉じる。
ーー仮にこんなラストを迎えたとしてもそれはそれで幸せなんだな、と思いながら。
そして、
しなかった。
青年と美女は目を開ける。
そして、『白髪の青年』が、少女の頭を鷲掴みにして地面に叩き付ける光景を目の当たりにしたのだった。
「嘘だよなぁオイ? デンジンにユウよぉ? まだ俺が参加してねぇってのに、ここで俺たちの
恨みがましそうな目で青年と美女を一瞥し、唾を吐く白髪の青年。
「はぁ……お前、学校で噂になってたぞ。行方不明になってるって」
「エドワ君ヤッホー! 無視してたら不戦勝だったのにー、やっぱり君もゲーム好きなんだねぇ! 知ってたけど!」
美女は先程の様子と打って変わって満面の笑みで手を振り、青年は何事もなかったかのようにため息を吐く。
「知るか。こっちも色々あって行方不明かましてたんだよ。あぁ、クソ。お前らにも見せてやりてぇよ、クソゴリラストーカー金持ちってヤツを……あと、ユウ。お前はそのクソ語感の悪い呼び名をどうにかしろ。それと、さっきのラストを受け入れようとしたのはぜってぇ許さねぇからなぁ……?」
めんどくさそうに二人に向けて言葉を発する白髪の青年。彼は気絶した少女の首根を掴み、持ち上げながら、二人にこう告げた。
「俺はコイツを持って他の奴らのところに行く。そして、そいつらをまとめ上げてお前らを殺す。お前らは俺たちを皆殺しにするか服従させれば勝ち。俺はお前らを殺せば勝ち。それでいいよな? それじゃあ、ゲームスタートだ」
白髪の青年は吐き捨てるようにそう言った後、返事を待つこともせずに少女の首根を掴んだままはるか彼方へと跳躍していった。
「……そっか、そういえば、アイツとも、そんな約束をしていたか」
「あれ? ジン君、忘れてたの?」
美女は普段の調子を取り戻したように『にぇへへ!』と笑いながら青年の方を向く。
「ああ、千早が荒ぶった時くらいに思い出した……そうか、お前は、『二つの約束』を一つのゲームにまとめたんだな」
「うん。だから、AHOは、ゆーちゃんたち三人の、約束のゲームだよぉ! ……ねえ、ジンちゃん。頑張って、二人でエドワ君たちをぶっ殺そうねぇッ!」
「ああ。もちろん」
美女は『にへへぇッ!』と楽しそうに笑っている。
そして青年も、そんな美女を見ながら『あはは』と楽しそうに笑う。
♢♢♢
「あれ、ここは……?」
ボクは、生きている。ここはたしかにAHOのフィールドだ。
「はは、諦めたフリをして、二重に仕掛けてみたけど、やっぱりダメだったんだ……」
けど、ボクはたしかに自爆魔法を作動させたはず。
この魔法は復活制限の時間を長く設定すればするほど威力が上がる。だから、死んでも復活しない今回の場合は当たれば相手が即死するくらいの威力になるはずだった……
当てが外れたってことはないはずだ。その場合、ボクは死んでいるはずだから。
「おう、やっと起きたか、男女」
「……!?」
聞き覚えのない声、見覚えのない姿の青年。年齢は同じくらいに見えるけれど、そんなことはどうでもいい。
「お、男女って言わないでよ……ッ! この世界のボクは女の子なんだ……ッ!」
「自分の股間でも弄ってから喋るんだな、まさしく『男女』だぜ?」
「……? …………う、うわああああああああああぁぁぁッ!」
う、嘘だ……ッ!
両方ある……!!
「ま、そんなことはどうでもいいんだ……お前は俺に協力する。いいな?」
パニックになってるっていうのに、彼は話を進めていく。
「ま、待ってよ! まだ状況を把握できていないんだっ!」
それなのに協力がどうのだと言われても、はいそうですかとついて行くことはできない。
「あ? 必要ねぇだろ。お前が非協力的なら俺はお前を爆弾に戻すだけなんだからな」
「え……?」
爆弾に戻す、だって……?
「俺の固有スキルは『ハイドアンドリビル』っていうヤツでなぁ。異常効果やらバフデバフやらを隠したり元に戻したりすることができるんだよ。ま、そういうことで、利用させてもらうぜ、男女!」
ちょっと話しただけでわかる。
この人は所謂クズってヤツだろう。
けど、こうなってしまったからには仕方がない。
最後の最後まで粘ってやる……!
「協力はするけど……男女って呼ぶのはやめてよね!」
新たな
Game of promise 未録屋 辰砂 @June63
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